37 どうもすいませんでした1
3人は早川領へと戻ってきた。出発前と変わらずのどかな景色が広がっている。
平和でいいな、とクリフォードはほっとする。
この地の景色をクリフォードはかなり気に入り出していた。
早川家の前に子供を連れた女性が一人立っている。誰だろうと、いぶかしむ。出発前の滞在中には見なかった顔である。
女性の方も、3人に気づいた。子の手を引きながら駆け寄ってくる。彼女は満面の笑みを浮かべながら言った。
「お帰りなさい!」
彼女はクリフォードの胸に飛び込んでくる。
「えっ? ええ!?」
当然クリフォードは混乱する。
「あら? お声が……ごめんなさい、間違えましたわ。お着物と背格好が旦那様とそっくりで……」
女性はうふふと笑いながら体を離す。
「あら? でも、このお着物の縫い目……」
彼女は一旦体を離したものの、再び顔を寄せてじっと着物の縫い目などを丹念に眺める。
「あら?」
クリフォードの横の二人の顔を見て、それが誰かを確認する。
「……あらー?」
女性は頬に手を当て、小首を傾げ、きょとんとしている。
クリフォードは千佐と清六を振り返る。二人の顔に浮かぶ表情は諦めであった。
服の裾を引っ張られる感覚に、下を向く。
「それ、父の着物ー、なんでー」
袴を引っ張るのは小さな子供。その顔はどこかで見た顔とよく似ていた。
「ええ……」
思わず戸惑いが口をついて出る。
女性と子どもの正体は早川英心の妻子であった。
「改めて紹介しよう」
通正が気まずげに言う。早川家の居間で改めて対面した。
「英心の奥方のふじとその子吉之介だ」
「ふじです。先程はごめんなさいね」
「はあ……」
ふじはにこにこと愛想よく笑いながら再び謝ってくる。
内心、申し訳なさが渦巻いているのはクリフォードの方であった。頬はひきつり、うまく笑えない。
「父の着物ー」
英心の子、吉之介はいまだクリフォードの袴をつかんでいた。座っているクリフォードの袴をつかむべく、体は投げ出して寝そべっている。
見れば恨めしげに見上げてくる目と視線がかち合う。
「吉之介、こっちに来なさい」
通正が声をかけるが、無視するようにうーうー唸っている。
「母のお膝においで」
ふじに呼ばれるとむくれ面のまま立ち上がり、だすだすと足音を立てながら歩くとふじの膝にどっかり座った。
まだ幼いのでふてぶてしい表情すらも可愛らしく見える。きりっとしつつある眉と目元に父親の面影が強く出ている。将来は恐らく、そっくりな容姿に育つのだろう。
「この子はお父上に久しぶりに会えると楽しみにしていたものですから拗ねてしまいましたわ」
「いえ、こちらこそなんかすいません」
もはや何に謝っているのかわからない発言になる。
「お客様の体格ですと、お着物の用意をするのも難しいですものね。旦那様のお着物があって、ちょうどよかったのです」
クリフォードの謝罪にふじはかぶりを振って、言い助ける。
「今は吉之介の着物を縫っているのですけど、良ければお客様用の物も縫わせていただきますね」
その発言から、クリフォードが今着ている着物を縫ったのがふじだとわかった。
夫を思って妻が手ずから縫った着物である。申し訳なさがさらに加速する。
「それで、ふじは何故帰ってきたのだ?」
「ええ。英心様がおっしゃっていた化け物が私の実家近くにも出たのです。危ないから実家に帰ってるようにと言われてたんですけど、やっぱり英心様のお側が一番安心できると思ってこちらに帰ってきてしまいました」
「そうか……」
ふじは一人でにこにこしてるが、その場にいる他の大人はみんな気まずげにしている。
「英心様は今はどちらに?」
とうとう言われてしまった。
「すいませんでした!」
ここらで耐えきれなくなったクリフォードは勢いよく頭を下げた。
「英心殿は今、俺と入れ違いで俺の故郷にいます。彼は今、そこで戦っています。彼が帰ってくるには、俺がこちらにいる魔物を倒しきる必要があるんです! だから、それまで彼に会うことはできません!」
「遠国へ出陣しているということですか?」
「はい!」
そうなんですかーと頷くふじの様子は相変わらずおおらかで表情も変わらずにこやかだ。
ここから更にわかるようにはどう伝えたものかとクリフォードは思い悩む。
「お父上は戦に行ったのですって」
ふじは子に語りかけながらその頬をつつく。膨れ面にその指が沈む。
「すいません……」
「戦をするのは武士の務めですもの。英心様も進んで働いておいでですわ」
謝罪を重ねるのに笑顔で肯定されて、逃げてはいけないと腹を括る。
「必ず、英心殿をこの地に帰します! 魔物を倒しきることをここに誓います!」
よく通る声で宣言した。
一拍しじまが広がった。
ふじは一度笑顔をしまって、見返してくる。吉之介を膝から下ろすといざってクリフォードの前にやって来た。
「よろしくお願いしますね」
クリフォードの手をとり、柔らかに笑んで言った。
近寄られてふわりと匂い立つ香がクリフォードの鼻をくすぐる。
「は、はい!」
女性らしい柔らかい手の感触に動揺して返事が上擦る。どうにもしまらない。
クリフ「既婚者なんて聞いてない」
早川「独身なんて言ってない」




