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3 後日譚

 翌朝、沙奈子のもとに死神がやってきた。

「……おはようございます」

「おはようございます。この度は、ご協力いただき、ありがとうございました。無事、霊魂を転生の輪の中に戻すことが出来ました。ひとえに貴女様のおかげでございます」

 死神のきれいな跪座(きざ)姿からの流れるような礼に、眠気も覚める沙奈子。慌てて自分もベッドの上に正座して、頭を下げる。

「いえ、無事に全てが終わってよかったです」

「……悪魔は帰ったようですね」

「あ!良かった。帰ったんですね。消えただけかと」

「いえ、人界に気配はありませんのでご安心を。そうだ、お礼にあの悪魔の名前を教えておきましょう。また来たら、三度名前を叫んでやってください。泣いて帰りますから」

「あ、それ有効なんですね!ぜひ!」

「ではお耳を拝借」

 沙奈子は死神に耳を寄せ、死神は悪魔の名前をこっそり告げる。二人はいい笑顔を交わしあい、今後もお互いに恙無く過ごせるようにと握手する。

「私が死んだら、迎えに来てくださいね。あなたなら、安心できそう」

「ええ。その時まで、しばしのお別れを」

 沙奈子は消える死神に手を振って、ベットから起き出し、やりたかったことを始めることにした。

 そして、習い始めた近所の料理教室で、上の階に住む五條瑛(ごじょうあきら)と会い、友人になった。

「「あらっ!」」

「二人はお知り合い?」

「ええ、先生。下の階のお嬢さんなのぉ」

「上の階のお姉さんなんですよ」

「あらあら、お互いに名前は知らないの?」

 二人の様子を見て、クスクス笑いながら指摘する料理教室の講師。

「「そうなんですよ!」」

 二人もその笑いに誘われて笑い出す。

「ふふふ。もうだいぶ、長いですよね?」

「クスクス。そうよねぇ。もう顔を合わせて五年ぐらいぃ?」

「改めまして。村上沙奈子です。料理教室でもよろしくおねがいします」

「五條瑛よぉ。こちらこそよろしくねぇ」

 二人は仲良く、今日のお惣菜を作り上げ、一緒にマンションに帰る。

「……同じマンションに住んでた森下さんて、知ってるぅ?さなちゃんの下の階なんだけどぉ」

「ええ。最近、亡くなられたそうで」

「あの……すごく馬鹿みたいにぃ、聞こえるかも知れないけどぉ、さなちゃんなら、笑わないで聞いてくれそうだからぁ、いい?」

「ええ」

 逡巡しながらも、それでも誰かに話したかった瑛が、真剣な顔で沙奈子を見つめる。

「あのね、森下さんが亡くなった次の日ね、彼、あたしの夢に現れたの」

「うん(よし!やったか!青年よ!)」

「毎日夜遅くまで、お疲れ様って……。あたし、嬉しかった」

 瑛の目が、少し涙に濡れる。

「うん」

「夢でね、少しだけデートしたの。楽しかった。それだけなんだけどねぇ」

 そう言って笑う瑛は、すごくきれいだと沙奈子は思う。

「良かったじゃないですか。夢でも。いい思い出になるのなら」

「そうよねぇ。あたし、決めたの!」

「何をですか?」

「可愛いおばあちゃんになって、死んだら彼に会いに行くわぁ。それで言うの!もったいないことしたわねぇって!」

「ブフッ!瑛さん、それひどいですよ」

「ひどいのはむこうよぉ!死んでから好きだったって言われたって、どうしようもないんだものぉ。仕返ししなきゃね!女がすたるわぁ!」

「あはは、森下さん、きっと待ててくれますよ、あの世で」

「そうかしらぁ?」

「そうですよ(森下さん、あの世で瑛さんのこと見てそうだもの!会いに行くなんて言われたら、ハチ公みたいに待ってるよ)」

「ふふ」

「さ!かわいいおばあちゃん、目指しましょうよ!」

 二人仲良くマンションのエントランスに着くと、管理人から声をかけられる。

「あ!村上さん、五條さんお帰りなさい!丁度いいところに!」

 沙奈子は、管理人から森下の黒猫たちを、ご両親が連れ帰ったことを聞く。

「お母さん、お辛いのに、息子の体が無事な内に見つけてくださって、ありがとうって」

「そうでしたか」

「お母様、せめてもだったんでしょうねぇ」

 三人でしみじみとなる。

「ええ、ええ。ここのマンションじゃ、まだないんだけど、他のところじゃさ。ひどい状態で発見された話も聞くからねぇ」

「こればっかりはねぇ」

「あ!それでうちの管理会社の警備部門からのお知らせ!スマフォのアプリなんですけど、電源が入れば生きているのがわかって、四十八時間、電源が入らないと連絡して、管理人が確認できるようになったんですよ。死亡確認後の連絡先も登録できますよ!管理費からの引き落としなんで、よかったらインストールしてみてくださいね!」

「そうですね。私ももうアラフィフですし、お迎えがいつ来るかなんてわかりませんもんね」

 管理人のいい笑顔に、真面目な顔でアプリのインストールを考える沙奈子であった。

「そうよねぇ。あたしも真面目に検討するわぁ。こういうサービスって大事よね」

 瑛も管理人からチラシを受け取り、流し読みしながらうなずく。

「ああ、そうそう。全然話は変わるんですが、一週間後に、ゴキブリの駆除業者が来るんですよ!その時間帯はなるべく、外に出てもらいたいんですよ、薬剤の散布があるそうで」

「まあ、急な話ねぇ」

「一週間後ですね」

「あ、詳しくはポストに手紙を入れておいたので、確認してください。後、共同掲示板にも張り紙しますから」

「わかりました」

「じゃあ、引き止めてすみませんね」

「いえ、管理人さんもいつもありがとうございます」

 二人は管理人に会釈して、自分の部屋に戻った。

 その後二人は、料理教室以外にも、趣味が合うことが多いということで、一緒に出かけるようになる。


 ゴキブリ駆除業者が入る日の前日の夜。沙奈子の部屋に、またしても呼んでないのに現れた悪魔。格好は前回と違い、現代のスマートなファッションになっており、羽さえなければアメリカのセレブ俳優すらひれ伏すイケメンになっていた。

「……(悪魔もアップデートするんだ)私、呼んでないわよ?今度は、誰に呼ばれたの?」

「いや!誰にも呼ばれてないのだ!自分の意志でここに来た」

「呼ばれもしないのに、出てくるとか、あんたゴキブリみたいね!」

「そのゴキブリが問題なのだ!」

「はいぃ?」

「そなたが、私に寄越したゴキブリの魂を覚えているか?」

「ああ、魂は見てないけど、あれ。あれがどうしたの?」

「他所の世界の魔王の魂の一部でな!」

「……」

 沙奈子は一瞬、自分の聴覚に、なにか問題が起ったのかと頭を振ってみる。

「どうかしたか?」

「いえ、ゴキブリがどうしたと?」

「明日、我ら地球管轄の悪魔衆が、このあたりのゴキブリの駆除を、一手に引き受けることとなったのよ!どうだっ。すごかろう!」

「ごめん、言ってることは分かるんだけど、意味が、さっぱりわからない」

「つまりだなぁ……」

 真顔で理解不能と言う沙奈子に、悪魔は時折自慢を交えながら、懇切丁寧に説明をした。

 悪魔の話を要約すると、地球には勇者が存在しないため、代わりに魔王を発見した悪魔たちが、その魂の回収を行うことになったということであった。魔王の魂がまとまると、地球に魔王が爆誕し、世界が崩壊する恐れがあるらしく、速やかな回収が望まれたらしい。

「へー」

「我は第一発見者で、悪魔界の皆に称賛されたのだ!」

「はあ。仕留めたの私だけどね」

「そ、それは内緒なのだ!」

「で?」

「それだけなのだ」

「いや、そんなこと、こっそり勝手に、そっちでやってくれれば問題ない話だよね?わたし、聞く必要性どこかにあった?ないよね?」

 わたしの貴重な時間を返せと、内心で叫ぶ沙奈子。

「そなたは、この話を聞いて、なぜ我を褒めぬ?地球を守るヒーローである我に、感謝の言葉もないのか!?」

(ヒーローって、どこで何を調べたんだこいつ?アンパン程度のありがたみも感じないし)

「か・ん・しゃは?」

 内心で大いに毒を吐く沙奈子に、感謝を要求する悪魔。

「はいはい、ありがとう、助かった。一匹残らず殲滅してください。おねがいします?」

「欠片も有り難みがこもってないではないか!」

「いや、実感ないし。そもそも契約無しで悪魔が動くっていうことは、ゴキブリ狩りが悪魔にとって、美味しい話なんでしょ?たかが人如きの感謝は、必要なの?」

 前回言われたことを、まだ、根に持っている、沙奈子であった。

「ウッ。なぜそなたはそう、裏をすぐ読むのだ!純粋さはどこに置いてきた!」

「大きなお世話。悪魔相手に、純粋でどうするのさ?狙われるだけでしょうが」

「むむむむむ」

「ムームー言ってないで、明日に備えて帰りなよ!わたしは、これから夕食なの!」

「我も所望する!戦いの前の我を、応援するのだ!」

「人如きの餌を食べて、お腹壊したんじゃ、明日戦えないでしょ?さっさと帰れ」

「そなた、しつこく覚えておるのだな!」

「しつこいのはあんたでしょうが!」

 うるうる眼で、とうとう腹の虫まで鳴かせ始めた悪魔に、結局、諦めた沙奈子。名前を使って追い払ってもいいのだが、もし名を使うことで明日にさわりが出ても困ると思ったのもある。沙奈子にも、地球が崩壊するのは流石に避けたいという、打算はあるのだ。

「食べたら、さっさと帰りなさいよ!」

「いただきます!箸の使い方も覚えたのだ!見よ!この流麗な箸さばきを!」

「はいはい、上手上手」

 味噌汁の豆腐を見事にすくい上げ、きれいにサンマの塩焼きを食べ、且つおかわりを要求する悪魔を適当にいなし、沙奈子のその日の夕食は、にぎやかに過ぎた。

 ちゃっかり、小豆バーまで食べた悪魔は、いい笑顔で別れを沙奈子に告げる。

「ではな!」

「あ!ちょっと待って!いいものあげる」

「いいもの?」

「はいこれ。これがあったら、ゴキブリが寄ってくるはずだから」

 そう言って、沙奈子が悪魔に渡したのは、某社のゴキブリ専用のおうちであった。

「ほう。使ってみよう。ありがとう」

「いえいえ」

「では、明日、またな!」

 そう言って唐突に消える悪魔。

「はぁ?もう二度と来るな!明日、ゴキブリに集られて、ピーピー泣くがいいわ!」

 沙奈子は心の底からの呪詛を、悪魔に贈ったのである。怖いもの知らずにもほどがある。

 さて、その呪詛が成就したかどうかは、沙奈子にはわからない。

 呪詛が返ってこなかったことだけは、はっきりしている。



出会いのお話はここまで。

続きは、話を思いついたら完結を外して投稿しようと思います。

どうなるか、作者の中でも未定ですので勝手を致しますが、どうぞよろしくお願いいたします。


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