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死者からのクリスマスプレゼント

作者: 希矢

クリスマスがくると、いつも憂鬱になる。

孤児院の院長を務めるシュレイアは、毎年届く贈り物を前に吐息をつく。贈り物の届け主は、孤児院を出ていった子供たちだ。けれど、今年はその贈り物の一つが届かないことを知っている。

子供たちを愛する彼女と、そんな彼女を大切に想う子供たち。これは、そんな孤児院のクリスマスイヴの物語である。


※本作品は、なろうで公開している長編小説「カルタータ」の番外編にあたります。とはいえ、物語の繋がりはないので初めての方でも問題なくお読みいただけると思います。

 クリスマスがくると思うと、いつも憂鬱になる――


 木枯らしが窓ガラスに吹きつけて、がたがたと揺らす。寒空は薄い膜が張ったように白く、僅かに天から伸びる光を隠している。


 今年も、冬がやってきた。


 ふぅっとシュレイアが吐いた息が、窓ガラスを曇らせる。それは自身の心の内を表すかのように、外の景色をぼんやりと滲ませる。


 扉を一つ隔てた先では、子供たちの遊びまわる声が聞こえてくる。そのようななか、「こら、室内で騒がないの!」と一際はっきりと響く女の声がある。この孤児院で院長をやっているシュレイアには、すぐに分かった。この声は間違いなく、シェナのものだ。年長になってから、急にしっかりしてきて助かっている。


 それでも、子供たちの騒ぐ声は止まない。室内に閉じこもっていても、それを忘れているように賑やかだ。


 そして、そんな彼らが冬の時期になると心待ちにするもの、それが、クリスマスである。


 クリスマスになると、必ず贈り物が届けられる。

 それはサンタを名乗る手紙とともに渡されることもあるし、かつて孤児院にいた子供たちから贈られることもある。


 贈り物の殆どは、玩具の剣や外の世界を記した地図――、旅の土産である。

 子供たちの心を外の世界への好奇心で満たすその贈り物が、シュレイアにはたまらなく嫌だった。

 穿った見方なのは、承知している。仮にも親切心で贈られたものに、ケチをつけるなんてどうかしているとも思う。

 それでも、その贈り物を一つ残らず暖炉の火に投げ入れたくなるほどには、嫌悪感がある。


 理由は分かっていた。

 毎年届いていたはずの一件の贈り物が、今年は贈られてこないことを知っているからだ。

 その贈り物は特別大きなものでもなければ、豪華なものでもなかった。手に乗るほどのぬいぐるみだったこともあれば、積み木の玩具だったこともある。シュレイアが毛嫌いした、外の世界にしかない旅先の土産だったときもあった。

 だが、そこには手紙が同封されていた。必ず、『ご自愛ください』と書いてあった。そして、『孤児院の皆が毎日を楽しく過ごされることを祈っています』と丁寧に付け加えられていた。


 そうした気持ちの籠った手紙が、贈り物が、今年はこない。

 贈り物の持ち主の訃報が届いたのは、数カ月以上も前のことだ。手紙が途切れたことに不安を抱いていた頃、同じように外の世界に飛び出ていった子供の一人から、事情を聞いた。これで何人目だろう。心がささくれ立つのを感じずにはいられなかった。


 外の世界は、常に危険に満ちている。それなのに、子供たちは外への好奇心を胸に、孤児院を飛び出して行ってしまう。そうして心優しい彼らは、クリスマスには忘れずに贈り物を届けてくる。

 それはある意味、文化なのかもしれなかった。

 子供たちは贈り物から外の世界に憧れを抱き、大きくなった彼らはそんな当時を思い出してか、贈り物を贈る。


 けれど、その贈り物が、ある日、ぽつりと減ってしまう。

 いっそのこと、来なければよいとさえ思う。子供たちに憧れを与えてしまう贈り物がなければ、クリスマスさえ来なければ、子供たちは外の世界には飛び出さないだろうと。危険のない世界で毎日を過ごしてくれるはずだと。

「ねぇ、ママ」

 声にはっと顔を上げると、うさぎのぬいぐるみを握りしめた女の子が戸口に立っていた。濃茶の髪を巻き上げた、寂しがりやのテイマだ。

「あら、どうしたの」

 また心細くなったのかと声をかけると、テイマは首を横に振る。

「ママ、寂しそうだから」

 見透かされたと思った。顔に出てしまったと。

 シュレイアは、にこりと微笑んだ。

「ママは寂しくなんかないわ。だって、テイマたちがいてくれるじゃない」

 そう、子供たちはいてくれる。できれば、これならもずっといてほしい。




 子供たちの贈り物が、ぼつりぽつりと届いていく――――






 イヴの夜、寝静まった頃合いを見計らって、届いた袋を順に開き始めた。冒険小説、玩具の銃、貝殻のネックレス。どれもこれも、例年と同じような贈り物だ。

 心が泣きたくなるのを堪えながら、「メリークリスマス」と呟いた。

「メリークリスマス、みんな」

 やはり、いつもの手紙のついた贈り物はなかった。


 どこか気だるい体を引きずって、自室へと引き戻る。そこで、シュレイアは扉が僅かに開いているのに気が付いた。不審に思いつつも扉を開けると、部屋の真ん中にある円テーブルに、箱が置かれていた。

 近づいたシュレイアは、その箱の上に手紙が置かれているのに気が付いた。開いた手紙は、黄ばんでいた。ところどころ、しみがあった。

 開くと、はじめに『先生、お元気ですか? 私は、おかげさまで元気です。今日も楽しくやっています』と書かれていた。順に目を通すと、決まって書かれる文章が目に入る。『孤児院の皆も、楽しい日々を送られることを祈っています』、『どうか、ご自愛ください。先生は無理しすぎですから』。

 すぐに、あの子の手紙だと分かった。ぽつりと、雫がこぼれ落ちた。手紙にしみが増えていく。

「ママ、どうしたの? どこか痛いの?」

「あ、テイマ。待って!」

 どこからか駆け寄ってきたテイマが、飛びついてくる。

 彼女を受け止めながら、テイマの後ろから走ってくるシェナを見やった。彼女はどこか焦ったような、困ったような顔をしている。

 けれど、まずはテイマからだ。

「大丈夫よ、テイマ」

 断ってから、怒らないからと前置きをして続ける。

「どうしてこんな時間に、ママの部屋へ? 眠たいでしょう?」

 時計は夜の零時を過ぎている。テイマは困った顔を向けた。

「ママ、クリスマスプレゼントをいつもサンタさんから貰えていないから」

 代わりにあげようと思った。そういうことなのだろう。

 テイマらしい優しさに、シュレイアはくすっと微笑んだ。我知らず、強張っていた顔が緩んでくるから不思議だ。やはりこの子たちはかけがえのない宝物だと、そう思わずにはいられない。

「大丈夫よ。ママはいつもプレゼントを貰っているわ」

 答えながら、そうなのだと気が付いた。

「ママはね、皆の笑顔が一番のプレゼントなの」

 自分で口に出た言葉に自分で気づかされるなんて、おかしなものだ。けれど、シュレイアは子供たちを愛していた。だからこそ、クリスマスプレゼントを貰って喜ぶ彼ら彼女らの笑顔を見るのが、たまらなく好きだ。

「でも、ありがとう。テイマからのクリスマスプレゼント、嬉しいわ」

 手紙の下に置かれた箱を開ける。中に、手作りのネックレスが入っていた。画用紙をハート型に切って、クレヨンで桃色に塗られている。

「可愛いわ。大切にするわね」

 礼を言われたテイマの表情が、ぱぁっと輝いた。まるで野に咲く花のような、愛くるしい笑みだ。

「うん!」

 けれど、同時に、彼女の瞼が重くなっている。どこか、とろんとしている。

「でも、おやすみなさい。テイマが眠らないと、サンタさんが来にくいでしょう?」

「うん、ママ。おやすみ」

 テイマを下がらせると、シェナがテイマと連れ添って部屋に戻っていこうとする。

「シェナ。あなたはどうしてここに?」

 背中に声を掛けると、シェナがくるりと振り返った。おずおずと口を開く。

「おねぇちゃんに、プレゼントしてって頼まれたの。あのね、おねぇちゃんが、もし私がいなくなったら、クリスマスのときだけでもお手紙を渡してほしいって。そうすれば、寂しくないからって」

 あぁ、本当にあの子は、優しい子だったのだ。

 瞼に熱を感じて、シュレイアはそっと目を閉じた。

 再び目を開けたとき、シェナが握りこぶしを掲げて宣言するように、シュレイアの前で立っていた。その姿は、滲んでみえているせいか、あの子と重なってみえた。

「おねぇちゃんがいなくなっても、私が寂しくないように、ずっと手紙を書くから! クリスマスのときには、プレゼントを贈るから! だから、元気出して!」


 きっと、この文化は続いている。子供たちが贈り物から外の世界に憧れを抱き、大きくなった彼らはそんな当時を思い出してか、贈り物を贈る。それと同じように、シュレイアが愛した子供たちは大きくなったら手紙を届ける。その様子を知っている次の世代の子供たちもまた、大きくなった子供たちの想いを引き継いで、途切れた手紙の続きを贈ってくれる。

「ありがとう、みんな」

 泣くなと言うほうが無理だろう。シュレイアは部屋を出ていくシェナとテイマを見送りながら、涙を拭いた。そのとき、置いた手紙からポロンと光る何かが零れ出た。

「あら」

 零れ落ちたのは、ブローチだった。雪の結晶の形をした石だ。透き通っていて、光に当たって水色にも桃色にも光った。この辺りにはない、外の世界にしかない贈り物である。確か、一年中氷に閉ざされた雪国には、このような変わった石があると聞いたことがある。

 自然と微笑んでいる自分自身に気が付いた。今度はちゃんと祝ってあげられそうだった。まずは小さく「メリークリスマス」と呟く。そして、祈った。

「メリークリスマス、みんな」

 ――大好きなみんなに、幸せが来たらんことを。



 いつしか真っ白な雪が窓ガラスの向こう側で、しんしんと降り積もっている。夜空に星が瞬いて、どこからか鈴の音が聞こえてくるようだった。


 一抹の寂しさはどうしても拭え切れない。けれど、クリスマスが来るから、いつも、幸福な気持ちになれる。それもまた、事実だ。


 そして今年も、クリスマスはやってくる。みんなの笑顔を、運んでくる――――



※カルタータ本編は一番下のリンクにございます。シュレイアたちが登場するのは六章にはなりますが、よろしければご覧ください。

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