夜行列車の毛布の思い出
あれは中学を卒業した年か。進学して初めての夏休みにバイトをした。
そのバイトで稼いだお金で、カメラ片手に京都を一人で巡ることにした。
その頃は未だ未だ夜行列車なんてものがそこそこ走っていて、貧乏旅行の味方だった。
中でも東京から一晩掛けて大垣まで行く夜行が定番で、廃止の際にはそれなりに惜しまれたようだ。
夜行列車と言っても要は普通列車。東京駅を遅くに出る通勤列車も兼ねていた。
だから車内はアルコールの入った通勤客が大勢乗り込んでいて、通路も人が溢れる状態だった。
そんな調子だから駅に着く度乗り降りする人波に流されて、洗面所にまで押し流された。
見ると、およそ通勤客らしからぬ面子が洗面台の上と床とを占拠していた。
洗面台の上の二人は旅慣れた様子の男子大学生二人組で、床に立っていたのは私から見たらお姉さんが三人。
小柄な私が危なげに見えたのか、半ば彼女らに引き摺られるようにして洗面所組にお仲間入りした。
実際、酒臭い中で小突き回されるような状態よりはずっとましで、おまけに雑談まで楽しめた。
そうこうする内小田原を過ぎて、女性二人が巧いこと客室に隙間を見つけていなくなった。
私は残った女性と二人で、洗面所の床に網棚から失敬してきた新聞紙を敷いて座り込んだ。
確か10月のことだったと思うのだが、深夜ともなると暖房の入る客室と違って洗面所は冷え込んできた。
二人が寒がり始めたのを見て兄ちゃん組が毛布を貸してくれたので、肩を並べて毛布に包まって過ごせた。
当時、ホットの自販機なんてものがそうそう都合よくホームにあるわけでもなく、勿論車内販売もない。
使い捨て懐炉なんかも持ってなかったので、この毛布には本当に助けられた。
それはさて、今は昔の多感な時期のこととて彼女に触れる距離にどぎまぎする訳で。
それを気取られたのか揶揄う彼女に、それでも平気な振りで答えたりして。
尤も、彼女の方も結構一杯一杯で、揶揄うことで照れと緊張から逃れたのだとか。
兄ちゃん達のいびきもあったとは言え、なかなか眠れなかったのは言うまでもなく。
次の日の朝は、大垣で乗り換えて更に西に向かった。大阪まで行くと言う兄ちゃん二人組を見送ったのだが、
寝ぼけ気味だったとは言えろくにお礼をできずそこはちょっと後悔が残る。
彼女の方は京都の親戚宅まで行くとのことで一緒に京都で降りた。
今のように24時間営業のコンビニもないし、朝飯食べなきゃ観光もへったくれもなく。
土地鑑のある彼女に早朝営業している喫茶店を教えて貰ってそのまましばらくデートの真似事などして。
その彼女が実は年上の女房で、なんてことはなく。
携帯電話なんて影も形もない時代のこと、それ切りで連絡もつかなくなってしまった。
一度だけ、貰った名刺の番号に電話をしてみたが既に通じず。
今は、記憶と数枚の写真だけが残るのみ。
ほぼ3ヶ月ぶりのご無沙汰です。
今回、初めて長編仕立てにしてみました。
とは言え長大なプロットがある訳でなく、連作掌編となる恐れも無きにしも非ずですが。
何はとまれ、お読みいただきありがとうございます。
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