前編
高校に入学して暫く経った頃、うちに新しい調律師がやってきた。それが松村さんだった。
高校生になりたてのあの頃の私と同じように、松村さんはほやほやの新入りで、ピアノ販売店に配属されたばかりなのだった。
松村さんは、自転車に色々な道具を積み上げて、汗だくになって我が家にやってきた。入り組んだ住宅地なので少し迷ったようだった。土曜の半日授業の日で、私はまだ制服姿のまま、母の後ろから新米調律師を眺めていた。松村さんは玄関口で母に「よろしくお願いします」と、名刺を差し出した。私にもちゃんと名刺をくれたが、私はそんなものを手にするのは初めてだったものだから、どこにしまえばいいのかもわからなかった。それで、松村さんが私の部屋に入って調律を始めるまでずっと指で持て余していた。
母は松村さんが作業している部屋の扉を閉めた。そして作業の邪魔になると悪いからと、私に居間へ行くよう促した。
私の部屋からスケールが聞こえた。松村さんの姿が見えなくても、どんなふうにピアノを扱っているのか、かんたんに想像できた。松村さんは和音をかき鳴らした。オクターブを押さえた。私は音の伸びを最後まで聴いていた。
「あのひと汗かいてたね」
カステラを食べながら母に言った。
そういえば、と言って母は松村さんに冷えた麦茶を持っていった。
ひとりになった居間で、私は私のピアノで松村さんがぽろんぽろんと音を鳴らすのを不思議な気持ちで聴いていた。家族の中でピアノを弾くのは私だけだった。私しか弾くことのないピアノに、知らない人が手を加えている。奇妙なものだった。もちろんこれまでも定期的に調律師に来てもらっていたが、今までお世話になっていたのは年配の女性で、どちらかといえばピアノの先生に近い感覚があった。それに学校のある平日に来てもらうことが多かったので、私はなかなか調律の場面に立ち会えなかった。調律自体がもの珍しかったのだ。
調律師であるという部分を抜きにしても、若い大人の男の人が私の部屋にこもって私のピアノを弾いている、というのはかなり新鮮だった。もっと言ってしまうと、怖かった。県の女子校に進んだ私は、普段男の人と殆ど話すことがなかった。思い返してみれば、父親も単身赴任中なのだった。
調律は一時間程度で済んだ。ドアから出てきた松村さんはやはり汗をかいていた。額に滲んでいるのはただの汗ではなく、脂汗のようだった。調律とは神経を使うものなのだろう。母が松村さんを居間に案内して、お茶とカステラをご馳走した。松村さんはとても素直な笑顔で「いただきます」と言った。私は母の隣、松村さんの斜め向かいに座った。名刺はプリーツスカートのポケットに入れてあった。
母は若い男の人が家の中にいるのが珍しいらしく、すこしはしゃいだ声で色々なことを訊いた。
「はたちです。この間専門学校を卒業しました」
松村さんは屈託なく笑った。
「やっと最近ひとりでお客様のところを回れるようになって、仕事にも少しは慣れてきました」
「調律師さんって専門の資格がいるんですか」
「いえ、特には。調律師になるための資格はありません。専門学校で勉強するんです。ただ、調律師の協会があって、そこの会員に認定されるためには試験が必要なんです。ぼくもそろそろ準備しようかと思っているところなんですよ」
「音楽の試験のようなものなんですか」
「調律の実技ですよ」
そこで松村さんはいきなり私に向き直って話し始めた。
「ピアノはお嬢さんが弾かれるんですか」
「はい」
答えた私の声は上ずっていた。
「高校生でしたよね。今も先生について習っているんですか」
「はい、受験のときに少しお休みしましたが……」
「高校までレッスンを続ける人はなかなかいませんよ。頑張ってますね。今は何を弾いてるんですか」
「ショパンです」
「良いですね」
私に話しかけたのはそれきりで、松村さんは再び母に向き直って話しはじめた。
「順調に弾きこまれたピアノですね。ピアノは弾けば弾くほど音の馴染みが良くなります。もちろん弾いた分だけ部品も消耗しますから、次回の調律もまたお申し付け下さい」
その後も世間話は暫く続いた。そして母は現金で支払いを済ませ、松村さんは帰っていった。
食卓の片づけをしてからすぐに部屋に入ってみた。すうすう鼻に抜ける整髪料のにおいがした。さっそくピアノの前に座った。ペダルに足をかけると、じゅうたんにぽつりと冷たく湿った部分があった。松村さんの汗だ。
シのフラットに指をおき、ぽんと鳴らしてみた。
音が波を作って部屋中に満ちる。やけに澄んでいて、まるでピアノの背が伸びたみたいだった。そのままショパンを弾き始めた。あの頃私は「ノクターン第二番」を弾いていた。調律という魔法のかかったピアノは、やけにドラマチックな音になっていた。ピアノをここまで変えてしまう調律というものに心底感動した。今までも毎年調律してもらっていたはずなのに、今までにないほど強い印象だった。
調律師になりたての松村さん。私はふと父親を思い出した。会社に入りたての新人のころの父はどんなふうだったのだろうかと、鍵盤の前で考え込んだ。
次に松村さんが来たのは一年後だった。
叔母さんが急に風邪で倒れたため、母はまだ小さいいとこの世話をしに出かけていった。父はいなかった。私はひとりで松村さんが来るのを待っていた。なんとなくピアノを弾きながら待たなければならないような気がして、家中の窓を閉めて「雨だれ」を弾いていた。冷房が効いてひんやりしていた。
そのうちに松村さんが呼び鈴を鳴らした。
玄関に走りドアを開けると、去年よりも髪を短く刈り込んだ松村さんがいた。前髪が汗にぬれてぴんと固く立っていた。
「こんにちは、お邪魔します」
大きな革靴を脱ぎながら私を見て、「お母様はいらっしゃらないのかな」と訊いた。私はみっともないほど小さな声で「はい」と答えた。
「今、ショパンを弾いてた?」
さらに訊いてきた。演奏を聞かれた。窓を閉めきっていたのに、やはり調律師というのは耳が良いのだろうか。私は顔から火が出る思いでさらに小さく返事をした。
「きれいに弾くね」
松村さんはかがんで靴をそろえた。
「『雨だれ』は弾くたびに全然違う演奏になるよ。これから何年か経ったあとに弾いてみると良いね」
私はさらに顔を赤くして、下を向いていた。
松村さんを部屋に案内した。部屋に入ってもらうとき、ドアが少し窮屈そうな感じがした。きちんと掃除したつもりだが、ばらばらに立てかけてある楽譜や、机の上に出しっぱなしになっている筆記用具が散らかって見えるのではないかと気になった。
松村さんはじゅうたんの床に鞄を置いた。興味があるなら調律作業を見ていて良いと言ってくれた。私は松村さんの後ろにぼぉっと突っ立っていた。
「掃除機を貸してもらえませんか」
慌てて居間へ探しに行く。掃除機をかけるのはいつも母だったから、どこにあるのかよくわからない。私は右往左往した。
「あれば、先っちょもお願いします」
さらに注文がついた。必死になって食卓の下やテレビの裏を探す。ようやく和室から掃除機とノズルを見つけ出し、部屋へひきずっていく。掃除機の置き場所も分からないなんてと情けなく思った。ふだん家の手伝いをしていないことが筒抜けになったようで恥ずかしかった。
松村さんははじめにアップライトピアノの上の蓋を開けて前面上部の板を外した。かなり重たそうだった。松村さんの抱える黒い鏡のような板に、お腹からはみ出したシャツが映りこんだ。ストライプの地模様の入った白シャツだった。前面下部の板も外した。鍵盤の蓋も外した。普段は見えないハンマー部分が現れた。ハンマーにかぶさっている白いフェルトも取った。
まるでピアノを脱がせているみたいだ……私はこの作業を見ながら突飛なことを考えていた。この人が女の人の服を脱がすとき、どんな風に脱がすんだろう。ネジを回し、ビスを抜いて、隠された部分を露わにする。それは高度に専門化された作業だった。私はいつしか自分がピアノになったような気分になっていた。
松村さんは掃除機でピアノの内部の埃を吸い出した。他人に掃除してもらうのは何となく決まりが悪かった。あらかたきれいにしてから、今度は鍵盤をくまなく叩きはじめた。そして床に調律道具を広げた。クロスで弦やハンマーの埃を払いながら、ところどころの鍵盤を外し、名前の分からない道具を使って調整していった。
「今はね、鍵盤を叩いたときのタッチを決めているんだよ」
そう言って松村さんは私に取り外されたひとつの鍵盤を見せてくれたが、何のことだがよく分からなかった。
「これが鍵盤を押したときの下げ止まりの部分で、ここに紙を入れると、紙の厚さで微妙に底上げされる。長い間弾いているとどうしても鍵盤の底の高さがバラバラになってくるからね、ずれてしまった鍵盤のひとつひとつに紙を挟んで、調整してあげるんだ」
説明されてもよく分からない。
はじめのうち松村さんは色々な説明を加えてくれたが、次第に口数が少なくなっていった。そして和音をかき鳴らしながらチューニングを始めた。音が部屋を満たした。
その和音を聞いているとなんだか不安になった。音のうなりが体を包み込み、体液を震わせ、脳を揺り動かした。血の流れはうなりのリズムで脈を刻む。思考も響きに支配される。村松さんは音叉を鳴らしチューニングハンマーを使って私のピアノの音を作り、私はその音の海に抱かれていた。
どれだけの間その海の中にいただろう。村松さんは屈めていた背をやおら伸ばし、終わりましたよと言った。
「どうですか、澄んだ響きになったでしょう」
板や蓋を元通り取り付けた。そして椅子に座り、ベートーベンを弾き始めた。
松村さんがいきなり演奏を始めたこと以上に、その音量に私は度肝を抜かれた。激しい和音。半音階の降下。突然始まる旋律。聞いたことのある曲だったが、名前を思い出せない。怒涛のような曲調から、しだいにひとつのイメージが形成されていった。
空が落ち、地が裂ける。星が降る。太陽が燃え落ちる。町外れにつつましやかな家が佇んでいる。若い男が寝台の傍らに膝をついていた。小さな窓からでも外の惨劇が窺える。男は頭を抱えて庭に出る。空を見上げると、高くに舞う一羽の鳥。流れ星の間を縫うように逃げ惑っている。空の裂け目からほとばしる閃光があまりにもまぶしくて、長く見ていられない。そのくせ辺りは薄暗い。割れた空が降ってきた。降り注ぐ空の欠片に打たれて鳥は墜落する。男の立っているすぐ近くの地面にも空の破片が突き刺さった。驚き飛びのいて転げるようにして丘を下る。振り向きざまに倒壊する小屋が目に入った。足に小枝や枯れ草を絡ませながら、救いを求めて町へ走る。しかし町へたどりついてみると家々はみな崩れ倒れていた。ただひとつ、町の中心の教会だけは威厳を保っていた。重い扉を開けて祭壇を見上げる。聖母子のモザイクが光を受ける。身廊の半ばでひざまずく。聖母の引き締まった口元はぴくりとも動かない。男は無言の裁判を受けている。天の国で父と共に永遠のときを過ごすか、あるいは……男はおびえ、震え、自分の罪深さを嘆きながら静かな聖堂で祈りをささげ続ける……
後で知ったことだが、あれはベートーベンの悲愴ソナタという曲だった。私はその第一楽章に、以前に美術館の展覧会で見た宗教的な油彩画を重ねて見ていた。私は絵についてはよく知らないし、どんな画家が描いた絵だったかは覚えていない。その絵のイメージが記憶の中で熟成され、長い間寝かされたあと、松村さんの音楽によって開封されたのだった。そういえば学校の前でどこかの宗教団体が配っていた聖書の概説書にも最後の審判の話が載っていた。「悲愴」は「終末」とは違うものだろうと今になって思う。実際、あの後レンタルショップから随分な数のCDを借りて「悲愴」を聴き漁ってみたが、この世の終わりを思い起こさせるものはなかった。
終末のイメージを抱くのは、松村さんの演奏を思い出すときだけだった。あるいは、あのイメージを記憶の中から掘り出すときには必ず、松村さんの演奏が背景に流れていた。この終末のイメージはその後いつまでも私の頭に焼き付いていた。