第二章 甘蓋の選択
「話せば長くなるが、俺は十五の時に両親を強盗に殺された。
俺と妹が留守の間にな。」
甘蓋の妹は甘蓋より一つ下なだけ。
現在は甘蓋とは正反対であるごく普通の人生を送っている。
「俺と妹は母方の祖母の家で世話になる事になった。
だが祖母はその時既に病気でな。
身体も殆ど動かない状態で一人暮らししてて、世話しに来てた母さんも死んだわけだから殆ど妹と協力して生活してた」
そんな生活の中、甘蓋はその『魔女』という女に出会った。
魔女は甘蓋がいつも通り下校していると突然声をかけて来た。
「そこのお前、力が欲しくないか?」
そう言う女の姿は見るからに怪しく、その場に相応しいとはとても言えないローブを着用し、フードで頭を深く覆った格好をしていた。
「力?」
「やり場のない憎しみがお前からひしひしと伝わってくる。
その憎悪、力に変えてみないかと」
「俺には、そんな感情は無いよ」
そう言いつつ、女の声が妙に綺麗だったのか女の言葉が自身の心に響く何故か響く・・・
「お前にはまだ解せまい。若いからな。純粋無垢な少年だ。だが年を重ねれば重ねる程に嫌でも理解する事になる。自身の中に潜む憎悪を」
「え・・・」
「私は知っている。お前が恨むべき人間を」
「・・・母さんと父さんを殺した奴らのことを言っているのか?
あれはもういいんだ。だって俺は」
その時、甘蓋の脳裏にいつか妹に言われた言葉が過った。
「お兄ちゃんさ、お父さんとお母さんが死んで良かったって思ってるでしょ」
この言葉が過った瞬間、甘蓋はどうしようもない罪悪感に見舞われた。
「そうだ・・・俺の家族はどこにでもあるような普通の家族だった。母さんは文句一つ垂れず家事をこなしてくれてたし父さんは俺達家族のために毎日夜まで仕事してくれてた・・・なのに・・・どうしても死んで良かったと思ってしまっている・・・どうしてなんだろう」
「お前が理解していないその憎悪とは誰に対するものだと思う?
両親を殺した強盗か?」
「・・・違う」
そう言う甘蓋の中に得体の知れない何かが沸き立ち始めた。
「もっとずっと前からある感情だ。
誰かを憎いと思うこの感情・・・誰に対するものだろう」
甘蓋が考える中で真っ先に思い立ったのが
「母さんと・・・父さん」
甘蓋の憎悪が本当に両親に対するものであったのかは今は分からないが、そう解してしまったその日、甘蓋は魔女から力を受け取った。
「それが、この腕だ」
優矢に話し終えた甘蓋はそう言って凶器と化した左腕を撫でた。
「魔女から受け取った力は俺自身の憎悪をこの刃に変えるというものだった。
あんな風に口車に乗せられ、まるでそうであったかのように錯覚させられて一時的に憎悪を引き出された・・・」
「錯覚って・・・両親に対する憎悪は本当は存在しなかったって事?」
「そうだ。だって憎む理由があるのか。
母さんと父さんは本当に良い両親だった」
「でも間違い無く憎んでるよ貴方は」
優矢がそう言うと甘蓋は否定することは無く、俯き際微笑んだ。
「・・・俺は生まれてきたことに不満を抱えている
。両親を恨んでいる理由があるならそれかな。
何をしてても嫌になる。
俺はさほど出来ない事は無かったがずば抜けて他人に褒められる事も無かった。
しかしやれと言われることはどこに行ってもあってだな、
引きこもってやろうとも思ったがそんな自分がもっと嫌になりそうでしなかった」
「そういう話を微笑みながらしてる甘蓋さんって生きることを完全に諦めてる人の典型的な見本だよね」
「生きる事を諦めてる奴が自分の欲求を満たすために勤しんだりしないよ」
「笑えない自爆論」
「・・・俺は弱い。誰が見てもきっと解るくらい」
そう言う甘蓋はどこか遠くを見ている様だった。
夜が明ける頃には敵部隊は既に撤退していた。
優矢と甘蓋は屋根の上で朝日が昇る瞬間をただ見つめていた。
「不思議だな・・・この憎悪で出来た力が今は欲求を満たすために動いている」
甘蓋がそう言うと優矢はこう言った。
「憎悪も欲求も紙一重だよ」
優矢がそう言い終えると甘蓋は突然睨む様に周囲を見渡し始めた。
「空気が変わった」
甘蓋がそう言うと「御名答~」と拍手しながら華羽が現れた。
その後ろにははジンと輝楼もいた。
「もう敵は全員解散しましたよ?お二人さんそんな所で仲良しごっこですか?」
華羽が嫌味ったらしくそう言うと優矢は屋根を降り、とっとと基地まで帰って行った。
「あれ?ゴメン甘蓋クン邪魔してしまったみたいで」
そう言う華羽の後ろでは輝楼が申し訳無さそうに手を合わせていた。
「もう俺に関わるなって言っただろ」
甘蓋がすぐさま優矢を追いかけようとすると華羽は甘蓋の腕を掴みそれを阻止した。
「冷たいねぇ」
華羽はそう言うと力いっぱい拳で甘蓋の頬を殴った。
そして殴られた甘蓋は屋根から転がり落ちた。
甘蓋は叫ぶことはしなかったが全身の痛みを和らげるようとするように「ううっ~」と唸りながら丸まり込んだ。
その様子を見ていたジンと輝楼は屋根を降り甘蓋の元へ駆けつける。
「オイオイ」
ジンは呆れるようにそう言って痛がる甘蓋の右腕を自身の首に回した。
「重症だよ彼・・・やり過ぎじゃない?」
輝楼も同じように呆れながら甘蓋の左腕を首に回し華羽の方を見上げ、そう言った。