第一章 甘蓋という男
帝国式軍隊に与えられた武器は拳銃とナイフの二種。
それぞれ専用のケースに入れ、腰にぶら下げるのがお決まりであるうえ出動前に甘蓋の姿を見た時にはこれだけ開いた傷を敵に付けられるような武器を彼が持ってきていたとは到底思えなかった。
優矢が死体を裏返し見てみると背中まで傷口が到達していた。
ナイフよりも遙かに長く、太い刃物で刺されているような傷口だ。
優矢は確かめずにはいられなかった。
敵の衣服を破き、死体の傷口を改めて確かめる。
「・・・!?」
傷口が奥に行くに連れて広がっているのを理解した。
「まるで拳を入れられたみたいだ・・・拳で人の肉をここまで切り裂けるものなのか?」
しかも秒数からしてここまで素早く背中にまで拳を貫通させる事などもはや人間ができる事では無い。
あの夜優矢は甘蓋の身体を見たが、ここまで力が入る腕とは思えなかった。
甘蓋に興味があったのは間違い無いが、今回甘蓋の後をつけていたのは何となくであっただけに優矢の気持ちは高ぶった。
そして、死体を見つめる優矢の前に、屋根の上から甘蓋が降りて来た。
「ここで何をしてるんだ」
甘蓋はそう言うとしばらくそこら辺を見渡し、優矢が何をしていたかを理解した。
理解したうえでここから甘蓋がとった行動を、優矢が想像できるはずがなかった。
「手が血に塗れているぞ・・・拭いてやろう」
甘蓋はそう言うとポケットから白いレースのハンカチを取り出し、優矢の手をとった。
「・・・秘密を探られて不快だと思わないのかい?」
丁寧に優矢の手についた血痕を拭く甘蓋を見て、優矢は言った。
「秘密?俺に秘密なんて無い。お前は俺がこの人間をどうやって殺したか知りたいんだろう?
教えてやろうか」
甘蓋は悪戯っぽく微笑む。
「教えてやろうか」なんて簡単に言われたものだから優矢は呆気に気を取られ、何も言えなかった。
そんなことにもお構いなしに甘蓋は死体の傷口について説明を始めた。
「俺が人を殺るとき、拳を入れる。傷口が奥に行くに連れ広がっているのもその証拠。
だが、その前に」
甘蓋がそう言い終えると同時に甘蓋の左腕をまるでコーティングするように甘蓋の腕から紫色の液体が湧き出た。
やがてその液体が結晶の如く固まり、左腕を刃物へと変えてしまった。
刃物は微かに透き通っており、腕が中にある事を確認する事が出来た。
「こうして肉体に切り込みやすいよう先に刃を作っておく。
先にこれを敵の胸に突き付けることで後々拳を入れやすくなるだろう」
「そんなもので敵を殺すより遠くから狙いを定めて銃弾を放つ方がずっと楽だと思うけど・・・」
「そうだ。でも俺には何故かこの腕で殺りたいという欲望がある・・・この腕を手にしてから」
甘蓋は刃物と化した自分の腕を見つめた。
「可笑しいと思う。俺は自分で言うのも何だが、わりと外では普通の奴だと思われているし俺もそう思う。だが、俺の中に潜むこの欲求を周りにさらけ出せばどうだろう?
この刃物には見た目じゃ分からないだろうが神経がちゃんと伝わっていてこれを人間の身体に差し込むとどくどくと動く肉の感触を一瞬だが感じることができる。
こんな酷い事をしているのに・・・自身の肉体に穴をあけられているというのに・・・傷つけているのにまるで俺のこれを歓迎しているようにどくどくと動いた肉は俺の腕を締め付ける。
やがて肉が動かなくなるまで俺は相手に刺し込んだこの腕を抜けずにいる」
狂気に満ち溢れたような話をする甘蓋の表情は対象的にその表情はどこか悲しそうで力無かった。
「嫌になる。俺はいつの日かこの腕で人を殺す事が・・・」
「癖になっていたんだね」
甘蓋が言い難そうにしていた言葉を優矢は代弁するように言った。
「本当はこんなつもりじゃなかった。
俺は普通の人のように働きたかった・・・なのに」
「だからいつもは平然とした顔で、如何にも普通の人ですみたいな顔して皆んなの前で過ごしてたんだ。
普通の人間でいたかったから。
でもそういう人ほど普通じゃないよね。
普通な人だって言われて喜んでいる人間には必ず何か・・・周りに隠している事がある。
変な奴だと言われて喜んでいるような人間は、自分の変質をいとも簡単に他人に悟られるような人間は・・・大して変じゃない。
普通に見える程変なんだよね」
優矢のその言葉に対して甘蓋は「フッ」と悲しい笑みをこぼした。
そして少し暗くなった空気を晴らすように優矢がにっこりと明るい声色でこう言った。
「でも甘蓋さんって欲望に忠実だよね。
性欲晴らそうと初めて話した相手をその夜犯しちゃうんだもん。」
「犯す・・・」
甘蓋は戸惑ったように呟く。
「これから先も貴方はろくな人間にならないと思いますよ」
優矢はにやりと笑って甘蓋にそう言った。
「それで・・・その左腕って生まれつきそうなるようにできてたの?だとしたら貴方は人じゃないよね」
「・・・違う。この力は正確には貰ったものなんだ」
「誰から?」
「・・・・・・魔女からだ」
甘蓋は言いたく無さそうにそう答えた。
「俺はその魔女に騙されてこの力を与えられた」