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哀色の境界

作者: 睦月スバル

別サイトで書いていた短編の加筆修正バージョンです。

夕暮れ時、人によっては逢う魔が時と言うかも知れない。

少年は秋風を頬に感じて目を細める。

公園は仄かに赤く染まり人気も疎らになってきた。


少年はブランコを降りると少し伸びをして遠い目をした。


「少年、少年はもし仮に今日世界が滅びたらどうする?」


唐突に少女は尋ねた。

ベンチにどっかりと座り込んだ少女の態度は最早女王の如し。尋ねる事柄も一層抽象的になろうというものだ。

まるで訳が分からない。


「私の知った事ではありません。少女の言うそれは杞憂と言います。愚かだと進言しましょう」


少女が少女なら少年も少年であった。

これまた酷い毒舌家である。


愚かだとバッサリ切り捨てられた少女は頬を膨らませて不満を訴えたが、少年は相変わらずどこか遠くを見ているままだ。


「愚か、と言うのは構わない。けれど私は少年の事が知りたいのであって一般論はお呼びでないんだ。つまり、思うがままを語って欲しい」


少女は少年の口調を真似して言う。

思うがまま、という単語に思う所があったのかふむ、と少年は眉を顰めた。


「思うがまま、とは言えどまだまだ抽象的だ。詳細を詰めて欲しい」


面倒だと言わんばかりに少女は鼻を鳴らした。何度も見たお怒りの前兆である。


「…まぁ答えよう」


これは不味いと少年は繕うようにして口を開く。


「…私が世界が滅びる瞬間やりたいことか。ならば…本を読みたい」


「それは何故?」


勿体ぶるように口を開こうとして、先に痺れを切らした少女の肘鉄が少年の咽頭を正確に射抜いた。

少年は肺の空気を吐き出すとフラフラと揺らいでいる。


「…先んじて事を制する。即ちそれを先制と言う」


「成る程。つまり私は後手に回ったと」


そうよ、と少女は胸を張って答えた。

がしかし貧相な胸である。見ていていたたまれなくなった少年はやれやれと口を開いた。


「…思うに、人間は日常の尊さに気付きにくい」


少女はほう?と言うと先を促す。


「だから、私は最も尊いと思う事をするのだと思う」


「読書は尊いものかしら?」


「勿論尊いさ。何故なら読めば多幸感に包まれるからだ。未知を知るのは楽しい。例え滅ぶ間際であれその楽しさを感じる事が出来るだろうと思っている。故に私は本を読むだろう」


「にしては妙ね。少年は公園に来た時に本を持たないじゃない」


その問いに少年は笑顔で返答した。


「だって日照雨そばえが来たら困るじゃないか」


それを聞いて少女はクスリと微笑を浮かべる。


「それこそ『杞憂』じゃない」


「そうかもしれない」


♪♪♪


「少年、少年はどんなご飯が好きなのか教えてくれないかしら」


いつもの公園で少女は尋ねた。

相手は勿論少年だ。今日はいつもと違い少年がベンチに座ってる。

ついでに言うと珍しく丸眼鏡を掛けている。

似合っているかはさて置き、いつもとは様子が違うのは自明だった。


「里芋の煮っころがし」


素っ気なく少年は言う。少女は渋いな、と意外そうに目を見開いた。


「困ったわね…もしも少年の誕生日になったら私は何を作るべきかを考えていたんだけど予想の斜め七十度程上に行ったよう」


「…最初に何を想定していた?」


「パックのご飯に箸でも刺しておこうかと」


「…少なくとも私はまだ永眠する予定は無い。あとパックのご飯はよしてくれ。どうせ同じ米ならばせめて炊いた米が良い」


少年は溜息をついて空を見上げた。

相変わらず優しい赤色である。

この公園から臨む景色は四季折々の素晴らしいものであると少年は思っている。夜になれば肉眼でも星々の光が見れるというのだ。

これを少年が嫌う訳がなかった。


「…思うのだけれど、どうして少年はいつも空や遠くの場所ばかり見るのかしら。視力回復トレーニングの一環?」


「残念ながら視力回復を狙うなら眼鏡が不要だ。正解は私が地上にいるからだ」


少女は頭に疑問符を付けると言外に詳しく教えよと少年を睨んだ。


「私たちが地上にいる事。それは至極当然の事だろう?しかし逆に考えると空を飛ぶ鳥達でさえ空の果てを飛べていないのだ。だからずっと上から俯瞰する空と言うものが少しばかり羨ましい」


「成る程、つまり上の空って訳ね」


少女は上手いジョークを言ったと思ったのかまた胸を張っているが残念ながらフルフラットである。

それが良いと言う人も多いだろうが。


「何を言っているのか今一分かりかねるな」


「私にとっては少年が一番良く分からない。少年のつかみ所の無さはミジンコ、いや、ミトコンドリアにも近いのかもしれないわね」


ミジンコ…ミトコンドリアと少年は反芻する。

何だか語感が良い感じだと微苦笑すると少女はいよいよ驚愕した。


「少年。今日の少年は変よ。頭でも千本ノックされたのかしら」


「少女、多分頭部に千本ノックしたらそれは最早死体になっているだろう。何だ、私が死体だとでも言いたいのか」


「言いたいわよ。けれど空の話、若干気に入ったわ。もっと話して」


無茶を言う、と少年は肩を竦めた。


「空か。私はきっと空が好きなのだろうな。それは多分、きっと時の流れを一番伝えるのが空だからだろう。空色から水色、茜から紅。藍色から群青。どれも美しい。そうは思わないか?」


「確かに綺麗ね」


そう言うと少女はくわぁと欠伸をした。

淑女らしからぬ有様である。


「…ついでに夕暮れ時は眠たくなるわね」


「それこそ『永眠』しないように注意せねばならないだろう」


そう言って薄く微笑むと今度は少年が胸を張るのだった。


♪♪♪


「少年、君は恋を知っているかい?」


少女は気障に尋ねた。


「残念、私は恋を知らないんだ」


彼女は尋ね少年はそれに答える。

それがなんの慰めにもならないと知りながら。

何も知らない二人は無為に今日も問いと解答を続ける。


「何故知らないのか、教えてはくれないかしら」


「…私は青春を捨てたのだ」


少年は相変わらず遠い目をしている。

夕焼けの空は今日とて優しく彼等を包み込んでいた。


「私は高校に入った。そして二年と数ヶ月が経つ。私は順当に大学に合格し、これからいよいよ大学へと通うのだ」


「それは普通に見えるわね」


「だが、その過程で私はいくつもの世間一般大切な事を切り捨てて来た。恋愛や遊ぶ記憶。だが、私にはそれは無かった。あるのは苦痛に耐えた日々と傷を舐め合った記憶だけだ。凡その青春を捨てて来た」


少年は目を細める。

どうやら少し夕焼けが目に眩しいらしかった。


「青春や恋愛は本当に大事なものなの?」


そう少女が尋ねると珍しく少年は首を傾げた。


「分からない。ただ、大事なものだとは聞いている。…手に入れたところで私はそれが青春や恋愛だとは気付けないだろうがね。知らないものは分からないのだ。無い袖は振れないのと同じだ。当然知らないなら想像する他無いが想像したものなどは得てして贋作にも劣る悍ましい何かなのだ」


少女は唇を噛んだ。

その顔は悲痛に彩られている。しかしそれは少し傲慢なのかもしれない。


「だから、私は恋を知らない」


「ならば知ろうとは思わないのかしら?」


「……。思うに、私は責任を持つべきなのだろう。私は他の高校を選ぶ事が出来た。だから他の可能性に襲われるように錯覚するのだ。つまりは私は一生知らないままなのかもしれない。けれどもそれならそれで私は一向に構わないのだ」


何が、と少女は尋ねた。


「私は余りにも傲慢過ぎたらしいからだ」


「そうかもしれないわね。少年は傲慢よ、あと常々思っていたけれども口調が変で気持ち悪いわ」


気持ち悪い、と言われて少年は露骨に表情を険しくした。


「だけれど、私はそれを悪くはないと思っている」


少年はポカンとした表情をした。

気持ち悪いのか悪くないのかはっきりしてほしいところである。


「私に話しかける物好きなんて少年しか居ないし。私は少年が好きよ」


「……前半は当然だろう。少女に誰も話しかけない理由ならば明白だからな」


あら、何かしら、と少女は聞く気満々である。聞きようによっては挑発的に聞こえなくも無い。


「ならば言ってやろう」

















「少女が亡霊だからだ」


♪♪♪


少年が公園でそれを見たのは一年ほど前の事だろうか。

少年のランニングのコースの途中にその公園は入っていた。

気紛れに自販機でスポーツドリンクを飲もうかと寄ったのが原因だった。


ブランコに少女がいたのである。

少女はしかしブランコに乗っている訳でも無いのに揺れていた。少年は最初新手のスクワットだろうかと考えたが数秒後に気づいた。


首吊り自殺であると。


半狂乱になりながらも警察を呼んでその場を離れた。

翌日、少年は紙面に小さく少女の訃報が載り背筋を強張らせる。

暫く公園をランニングコースから外していたが、喉元過ぎれば熱さを忘れる。数ヶ月もすれば再び公園を経由していたのだった。


話は変わるが夕暮れ時を逢う魔が時とも呼ぶ。

魔と逢う時である。


そう、少年は出会ってしまったのだ。

少女という魔と。


少女に「初めまして少年」と初めて呼ばれた際の驚愕は途轍もなかった。

それはそうだろう。

死人が少年に話しかけて来たのだから。


自分から話せば祟られかねない、かと言って話さないのも祟られかねない。どちらにしろ最低の二択を突き付けられた少年はこれ以上無く渋い顔をした。

まるで苦虫を口いっぱいに頬張ったかのようである。


だが、幸い少女は案外与し易い奴ではあったのだ。

話せば分かるジャパニーズソウル。

曰く付きの公園で曰く付きの原因と夕暮れ限定のお喋りをする奇妙な付き合いはそれからずっと続いた。


互いに名前を知らないが故の少年、少女。


「確かに。私は死んでいるからね」


「更に言えば私は更に救われない。少女に告白されても何も出来無いからな」


「何となく気のあるような言い方ね。何も出来なくても勝手に好きになってるだけならば放っておくのが吉ではない?」


少女は顔色一つ変えないままそんなことを言う。


「…成る程。これが恋愛なのだろうか。思ったよりも苦いし渋いな」


「里芋の煮っころがし好きがそれを言う?」


「失敬な。里芋の煮っころがしは旨いのだ。だが、これは何だ。中途半端に甘いし、酸っぱいし、苦味やエグ味や渋みが半端では無いな。不味いにも程がある。世の人間はこれを良しとするのか?」


「まぁ人それぞれでしょう。それこそ十人十色、千変万化する空の如く。様々な色彩が鮮やかに映るみたいに人それぞれの感想があるのでしょう」


そう言うとお決まりのように少女は胸を張った。


「ふむ、成る程。では待って欲しい。具体的にはあと六十年程。そうしたら多分私は死ぬだろう。喜ぶと良い。お米に箸を刺せるぞ」


「若干長いわね…けど待つわ。少年が大人になっても決して忘れてやらないことを留意しなさい」


「望むところだ。では」






「「また、夕暮れの公園で逢おう」」

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