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第6話 思いがけない南の島で① ~持てる者の義務~

――夢を見た。


 そう遠すぎはしない、少年時代の日の事を。


 カーテンを閉め切った部屋の隅でうずくまり、ただ毎日を過ごしていた。きっかけは両親の死だった。まだ10歳になったばかりの自分を残して、二人は事故で他界した。


 葬儀についての記憶はほとんどない。ただセバスが全てを粛々と取り仕切ってくれたことだけは、おぼろげに覚えている。それと棺に土をかぶせたときの、スコップの冷たさだけは妙に手に残っていた。


 泣かなかった。ありとあらゆる雑事を使用人に押し付け、俺は部屋から出なかった。そしてそれを、咎める者などいなかった。自動的に獲得してしまった領主という地位は、そうさせるには十分だった。


 今振り返れば、彼らは俺を心配してくれていたのだと思う。料理人のカイルは俺の好物を毎日用意し、庭師のマリアンヌは家に飾る花を、いつか好きだと漏らした青い花に変えてくれた。それでも俺はそんな事に目も向けず、ただ毎日を無為に過ごした。


 一種の冷静さが自分にあったのを覚えている。このままこうしていても、自分が困ることはないという考えがあった。このまま家を維持していくだけの金が、クワイエット家にはあったのだ。


 そんな生活が長く続かなかったのは、彼女のおかげだった。自分と同い年で、両親がどこか東の方で拾ったというセツナ。孤児という事情もあり住み込みで働いていた彼女が、その日俺の部屋に入った。


「キールさま、食事をお持ちしました」


 何のことはない、いつものメイドが休みだったというだけの話。たまたま手の空いていた彼女が、トレーに乗せて夕食を運んでくれたというだけの話。


「ああ、そこに置いて」


 消え入りそうな声でそう答えたのを覚えている。それが当時の自分にできる、精一杯だった事もだ。磨り減り、冷めた自分に出来るのはその程度の事だった。


「お言葉ですが、そこにはまだ昼食が置かれたままです」


 その通りだった。当時の自分は、せいぜいパンをひとつ食べればいいような毎日を送っていた。だが答える気力は無かった。面倒だったからだ。


「……食べてもいいですか?」


 その言葉に耳を疑った自分がいた。持ち帰れば許可などいらないというのに、わざわざそうした事が少しだけ不思議だったのだ。


「別に構わないけど」

「では私はこの残った昼食を頂きますので、キールさまは夕食をお召し上がりください」

「食欲無いから後で食べるよ」


 彼女の提案に嘘で答える。食べる気など始めから無かったからだ。すると彼女はため息をついてから、ゆっくりと俺に近づいてきた。


「立てますか?」

「どうだろう」

「仕方のない人ですね」


 そう言って彼女は、まだ小さな手を伸ばした。しばらく無言でそれを眺めていたが、セツナはゆっくりと口を開く。


「手を差し伸べるのは、持てる者の義務だそうです」


 その言葉は知っていた。


「それを握り返すのは、誰にでもある権利だと」


 続く言葉も覚えていた。


「私を拾って下さった時、旦那様と奥様はこうおっしゃいました」

「うん、二人の言葉だ」


 らしいな、と思った。両親は優しく立派な人だった事を、ようやく俺は思い出した。その瞬間に、二人の顔を次々と思い出していった。泣いたり笑ったり、怒ったり喜んだり。記憶の中の二人はいつもそういう人だった。


 だからようやく、俺は涙を流した。もう二人はいないという現実と、いつでも思い出せる心があったから。


「今は私の方が元気ですから、どうぞ遠慮なく掴んでください」

「ありがとう、セツナ」


 袖で涙をぬぐい、その手を握り返した。暖かかった。彼女が今ここにいるという事実を、重なり合った体温が教えてくれた。


「……どういたしまして」


 彼女に手を引かれて、ゆっくりと歩き出す。


「ねぇ、キールさま。今すぐにとは言いませんが」


 まだうまく動かせないけど、いつかはずっと良くなるだろう。


「いつか誰かに手を差し伸べる、立派な人になってくださいね」


 笑顔の彼女が教えてくれた、目指すべき場所に向かって。ゆっくりでも、一歩づつと。

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