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第1話 別に旅立ちたくなかった朝① ~パンツが盗まれたので勇者を殺しに行きたいのですが~

 勇者特別支援法――その悪法に異を唱えるものなど居るはずもなかった。


 中身はこうだ。世界をめぐる勇者様は諸悪の根源たる魔王の討伐に励んでいるのだから、エルガイスト国民全員が少しずつ家財を持ち寄り支援してやろうじゃないかと。つまるところ勇者に薬草やら小銭やら盗まれたところで、目を瞑ってやろうじゃないかと。


 まあ税金の新しい形式みたいなものだと世間は納得せざるを得なかった。これに反対するということは、それこそ世界の命運より自分の財産を優先する器の小さな非国民だと主張するようなものだから、へそくりや帽子が勇者に盗まれてもせいぜいため息をつく程度でやり過ごしていたのだけれど。


「キール様、私のパンツが盗まれたので勇者を殺しに行きたいのですが」


 ――うちのメイドは違ったらしい。





「なあセツナ……とりあえず朝食用意してもらってもいい?」


 メイドの衝撃的な発言から十秒ほどして、正気に戻った俺はまだ目の前のテーブルに何も置かれていないことに気づいた。いつものような格好で背筋を伸ばし行儀よく立っているセツナ。黒く伸びた艶のある髪に凛とした表情、装飾らしきものがひとつもない白と黒のメイド服は彼女によく似合っている。でも手は何一つ動いていない、仕事なんて何一つしていなかった。


「いい訳あると思いますか、私のパンツが盗まれたんですよ」


 どうやら絶賛職務放棄中らしいので、とりあえず頷く俺。良い雇用主というのはいつだって従業員の話を聞くものだと父に教えられていて幸いだった。


「……とりあえず自分でコーヒー淹れるね」

「そうしてください」


 窓際に置かれたティーセットを使いコーヒーを用意する。いくら貴族といえど、これぐらいの事は自分で出来ないとな。


「飲む?」

「結構です」


 どうやらセツナは話し合いのテーブルに着席する気がないらしい。


「んでなにパンツ? 勇者に盗まれたの?」


 席に戻りコーヒーを啜りながら、本題に入る。


「ええ、昨日うちに来た時に。挨拶すらせず家を物色して帰ったのですが」

「ああ支援法……ま、貴族の家は狙い目だろうな。何盗まれたの?」


 ただでさえ普通の泥棒に入られやすい家なのに、国が認めた泥棒とあれば狙われない筈もなく。もっとも現金の類は銀行に預けているし高価なものはそんなにないので、泥棒的にはがっかりだろうが。


「今朝帳簿を確認したところ、常備薬と少し高いお酒とパンツです」

「ふーん」


 一つ、単純な解決策が頭に思い浮かぶ。というかもうこれしかないだろうというアイディアが脳裏に駆け巡る。


「別に……買い直せばよくない?」


 下着が盗まれて良い気持ちがしないのは当然だけど、我がクワイエット家の家計はパンツ一枚で傾く程ヤワじゃない。俺が貴族らしい遊びや付き合いをしない事もあって、並の貴族より預金には余裕があるのだ。


「良くないです! パンツですよパンツパンツパンツパンツ殺してでも取り返さないと!」


 机をバンバンと叩きながら、熱弁をふるうセツナ。誰だろうこんなメイド雇ってるの俺だった休みとか増やしてあげたほうがいいのかな。


「取り返すって言っても相手は勇者だろ? 雷落としたり山ぶっこわしたりする化け物って聞いてるけど」

「殺すのは……不可能だとしても。キール様の権力を最大限使えば何とかなるのではないでしょうか? ここの領主ですし」


 領主。貴族は貴族でも国王から賜った領地を代表するスーパー貴族。ちなみにここ特徴らしい特徴は無いけど生きて行く分には特に困らないことで有名な都市エルサットを擁するクワイエット領の領主は俺なんだけど。


「つまり……権力を傘にパンツ返せって俺が勇者に頼むの?」


 おうおう俺様がここの領主様だぞおい勇者うちのメイドのパンツを返してくれ。史上最も言いたくないセリフがつい頭によぎってしまう。


「現実的な妥協ラインですね」

「ですね、じゃなくてさぁ」


 コーヒーをもう一口。ですねじゃないよ本当どうなってるんだ彼女の頭は。


「だいたいどこにいるんだよ勇者、もう朝にはここを出てるんじゃないか? ほら、この街見る物ないし」


 冷静に考えれば、この街は旅の途中に寄ることはあっても旅の目的になるような場所ではない。勇者一行が昨日街についてその足で一通り物色して、宿屋に泊まって帰るのがセオリーだろうか。


「……わかりました、今日見つからなければ諦めます。その代り」


 セツナもそれはわかっていたのだろう。今日見つからなければ、という考えは俺が権力を盾にするのと同じぐらいの妥協ラインに思えた。


「どうせ大したお仕事なんてしてないんですから、今日一日付き合ってもらいますか?」


 大した仕事がないというのはその通りであった。領主としての権限を放棄したわけではないが、せいぜい俺のすることは領内の頭のいい人たちが考えた案にサインするだけ。両親が立派な制度を残してくれたおかげで、俺がすることは殆ど無い。


「ま、いいけど」


 コーヒーを飲み干す。今日のところは最近の領内の動向を探るということで。


「晩飯ぐらいは作ってくれよ」


 せめて晩飯ぐいらいは、まともな食事にありつけますようにと願いながら。

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