某国Ⅲ
「艦隊指揮官からの攻撃許可降りました!」
ベルが鳴り響くカーティス・ウィルバーの艦内。その中のCICで一人の下士官が報告を飛ばしてきた。
「トマホーク発射!」
その声を聞き、艦長は直ちに命令を下した。直後、カーティス・ウィルバーの前部甲板より火柱が上がる。VLS(垂直発射装置)と呼ばれる兵装からトマホークミサイルが放たれた。周囲に発射炎から生まれる白煙が広がる。
その光景はカーティス・ウィルバーに限った事ではなく、周りの艦艇からも確認出来た。休む間もなく立て続けにトマホークが放たれる。CICでその光景を見ていた艦長は息を呑んでいた。これほど大規模な一斉攻撃は経験したことがなかったからだった。湾岸戦争やイラク戦争に従軍していた過去はあったが、これだけ短時間に集中的な攻撃を目にしたことなく、一体我々は何と戦っているんだという思いが強くなっていた。
「本艦搭載のトマホーク、全弾発射しました。」
その中、火器管制官が短く報告してきた。艦長は我に返り、その言葉に返答。通信機を手に取り、
「了解。これより本艦はコロンバスに密接し、艦載砲及びアスロックにて護衛を開始する。」
艦内オールの通信を使い指示を出す。マイク越しに伝わったその指示は素早く行動に移された。
「ブリッジよりCIC。了解。針路を北西に向け、コロンバスとの距離500を維持する。」
潮風が常時吹き込むブリッジで、航海長は双眼鏡を片手に報告を飛ばした。今日の海は荒れている。CICに通信を送った後、自ら見張り台に向かいそう感じた。
海軍に入隊して20年、数々の緊迫した現場に出向き、その海を見てきたが今回の海は何か違っていた。時折大きな白波が立ち、船が大きく揺れる。普段なら造作もないことだった。
しかしこの不気味さはなんだ。風が吹き涼しい位の環境だったが、彼は汗を流していた。近くにいた見張り員がその表情に首をかしげた。その直後、ほぼ進行方向にあたる方角の空が赤く染まった。肉眼で確認した見張り員は反射的に双眼鏡を覗き込む。
「こちらブリッジ!11方向、爆発炎を肉眼にて確認!」
食い入るように双眼鏡に目を押し付けながら無線機にそう怒鳴った。航海長はそれを見、直ちにブリッジ内に半身だけ戻し、無線を取りCICに指示を仰いだ。
「各駆逐艦のトマホーク。目標に命中。第二次攻撃隊、間もなくインターセプトします。」
空母ロナルド・レーガンのCIC内で、若い下士官がモニターを見つつ、声を上げた。
「効果を至急確認しろ。」
ノーマットは先程とは違い、落ち着いた声で対応した。発射したトマホークは全部で60発近く。散発的な目標であれば第二派攻撃が不可欠であるが、今回は一つの目標且つ、生物だ。艦載機による攻撃がとどめか、死体確認になるだろう。その思いからの姿勢であった。モニターから目を外し、エドワードに笑みを見せる。エドワードは鼻で笑って見せた。直後、
「中佐!観測機より、目標へのダメージは見受けられないとの事です!」
信じられないと言わんばかりに、担当の通信兵が声をあげた。士官らが一斉に、報告をあげた隊員の元に詰め寄る。ノーマットは言葉が出なかった。あれだけのトマホークを撃ち込んでも効果があげられないことに驚きが隠せなかった。CICは今までにないほど混乱の様相を見せる。
「落ち着け!騒ぐな。本艦隊と目標とはまだ充分な距離がある。海軍は撃ち続ければいいんだ。」
士官らが怒鳴り意見を投げ合っている中、エドワードがマイクを使いそう続けた。その場にいる全員の目がエドワードに向けられる。
「何か策でもあるんですか?」
ノーマットに代わり、少佐の階級章を付けた士官がそう問い質してきた。
「策が無ければこんなことは言ってはいない。私とて第七艦隊を潰して汚名を付けられたくはないからな。」
そう返答し、後ろにいた空軍士官らに合図を送った。それを見、士官らはモバイル式の電子機器を一斉に操作し始めた。その光景を不思議そうに見入っている中、
「対空レーダーに感あり!」
レーダー担当の下士官が不意に声を上げた。拍子抜けする士官もいる中、こんな時にどこの国だ。と表情が険しくなる者もおり、担当部署が状況把握に入る。
「識別信号確認。これは友軍です。空軍の・・・リーパーです!数30!目標に向け飛行しています!」
リーパー。それは米空軍で実戦配備されている無人攻撃機であった。距離からしてグアムのアンダーセン基地から飛んできたものだと悟った海軍士官らはエドワードに説明を求めた。
「あれにはカドミウム成分を融合させた特殊弾頭を搭載させている。原発事故を想定した装備で、まだ試験段階だったんだが、この際仕方なかったからな。」
少し肩を落とし、エドワードはそう口を開いた。と、言うのも、あれは虎の子の兵器、出来れば使いたくはなかったのだった。ソナー班からの報告でこの周辺海域には日本を始めとして中露の潜水艦が潜伏していることが明かされていた。それを知った上での使用許可には息苦しいものがあった。下手をすれば世界の戦争形態が変わってしまうキッカケにもなりえるからだ。
その思いがあったが、自分の判断を後悔しても仕方がなかった。エドワードは大きく息を吐き、リーパーに指示を与えている空軍士官らに指示を飛ばした。
「ラジャー。化学弾の安全装置解除・・・。FOX2!」
指示を受けた士官は行動に移し、無線に言い放った。一人の空軍士官の配慮で、CICのモニターにリーパーからの映像が映し出された。全員が映像を見、声を漏らす。映像には化学弾の直撃を受け、苦しむ生物の姿が映し出されていた。
「リーパー各機、一次攻撃完了。旋回後二次攻撃に移行します。」
大佐の階級章を付けた中年男性がエドワードに報告する。一次攻撃の様子から生物の動きが先程と比べて鈍くなってきていることは明らかだった。海軍兵らは手に汗を握る。しかし、
「目標周囲の海水温が・・急上昇しています・・。放射濃度も上がっています!」
衛星から気象状況等を観測していた下士官が、不意に不審な報告をあげてきた。
「あの生物が苦しんでる証拠だろ。気にするな。」
敵にとどめを刺すかどうかの盛り上がっている状況。その場を邪魔する訳にはいかないと、その下士官からの報告を、担当の士官はそう結論付けた。そして中央にその報告を上げることなく監視を続けるよう指示を出し、その下士官から離れて行った。だが、その異常はリーパーから送られてくる映像にも現れ出した。
「中将、目標周囲に白煙を視認。水蒸気によるものです。」
その異変に周囲の表情は険しくなった。
「リーパー各機、二次攻撃圏内に入りました。指示をお願いします。」
エドワードは眉をひそませながらも、攻撃を了承した。茶色い塊として海面から上半身を出していた生物が、いきなりの異変に水蒸気から見えなくなった。しかし命令は変わらない。空軍士官は発射命令を下した。直後、
「目標に高エネルギー反応!」
先程の報告を蹴られた下士官が、今度は悲鳴のような声をあげた。途端、大きな振動が彼らを襲った。
「ブリッジよりCIC!前方よりビームのような火線を確認!駆逐艦三隻が直撃!炎上中!」
その報告から数秒、目標からの攻撃によって空母の艦体が大きく揺れた。地震をイメージさせる激しい揺れ。その状態にCICにいた面々は、何が起こっているのか分かっていなかった。エドワードやノーマットも衝撃から床に叩きつけられていた。痛みが残る中、エドワードはリーパーから映像が送られていたモニターに目を移す。しかしそこには何も映っていなかった。
「中将・・・。リーパー全機。撃墜です。目標からの何らかの攻撃です・・・」
頭から流血した大佐が苦し紛れに報告してきた。周りに目を移すとCICはその機能を発揮出来る状態にはなかった。各種配線が千切れ、モニターにはひびが入っていた。隊員らも床や壁に叩きつけられ、あちこちで呻き声をあげている。まさに地獄絵図だった。耳を劈くような警報ベルが辺りに響き渡る。モニター全てがその意味を成さなくなった今、外の状況を掴める手段はなく、エドワードは不安にかられた。
間もなくして救助班がCIC内部に突入してきた。動けなくなった隊員らの手当てが始まる中、エドワードはまだ機能している無線機を探し、手に取った。救助隊員がその様子を見、手を差し伸べる。その姿勢に頭を軽く下げ、ブリッジに連絡を取った。
「エドワードだ。CICは機能停止。外の状況を教えてくれ。」
痛む箇所を左手で抑えつつ、力ない声で問い掛けた。
(中将殿。ご無事でしたか。現在艦長である私が艦隊の指揮を臨時で執っています。ブリッジまでお越し頂けますか?)
そう話す艦長の後ろは騒々しかった。その事からも現在の状況がどれだけ酷い事なのか察しがついた。
「分かった。向かおう。」
短く返事をし、通信を切った。そして近くにいた救助隊員にブリッジまで同伴を頼み、エドワードはCICを後にした。