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更なる脅威

眠らない街、東京。日本の首都にして経済活動の本拠地だ。


だが、巨大生物上陸に伴って、日本政府は東京、神奈川、埼玉の三県に避難指示を発令。眠らない街が眠った瞬間だった。


東京株式市場は異例の閉鎖、株価は暴落した。


しかし、経済の循環を止めることは許されず、全国に支社を持つ大手企業は、その本拠地を東京から、大阪や名古屋へと移した。その動きを国としても促進させていかなければならなかった。


与野党内の議員からその声があがり、政府は予備費を投入。

経済産業省は経済の回復に奔走していた。


しかし、東京をはじめとする首都圏を失うことは、日本にとって瀕死することを意味していた。

灯火管制から、夜中になっても東京都内には灯りが灯っていた。


しかし、この街は死んでいる。飯山は官邸に向かうヘリ越しに、夜景を見つつそう感じていた。

彼はカドミウム弾による作戦を説明するため、亀山教授と共にヘリに乗っていた。


(間もなく官邸です。用意をお願いします。)


ヘリのエンジン音と振動が機内を揺らす中、UH60Jの機上整備員がそう口を開いてきた。

飯山はその声に、もう一度外の眺めを見た後、返事をし荷物をまとめ始めた。亀山はそれを見、自身も準備を始める。その時、


(機長より乗員へ。官邸より一時待機命令が出ました。当機は現在地にてホバリングし、事後の指示を待ちます。)


ヘッドホン式の無線機から、その声が聞こえてきた。飯山はその内容に眉をひそめた。官邸がヘリの窓から見え、もう少しで着陸をする場面だったからだ。


「なにがあった?」


疑問に思った飯山は隣で降着準備を進めていた機上整備員に、そう問い掛けた。


(輸送機テロから、官邸や庁舎に着陸する前には、ドローンが不審機かどうかの確認を行うことになったんです。)


飯山の問い掛けに、機上整備員は事務的な口調で即答した。飯山はそれを聞き、納得した表情で頷く。外に目を移すと、小型ドローンがヘリと同高度で飛行、機体の下部に取り付けられているカメラはこちらを向いていた。


(官邸より着陸許可出ました。これより屋上ヘリポートに降着します。)


しばらくホバリングした後、機長がそう告げてきた。それと同時に、ヘリは高度を落とす。


それから5分弱、


着陸の衝撃から機内が上下に揺れた。機上整備員は着陸を確認し各部のチェックに入る。飯山と亀山は素早く自身の荷物を持ち、機上整備員の指示を待った。


(確認終了。ドアオープン!)


そして、全ての確認が終わり、機上整備員はそう言いながら、ヘリのドアを全開にした。いまだ回転するローターが巻き起こす強風が機内に流れ込み、飯山らは顔をしかめる。


(どうぞ!)


その中、機上整備員はジェスチャーを加えながら降りるよう促してきた。それを見、二人は中腰になりながらヘリを降り、機体から離れた。


そして、振り向くことなく、施設内に通じるドアに向けて歩を進める。すると、向かっていたドアが開き、スーツ姿の男性が彼らの前に姿を現した。二人は彼を見、足を停めた。


「飯山三佐と、亀山教授ですね?」


ヘリのローター音が収まらない中、スーツ姿の男性は二人に近付き、少し大きめの声でそう口を開いてきた。二人はその問い掛けに頷いて返す。


「ご足労頂き、有難う御座います。内閣府の者です。緊急事項につき、急ぎ説明のほど、よろしくお願いします。」


スーツ姿の男性は、そう名乗って説明した後、足早に案内を始めた。


予想以上に焦っているな。


亀山は、政府の動きや反応を見て、心の中でそう呟いた。そして、二人は地下の危機管理センターに通じるエレベーターに乗り、閣僚らの元に向かった。









 「化学攻撃に関する担当官が到着しました!間もなく説明を行います!」


飯山と亀山の到着。


その報告を聞き、内閣府の職員は急ぎ閣僚らの前に出てそう口を開いた。

その内容に、閣僚らからは控えめではあったが笑みがこぼれた。状況を打開出来るかもしれない朗報だったからだ。


少しして、飯山と亀山が閣僚らの前に姿を現した。岡山は久々に見る甥っ子の姿に、熱い視線を送る。飯山はそれを感じ、岡山に対して軽く頭を下げる形で応えた。

そして、


「統幕の飯山と申します。現在、生物に対する化学攻撃手段の研究、この担当をしています。隣にいらっしゃいますのは、東山私立大学の亀山教授です。では、教授の方から説明を致します。」


右手にマイクを握り、飯山は閣僚らの前でそう切り出した。言い終ると、亀山にマイクを渡し、一歩下がった。亀山は飯山からマイクを受け取った。


だが、亀山の手は小刻みに震えていた。緊張しているんだな。自分の手を見て、彼は初めて気が付いた。


幾多の学会発表を経験していた亀山だったが、今回は訳が違っていた。自分の研究という、自己的なものではなく、日本の将来に直結する問題。亀山は考え込み、一瞬固まってしまったがすぐに我に返り、深呼吸をした。そして、


「ご紹介に預かりました亀山と申します。生物に有効な化学攻撃として、二点ご説明致します。」


心を落ち着けて亀山は切り出し、練馬駐屯地のプレハブで説明したように、カドミウムが生物の動きを鈍化させる可能性があることと、放射性物質の過剰摂取によって細胞が崩壊することを閣僚らに話した。


その内容に、その場にいた全員は頷き、ペンを走らせ、中には小声で議論を始める者まで出始めた。手ごたえは十二分にあった。官邸の人間の反応を見、亀山は確信を持った。


「話は理解出来た。まずはカドミウムで生物の動きを止める必要があるが、その必要量は算出出来ているのか?」


全ての説明が終わった後、岡山が手をあげ、そう問い掛けた。周囲の視線は説明が終わりまばらになっていたが、岡山の質問を聞き、再び亀山に視線が集中する。


「はい。算出は練馬の方で継続中です。後、5時間ほど頂ければ確実な量が分かると思います。」


亀山は手元の書類を見つつ、そう答えた。5時間後。それを聞き、数人が自身の腕時計に視線を移す。


「投与方法は?」


総理の質問に続く形で、次は経産大臣が手をあげ、そう問い掛けた。亀山はその問いに、後ろに立っていた飯山を見る。飯山はその視線に頷いて返す。そして、マイクを亀山から貰い、


「投与方法につきましては、海自の護衛艦が呉でカドミウム弾を搭載中と聞きましたので、その弾頭を使用する方向で考えています。しかし、弾頭は米軍から供与されたものですので、一発あたりに、どの程度のカドミウムが積まれているかが把握出来ていません。ですので、政府を通じて米国に情報開示をお願いします。」


少し早口な口調で説明し、最後にそう要求した。数人の閣僚は、情報開示という内容に唸ってしまった。


「呉で分からんのか?」


出来るだけ他国は弄りたくない。その思いから、本山外務大臣が口を開いた。


「はい。呉に問い合わせたのですが、派遣されている米国のエンジニアが弾頭から離れず、調べさせてくれない。それに加えて、弾頭のデータは国家機密で、知りたいなら本国に情報開示をしてくれ。とのことで、難しいと思われます。」


渋った表情で、飯山は本山の問いに答える。それを聞いた閣僚らからは溜息が漏れた。


「ですが、手はあります。米国のエンジニアは全員、護衛艦の出港後、岩国から専用機で米国に帰国するとのことです。よって、出港後であれば調べられると思います。」


少し考えた後、飯山はそう続けた。それを聞き、数人の閣僚は姿勢を前のめりにする。


「では、やってくれ。それしかないだろ。」


前のめりになった一人の、小林環境大臣は焦りを隠せない表情でそう話した。だが、


「ですが、勝手に調べたことが米国に知られれば、外交問題に発展しかねません。ですので、政府として、許可を頂きたいのです。」


1人の公務員としての裁量の枠を超えている。飯山はその思いから、そう発言した。


政府として認めて欲しい。その重い言葉に、小林環境大臣はすぐに返事が出来なかった。他の閣僚らも返事に詰まり、顔を見合わせる。飯山の言葉に、室内は沈黙に包まれた。その中、


「分かった。政府として、調査を命令する。そして調査後は適切な量を投与し、生物の動きを封じる。ノンストップでやってくれ。多くの命と、この国の未来が掛かっている。」


閣僚が一人も返事をしないのを見、岡山がそう口を開いた。反論が来るかもな。彼は話しながら思ったが、その言葉に異を唱える者は皆無だった。無言の満場一致。飯山はその空気を感じつつ、叔父である岡山総理の決断を受け止め、深くお辞儀をして返した。


そして、呉に亀山と向かうべく、内閣危機管理センターを後にした。





 「生物は現在、八王子市に進入、五里山に向け進行方向を北西に変えました。間もなく山間部に突入することから、建築物等に関わる損害は無くなると見積もられます。」


防衛省地下の統合作戦本部、その会議室で、二等陸佐の階級章を付けた佐官が壁に貼られている関東圏の地図を見ながら、高級幹部らに説明する。


前回の会議から三時間が経ち、高級幹部らは、今から始まる統合運用会議の冒頭でまず、生物の最新情報を知っておくべきという考えから、その時間を作った。


そして、今から山間部に入るという情報に、数人が安堵の表情を見せた。だが、会議の趣旨は、カドミウム弾を積んだ試験艦『あすか』を無事に関東近海まで航行させるためにはどうすればいいか。ということであり、厳しい問題に、会議室の空気は一気にきな臭くなった。


「あれから、空母艦隊の動きは?」


沈黙が包む中、統幕副長はそう切り出した。


「特に目立った動きは報告されていません。護衛艦二隻と、潜水艦一隻が沖ノ鳥島近海に到着。警戒監視活動を開始しています。また、海保の巡視船も間もなく到着します。」


三分前に受けた定時報告。それでも異常はなかった。護衛艦隊副司令官は報告書を見つつ、そう答えた。


「動きがないのも不気味じゃないか?遼寧の甲板に戦闘機は何機いる?衛星で確認出来ないのか?」


絶対に何か仕掛けてくる。


疑いの思いが強い陸幕副長は、そう問い掛けた。周囲の高級幹部は同調の声をあげる。


「一時間前の衛星情報によりますと、甲板には十機の搭載が確認されています。」


専門的な問いに、高級幹部らの後ろに腰を降ろしている隊員らが忙しく動き、少し時間が空いた後、三等空佐の階級章を付けた佐官がそう答えた。


少ないな。その場にいた全員が、その回答に不信感を抱いた。


「少なくとも十機はいるか・・・。しかし脅威となるか?他国に戦闘を仕掛けるんだ。甲板満杯に艦載機を積むのが普通の考えではないか?」


やはり、ただの演習で考えすぎか。その思いが陸上総隊副司令官の頭をよぎり、彼はその言葉を発した。


しかし、


「だが、我が国を揺さぶるには充分な戦力だ。仮に搭載機数が少ないとみると、一機あたりの重量が重い可能性がある。そう考えるなら、燃料タンクと対艦ミサイルを満タンに積んでる。艦載機タイプの、新型スホーイ35なら、タンクがあれば沖ノ鳥島近海から飛ばせば往復も可能だ。」


陸上総隊副司令官の言葉に、航空総隊司令官は否定的な意見を述べた。


そして、薄々は感じていたが、沖ノ鳥島近海から飛ばしても充分に戦闘が出来る事実に、高級幹部らは顔を伏せたくなった。


「それで、各部署、対応と結果は?」


本格的な他国との実戦が起きるかもしれない。重い空気に言葉を詰まらせている中、統幕副長は、会議の趣旨に戻すようにその言葉を口にした。


「はい。まず、『あすか』を主とした艦隊の出港時間ですが、予定通り午前二時としています。また、艦隊の航路ですが、当初は沿岸部を沿うように航行する計画でした。しかし、国内に潜伏している工作員等からの陸上攻撃。この可能性を捨てきれず、また、その脅威が強大なため、沿岸から安全な距離を保つ航路へと変更しました。しかし、今度は航路上の深度、これが深くなるため、対潜水艦航行をしなければいけません。なので、関東近海に到着するのは、予定より遅れます。」


統幕副長の問い掛けに、まず護衛艦隊司令官が答えた。しかしその内容は、その場の全員が耳を疑うものだった。


「対潜水艦航行?領海内だぞ。必要あるのか?海自の潜水艦を一隻でも護衛に付ければいいだろう。」


いくらなんでも警戒し過ぎだ。その考えから、陸幕副長はそう口を開いた。空自の高級幹部も同調の声をあげる。しかし、


「潜水艦は全艦、警戒監視にあたっている。『あすか』の護衛につけれるほど余裕はない。それに、太平洋側の領海だが、海域のデータが、旧ソ連から中国に渡っている可能性、これを否定出来ない。つまりは、中国が本気を出せば、いくら領海内だとはいえ、探知は難しい。」


溜息をつきつつ、護衛艦隊司令官は言葉を返した。それを聞き、数人から声が漏れる。


「海自の件は了解した。空自はどうなってる?」


再び訪れる沈黙。それを避けるように、統幕副長は問い掛けた。


「はい。空母艦載機の領空侵犯と、偶発的な戦闘に備え、新田原及び百里に臨戦態勢を下令しました。命令から数分で飛行隊は離陸出来ます。また、飛行隊が上がることによって出来る防空の穴に対しては、陸自の高射特科と共同で、この穴埋めを図ります。」


書類を見つつ、航空総隊司令官が、そう口を開き説明した。


「最後に陸自。」


航空総隊司令官の無駄のない説明。

それを耳に入れ、その内容を記録した後、統幕副長は残った陸自に問い掛けた。


「はい。陸自は新田原及び百里の防衛警備。これを重点的に行います。百里に対しては、戦力低下が著しく、任務遂行が困難な東部方面隊に変わり、東北方面隊が防衛任務を負います。新田原については、当初の防衛計画に基づき、西部方面隊が防衛警備を担います。」


組織として壊滅的打撃を受けている東部方面隊を、今回の任務に入れ込むことは不可能だった。

そのため、東北方面隊の高射特科及び、即応機動連隊を百里防衛の任務にあてることが決まった。


一番優先して行わなければいけないのは、東部方面隊の戦力回復だったが、立て続けに起きる有事に、それどころではなかった。歯がゆい気持ちにかられつつ、陸上総隊司令官はそう説明した。

それを聞き、数人の高級幹部が必要事項を記入するために、ペンを走らせる。


「了解した。では、各幕の計画に基づき実施をしてくれ。」


全ての報告を耳に入れ、統幕副長はそう統括した。だが、


「統幕副長。政府に防衛出動の要請は出さないのですか?」


会議の終了を、陸幕副長の声が遮った。防衛出動。自衛官としてこれ以上ない重い言葉が彼らにのしかかった。


「必要ないだろ。自衛権の行使の範囲内で収まるのではないか?正当防衛で解決するだろ。」


「そうだ。下手に防衛出動を出してみろ。相手国を刺激する事になる。戦況をエスカレートさせたいのか。」


「どちらにせよ。こちらからは攻撃出来ない。自衛隊を潰す気か。君は。」


陸幕副長の発言に、数人が間髪を入れることなく噛みついた。


そこまでする必要はない。


防衛出動を出すということは、他国の兵士を合法的に殺す事が出来る。そういうことになる。それは、日本の平和を守るものとして一番に避けなければいけないことだと、その場の高級幹部らは考えていた。


自分達は攻撃されてもいいが、他国の戦闘機なり、兵士に対し攻撃を行うということは、更なる応酬を生む元凶になる。その思いから、防衛出動は全力で否定に走った。


「統幕副長は、どうお考えですか?」


否定的な意見が、その多くを占める中、提案を出した陸幕副長は、恐る恐る問い掛けた。


「私も、防衛出動を官邸に具申すること自体、気が進まない。しかし、この場で意見が出た。それだけは、官邸にいる統幕長に報告しようと思う。後は、統幕長が官邸の雰囲気から、口に出すかどうか。という問題だろう。」


自分では決めきらず、統幕長に丸投げしてしまう。


罪悪感を統幕副長は覚えたが、この国の安全保障を司るものとして、これ以上、災禍に巻き込んではいけない。自分達の意見一つで新たな火種を生むことは避けなければいけない。その考えからであった。


だが、陸幕副長の意見は、この国を守る最終的な担保であり、間違いではなかった。そのため、統幕長に話すことはしなければならなかった。


苦しい選択。少しの沈黙があった後、統幕副長はその言葉を絞らせた。


「お願いします。」


統幕副長の言葉を聞き、陸幕副長は頭を下げつつ、そう返した。そして、その会話をもって、『あすか』出港に向けた最終的な調整は終わり、高級幹部らは会議室を後にした。









 午前三時。まだ夜が明けない暗闇に包まれている時間帯にそれは起きた。


 爆発。


フェンスに囲まれていた施設が、一瞬の内に原型を留めない状態となった。大きな爆炎と共に、その衝撃波が周囲を襲う。


「目標の爆破を確認。突撃。」


少しして、爆発に気付いた人々が消火ホースや車両を使い、その対応にあたり始めた。


それを双眼鏡で見ていた男性は、携帯無線に対し、中国語で指示を出す。


その直後、爆発の炎に加えて銃火が光った。


消火にあたっていた人々は、抵抗が出来ないまま、その場に倒れていく。


「抵抗を無力化。対象を目視にて確認。これより作業を開始する。」


銃撃音が収まった直後、その声が、双眼鏡の男の元に届いた。


「周囲依然として異常なし。作業を続けろ。」


それを聞き、男は辺りを見渡してから、その声を送った。それから三分弱、


「作業終了。撤収します。」


声がこもったような状態で、その旨を告げる内容が届いた。


双眼鏡の男は聞こえた刹那、防護マスクを装着した。


そして、


「回収艦は到着している。各自、後で落ち合おう。」


片手程の電子機器を開き、男は画面を見つつ、無線に対しそう話す。


そして、相手側から了解を告げる返答が届き、男はその場から足早に立ち去った。










 環境省の職員は、その内容がすぐに理解出来なかった。


端末の画面に映し出されている、放射性物質の検知報告。


その場所は、生物が目指している奥秩父の五里山ではなく、横須賀市からだった。


有り得ない。その気持ちが頭をかすめ、彼は誤表示かの確認作業に入った。しかし三回試しても数値は変わらなかった。気付くと額には汗が流れていた。


これはまずい。現実を直視することとなった職員は、周囲に報告をあげた。


だが、


「そんな訳ないだろ。疲れてるんじゃないか?」


隣で書類作成をしていた中堅職員に、焦燥感を隠せない表情で報告をしたが、その一言が返ってきただけだった。もっと上に報告する必要がある。その職員は決心し、端末のデータを印刷。機器が正常に動いていることを示すページも印刷に掛け、手早くプリンターから印刷書類を取ると、駆け足で事務室を後にした。








 「放射性物質だと?」


環境省の職員が数値を検知してから五十分。内閣危機管理センターにようやくその報告が届いた。そして緊急議題として内閣府の職員が報告をあげた。


それを聞き、担当大臣である小林は、すぐに反応しオウム返しをした。


「はい。機器の誤作動ではありません。場所は横須賀市沿岸部です。検知範囲が広がりつつあり、発生源の特定を急がせています。」


必要最低限しか記入がされていない報告書を見つつ、内閣府の職員はそう返答した。


「次から次へと・・・。一体どうなってるんだ!」


立て続けに起こる異常事態。閣僚らの疲労はピークに達していた。その中、常に理性を保ち、冷静な対応を心掛けていた杉田官房長官が、今回の報告に痺れを切らし、思わずそう叱咤した。


今まで見たことがない杉田の姿に、閣僚らは驚き、彼に視線を集中させてしまった。だが、気持ちは充分に伝わっていた。そのため、すぐに気持ちをもち直し、


「横須賀なら、米軍施設じゃないのか?」


少しの間の後、国交大臣がそう口を開いた。それしか思い当たる節はない。閣僚らはその意見に頷いた。


「米国防総省に至急確認してくれ。横須賀に核物質を残していなかったかだ。」


岡山も、その意見と同じことを考えており、国交大臣が話した後、近くに立っていた防衛省職員に、そう指示を出した。職員は勢いの良い返事をし、駆け足でその場を去った。


直後だった。


入れ替わるように、防衛省の職員が駆け足で閣僚らの前に立った。そして、


「エルモから緊急通報です!横須賀基地に攻撃。施設爆破の後、地下施設から放射性物質が漏れ出たとのこと!」


息を切らし、その職員はその報告をあげた。その内容に、センター内は一気に騒めき出した。


エルモ。それは防衛省所管の独立行政法人である。

正式名称は、駐留軍等労働者労務管理機構であり、在日米軍基地の運営、支援をその目的としている機関だ。また日本において唯一、民間人でありながら拳銃等の実銃を所持した基地警備も行っている。


しかしあくまでも米軍の負担軽減のため委託されている立場であり、その権限は決して広いものではなかった。しかし、在日米軍がグアムまでその戦力を撤退させてからは、エルモが基地施設の維持管理を主導していた。日米安保の枠内で、自衛隊が在日米軍基地を警備することが決まっていたが、巨大生物の対応や、中露からのグレーゾーン事態に、手が回っていなかったのである。


その結果から起きた今回の緊急通報、尚且つ、攻撃という信じられない内容に、口を閉ざして聞いていられる者はいなかった。


「一体どういうことだ!どこからだ!なにがあった!説明しろ!」


センター内が動揺を隠せない空気になっている中、所管している防衛省の責任者である大山防衛大臣は、声を荒げ問い質した。


「現在、普通科二個中隊が現場に到着、詳細を調査中です。今分かっているのは、施設が爆破され、その施設の地下に、放射性物質を有している物体があることです。また、現場で死亡していたエルモ職員の身体に、多数の銃創が確認されました。よって、武装集団によるテロ攻撃だと思われます。尚、銃創から確認された口径は7.62ミリ弾でした。」


岡山の席から相対する形で設置されている大型スクリーン。そこに、現場の悲惨な状況の画像が映し出された。防衛省職員は、画像と書類を交互に見ながら、その報告をする。


「放射性物質を有する何かを置いていったということか。つくづくあの国には振り回される。」


防衛省職員の説明。そして、現場の画像を見つつ、財務大臣が呆れた表情で愚痴をこぼした。それを皮切りに、米国に対する非難、外交上の対応について議論が交わされ始めた。その中、


「だいたい!輸送機テロといい、好きにやられすぎではないのか?自衛隊は何をしている!」


国交大臣が突然机を叩き、その一言を怒鳴った。センター内が一瞬にして静まる。

岡山は静観していたが、その声に眉をぴくりと動かした。そして防衛省職員に視線を向ける。


「部隊は現状でオーバーヒート状態でして、限界の中で任務に就いております。生物の対応を主とし、中露の武力挑発に全国の部隊が備えています。また、避難民の対応にも追われていまして、これ以上のパフォーマンスを部隊に要求することは、組織の崩壊を意味します。」


閣僚らの予想に反し、防衛省職員は、国交大臣の圧力にひるむことなく、毅然とした姿勢で言い切った。


組織の崩壊。


その言葉に、国交大臣は返答に詰まってしまった。他の閣僚も、その説明に反論する事が出来なかった。


自衛隊の任務の多様化が及ぼした弊害。それを実感したからだった。多くの被害を受けた東日本大震災における災害派遣を発端として、国民の自衛隊に対するイメージはがらりと変わり、自衛隊は各種活動を行いやすくなった。しかし、反作用として何でも屋というレッテルが貼られた。


災害派遣と言う言葉一つで右往左往しなければならず、本業である国防の訓練が疎かになっていた。しかし、国民の血税で飯を食べている公務員という立場上、その声には逆らえず、年度計画を立てている幹部は頭を悩ませているのが現状だった。その結果、複合的有事が発生した今日において、自衛隊は広げ過ぎた任務の手に苦しめられていた。


センター内が再び沈黙に包まれる。


「とりあえず、除染を最優先だ。生物が首都圏に向かってくるぞ。」


その中、岡山総理が唐突に口を開き、沈黙を破った。


「そうだ!餌を食べに来るぞ!都市部だ。阻止しないと大変なことになるぞ!」


一番の問題である、生物が首都圏を蹂躙してしまうこと。柿沼経産大臣は、岡山総理の発言を聞き、思い出したかのように大声で発した。


だが、


「何を今更、高濃度の放射性物質が横須賀から漏れた時点でこの国は終わりだよ。生物に吸って貰わんといけないだろ。」


焦った表情で話す柿沼経産大臣を見、小林環境大臣は乾いた笑いを見せつつ、開き直りとも取れる発言をした。


合理的だが、非情な内容に、その場の閣僚全員が言葉を失う。

直後、


「また東京を瓦礫しか残らない焼け野原にすると言うのか!ふざけるな!」


小林環境大臣の隣に腰を降ろしていた本山外務大臣が、突然立ち上がり、小林の胸倉をつかみに掛かった。そして、そう叱咤する。その動きを見、後ろに控えていた内閣府の職員が総出で止めに掛かった。だが、本山は構うことなく、


「総理も言ったが、俺達の使命は国民の生命と財産を守ることにある!だからこの椅子に座ってんだ!国の首都が焼け野原になるのは!七十年前だけでいいんだよ!」


目頭を熱くしつつ、本山はそう続けた。言い終ると、内閣府の職員に身を委ね引き下がる。

小林は、本山の手が離れると糸の切れた人形のように椅子にもたれた。本山は、小林を一瞥した後、岡山に対してその場で一礼しセンター内から一時退室した。


「小林君も、頭を冷やしてくれ。」


本山が足早に退室するのを見、岡山は小林環境大臣にも一時退室を促した。

小林はその声に、すっと立ち上がり、乱れた襟元を正すことなく、その状態のままでドアに向かって歩き出した。途中、環境省の職員が数名駆け付け、支えられた形で退室していった。


そして、岡山はドアが閉まったことを確認し、


「私も、本山大臣と同意見だ。日本の中心を破壊させる訳にはいかない。もし破壊されれば、日本人は二度と立ち上がる事は難しいだろう。それは、少子高齢化と労働人口の減少から見ても確実だ。これ以上、この国を疲弊させる訳にはいかない。度重なる問題に、疲れ切ってると思う。しかし、国民から選ばれてここにいる。切り抜けよう。」


静まり返った内閣危機管理センター。岡山は迫りくる困難に、そう統括した。そして再び、協議に入った。


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