戦闘と被害1
(『そうりゅう』の識別信号途絶!繰り返す!『そうりゅう』を確認出来ない!)
(海面に多数の漂流物を確認!救助を要請する!)
(ソナーにて状況確認。『そうりゅう』圧壊。繰り返す『そうりゅう』圧壊。乗員の生存は絶望的。遺品回収を要請する。)
『そうりゅう』から救援要請を受けて十五分、現場上空を飛行中のP3C哨戒機から、焦りを隠せない声で、指揮所に無線越しで報告が飛んできた。遅かったか。その思いがこみ上げると共に全員が悔し涙を呑んだ。
「救難艦を!」
幕僚ら、高級幹部が言葉を失っている中、古参の曹長が自分の席を立ち口を開いた。しかし、
「生物の動向は不明だ。今動かすのはリスクが大きすぎる。」
艦隊の運用に関わる三佐が、渋った表情で答える。湯元も返答が出来なかった。
「今行かんと!せめて遺品を回収せんと!ご家族に顔向け出来んばい!」
九州出身の曹長は、腰を引いている幹部らに対して一喝する。だが、生物による二次被害を防ぎたい幕僚らにとっては、到底容認出来ることではなかった。確かに、『そうりゅう』に乗艦していた隊員家族のことを思うと、今、回収艦を出すしかなかった。それに加え、奇跡が起きれば生存者を救助出来る可能性も見出せる状況であった。しかし、幹部自衛官として多くの隊員の命を預かっている身としては感情論に走ることは危険極まりないことであり、すぐに曹長の訴えに対し返答することは出来なかった。
「すまねぇ・・・。すまねぇ・・・。」
ただ下を向き、感情を堪える幹部自衛官らを目の前に、遺品回収を進言した曹長は涙を流し、膝から崩れ落ちた。それを見、通信業務についていた海曹海士らは思わず口を噤む。作戦中生命線となる通信が、この時、一分に渡り動きが停止した。各艦の要員から通信が殺到し、ヘッドホンから声が指揮所内に漏れる。
その中、湯元は静かに椅子から立ち上がった。そして、
「洋上に漂流している隊員を救助する。戦闘救難態勢に入れ。」
遺品は物ではない。隊員だ。その思いから指示を下した。
「了解。『ちとせ』を現場海域に向かわせます。」
湯元の力強い言葉。艦隊司令はすぐに反応し、潜水艦救難艦を向かわせるよう指示を下した。
「目標の現在位置は。」
艦隊運用を担当する部署が忙しく動き出す中、作戦幕僚が問い掛けた。
「現在P3Cが追尾中、本土への進路をとっています。現在位置は中之島の南東50キロ!」
本艦隊からは離れたか。その報告から司令室に安堵の空気が流れる。しかし、
「本土に行かせる訳にはいかん。」
湯元は独りでに呟いた。その声を聞き、隣に腰を降ろしている作戦幕僚が顔を向ける。
そして、
「本土上陸を阻止するならば、アウトレンジ攻撃から有視界戦闘に変える必要性があると考えます。」
作戦幕僚は苦し紛れに意見具申してきた。だが、その内容は作戦も何もなかった。目標に対し攻撃を集中し、圧倒的な火力を以て進行の意志を挫く。そういうことであった。
犠牲が増える―
そのプランを聞いた司令室の面々は、直感的にそう感じた。湯元も即答が出来なかった。他の高級幹部も意見が出せず口を噤む。全ての決断は湯元に託されていた。
(目標の進路速度変わらず。上陸予想地点は関東圏の可能性大。)
司令室が再び沈黙に包まれる中、機械的な口調での定時報告が全員の耳をざわつかせた。先ほどの安堵感から一変、焦燥感に駆られる。国民を守れる場にいるのは自分達だけだ。その思いが全員の心に突き刺さる。
「やるしかありません。」
艦隊司令は思いを言葉に出した。心を決めた面々はそれを聞き頷く。
「司令官。指示を。」
表情一つ変えずモニターを見ている湯元に対し、艦隊司令が指示を仰いできた。幕僚らの後ろで業務にあたっている海曹海士は、その声に湯元を見る。視線を感じ、湯元は奥歯を噛み締めた。決断するしかない。今から『そうりゅう』のような結末を何度も見ないといけない事になることは目に見えていた。それだけ危険な任務。そう易々と指示を出す訳にはいかなかった。しかし、いずれは指揮官として覚悟を決めなければいけないこと。湯元はすっと目を閉じ、数秒念じると、
「『そうりゅう』の救難任務は続行!尚、護衛艦隊はこれより、有視界における生物掃討を開始しろ!」
重たくなった口を開き、湯元は指示を下した。その指示を聞いた司令室の面々は、一瞬動きが止まった。だが、すぐに我に返り通信要員らは各艦に指示を伝達し始めた。一時討論で作戦が止まっていたが、再び動き出す。その様子を見、湯元は小さく溜息をついた。
警察車両のサイレンやヘリのローター音が、永田町に響き渡る。生物が関東圏に上陸するという一報を受けてから、東京都内はまるで戦時下のような様相を見せていた。都民の避難は順調に進んでおり、人口一千万を超す大都市は今や、その活気を失いつつあった。
その反面、現在は警察や自衛隊が各所に展開し、逃げ遅れた住民の避難補助や、治安面から必要になる警戒警備を行っている。全てを決定付ける首相官邸近辺では、テロを警戒して陸自の高射特科部隊が、近SAM(近距離地対空誘導弾)を待機させていた。その他にも、目出し帽を被ったSATの隊員らがフル装備で官邸の正面玄関に立ち、サブマシンガンを片手に周囲に目を光らせていた。絵に書いたような厳戒態勢。その中、岡山らは腰を動かすことなく、官邸地下の危機管理センター内で逐次指示を出し続けていた。
「川元くん。海自の作戦は上手くいっとるのかね?」
近隣の自治体に、避難民の受け入れ態勢について調整の議論を行っている中、柿沼経産大臣が思い出したように口を開いた。作戦を開始したという一報があってから二時間近くが経過し、それから報告が上がってこない事に対し、不審に思っていたからだった。
「はい。それが、市ヶ谷から報告が上がってこないのが現状で、現在確認のため連絡員を派遣した所でありました。」
避難への対応、そして相模湾沿岸部における陣地展開の行動要領について統幕の人間と調整を行っている中、柿沼から問い掛けがあり、川元は虚をつかれた形になったが、落ち着いた声でそう返した。川元の返答を聞いた閣僚らは思わず声を漏らす。
「隊員の生命に関わる重大事項だぞ。何故君が把握をしていない?」
センター内がざわつく中、岡山は表情を険しくし、厳しめな口調で口を開いた。
「申し訳ありません。四五分前に、航空攻撃及び対潜水艦兵装にて攻撃を行う旨の報告を受けていましたが、それ以降情報があがってきていないのが現状でありまして。」
岡山の厳しい指摘に川元は一瞬俯き、渋った表情で返答した。直後、閣僚らから非難の雨が降り注ぐ。
「直ちに、確実な現状を教えてくれ。彼らも日本国民で、我々には彼らを守らなければならない義務がある。」
スコールのように非難の雨が川元を襲う中、岡山は閣僚らを仕草で制し、念を押した。川元は頷き、大山を引き連れてセンターから退室していった。
「川元統幕長より、至急現状を報告せよとのことです。」
防衛省地下にある統合作戦本部。その一室に設けられている会議室にて、各自衛隊の高級幕僚らがリアルタイムで作戦の調整を行っている中、二佐の階級章を付けた海自幹部が、書類を片手に報告をあげてきた。それを聞き、高級幕僚らは唸った。
「これで五度目の催促です。」
一佐の階級章を付けた陸自幹部が、焦燥感を隠せない表情で口を開いた。
「しかし、『そうりゅう』の件を出す訳にはいかんだろう。政治的判断で艦隊を撤退させたならば、我が実施可能な作戦に制限が発生する。」
海将補の階級章を付けた制服姿の海自幹部は、渋った表情で応えた。各所で溜息が漏れる。
(『いずも』作戦司令室より報告。我、これより有視界戦闘に突入す。繰り返します。我、有視界戦闘に突入す。)
官邸にどう報告するか。その内容で唸っている中、スピーカー越しにその声が聞こえ一同は耳を疑った。第七艦隊の二の舞になる。脳裏にその言葉が浮かび、高級幕僚らは焦った。直ちに数人の佐官が椅子から立ち上がり、『いずも』に現状を問い質すべく、足早に会議室を後にする。
「湯元め。何をとち狂ったか!アウトレンジ攻撃はどうした!」
湯元の二期先輩にあたる海幕長は一人でにそう叱咤した。
「有視界戦闘は止めなければ、大惨事になります。」
一佐の階級章を付けた海自幹部が身を乗り出す形で口を開く。
「分かっている!急いで止めさせろ!」
その場を統括していた統幕副長は、今まで口を閉ざしていたが、一佐の言葉に反応し、そう言い放った。統幕副長に一瞬視線が集中する。
「了解!」
その中で、先程情報把握に向かった佐官に加え、行動を止めるため新たな数人の佐官が部屋を後にした。統幕副長は彼らの姿を見送り、
「官邸には、現在戦闘を継続中。しかし生物の進路速度は変わらず。伝えろ!」
官邸担当の佐官に言い放った。担当の佐官は急ぎメモを取る。
「自衛隊を潰す気か・・・!」
官邸に連絡をとるため、部屋を後にする佐官を見届けながら、統幕副長はそう吐き捨てた。




