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前兆

 (八月十日、朝のニュースです。緊迫の度合いを増す北朝鮮情勢について、現在、日本海を中心にして行われている米韓合同軍事演習。これに対抗して昨日北朝鮮中央テレビは極めて両国の関係を悪化させる行為であり、軍事行動に踏み切るならば核を持ってして我々は対抗するだろう。などと発言し米韓両国を強く牽制しました。またアメリカの研究機関の発表によりますと、北朝鮮プンゲリの核実験場周辺において、車両などの移動が頻繁になっている等の動きが見られ、近く核実験に踏み切る可能性が高い事を示唆しました。この事態を受けて、岡山総理は先程記者団の会見に応じ、防衛省、外務省を中心として情報収集に全力をあげている。と述べました。アメリカホワイトハウスのビル報道官も定例会見において、明白な安保理決議違反の行為であり容認することは出来ない。断固非難する。と、した上で、更なる経済制裁もじさない考えを表明しました。北朝鮮の今後の動向が注目されます。次の・・・)


 そこで女性アナウンサーの声が途切れた。飯山が携帯のワンセグ機能を切ったからだった。イヤホンを両耳から外し、コードを丁寧に結びながら足早に職場に向かう。四ツ谷駅で降り徒歩十分。屋上の大部分が緑色に塗られたビル群が見えてきた。防衛省と呼ばれるその施設には、他の官庁にはない異様な正門がたたずんでいた。飯山は躊躇することなく無心で足を踏み入れる。


正門警備担当者から身分証明書の提示を求められ、ポケットから出して見せる。確認が終わると飯山は敷地内に通された。陸上自衛隊三等陸佐の階級を持つ飯山は私服姿で出勤した。


佐官と呼ばれる上級階級者は、その職務に応じ送迎車が付くことがあり、彼もその対象にはなっていたが、今までの生活スタイルを乱されたくないため断固として拒否していた。


今年で三十六歳になる飯山は部隊勤務の継続を心から望んでいたが、防衛省勤務になってしまった。理由としては、飯山は頭の回転が速く知的で戦史に詳しい一面を持っていたため、上級幹部から早々と目を付けられ防衛省勤務に回されたのだった。


そして、半年前から防衛省地下にある統合作戦本部内閣担当として、防衛省と政府の橋渡し役の任務を請け負っていた。有事の際には内閣危機管理センターに出向き、自衛隊として何が出来るのか等を政府高官と調整する事になっていた。


平時においては様々な事態を想定したシミュレーションを行い、マニュアル作りに励んでいる。それ以外の仕事として各所の支援係として、統合作戦本部の手伝いをしていた。いわゆる雑用であったが、地下に籠り切りという日も少なくない飯山にとっては、各所に出向く事もある雑務係は、日々の運動不足の解消に繋がっているため嫌いではなく、彼は縁の下の力持ちを目指し、奮闘していた。


 そして、今日においては防衛省自体の勤務から既に五年が経ち、部隊勤務に戻りたい飯山は、転勤をさせてくれない人事を恨み始めていたが、自身の生活スタイルが確立していたため最近では今の生活に満足していた。


 やがて、本庁舎の出入口が彼の目の前に姿を現し、それを見ると飯山は即座に胸ポケットからスケジュール帳を取り出し、今日の予定を再確認する。


午後は官邸に出向き直接、周辺情勢を政府担当者と懇談することになっていた。飯山がここまで政府関係の仕事を任されている理由は岡山総理にあった。彼とは親戚にあたり総理就任後、飯山には政府絡みの仕事がどっと増えた。自衛官という仕事が疲れたら議員にでもなろうかな。と真剣に考えた時期もあったが、選挙カーで自分の名前を大声で町中に連呼されるのは良い気がせず、その道は自分から断ち切った。


 地下の統合作戦本部に通じる専用のエレベーターに乗り込み制服に着替える準備を始めた。更衣室で素早く準備出来るように背負っていたリュックサックの中を軽く整理する。そしてエレベーターは指定された階で停まり、重いドアが開いた。そして彼は薄暗い廊下を少し歩いた先にある更衣室で素早く着替えを済ませ、自衛官という職に就いた。






戦闘機の轟音が今日も横田基地を揺らす。米韓合同軍事演習が一週間前に始まってから離発着する軍用機は日に日に数を増やしていた。外柵沿いでは日本人グループが猛暑の中飽きもせず抗議運動をしており、地元警察官らと口論になっていた。三ヶ月前に在日米軍司令官として着任したクーパー大将は今日も軍用機の轟音を聞きながら執務室で書類の山に追われていた。地下にあるオペレーションセンターでの仕事も待っている中、今はただ目の前の書類に集中していた。クーパーが気付くと時刻は正午に近付いており、作業を中断しようとペンを置いたその時、海軍少佐の階級章を付けた士官が、ノックもなしに執務室にただならぬ顔で入ってきた。


「司令官。日本海でロナルド・レーガンが接触事故です。」


その報告に、クーパーの表情が一瞬で曇る。


「放射能漏れは?」


「現在確認中です。至急オペレーションセンターに。」


そう促され、駆け足で地下に向かった。


「接触物については巨大な漂流物とのことです。」


地下のオペレーションセンターに続く階段を駆け下りる中、士官はそう続けてきた。クーパーは軽く頷く。やがて衛兵が警備する扉の前に着き、指紋認証を済ませ入室した。


 横田基地地下に置かれている在日米軍オペレーションセンター。そこは極東軍の司令塔として機能しており、アジア全域の状況がリアルタイムで大型スクリーンに表示されている。その他大小多数のスクリーンがあり、大勢の通信兵が交替制で常駐し、常時警戒監視活動を行っていた。無論、核実験の様相を臭わせている北朝鮮の衛星画像はクローズアップされ、そのスクリーンの近くでは複数の隊員が打ち合わせをしていた。


 クーパーが入室すると、予想以上に慌ただしくなっていた。そして司令官の姿を確認した複数人の士官が駆け寄り、状況を伝えてきた。


「報告します。駆逐艦カーティス・ウィルバーからの報告によると、接触直前、海底から急浮上する物体をソナーで捉えたとのことです。正体については不明のままです。」


「物体は接触後、潜航し姿を消したとのことです。」


「北朝鮮の潜水艦の可能性も視野に入れ、調査しています。」


クーパーは事故に遭った空母の安否を一番に気にしたが、報告に上がってくるのはどれも漂流物関係のことばかりであり、そのことに疑問を感じ、


「漂流物の話はいい。空母の安否及び放射能漏れについて報告しろ!」


思わずそう叱咤した。それを聞き漂流物に関係する士官らは一歩下がり、海軍大尉の階級章を付けた一人の士官が報告に来た。


「空母ロナルド・レーガンの現状についてですが、艦体に軽微な損傷を受けただけに留まり、放射能漏れ及び乗組員への被害はなし。念のため、演習参加を中断して舞鶴港へ向かう、とのことです。」


そう告げると海軍士官は、ロナルド・レーガンから送られてきた報告書を手渡した。報告書には、現時点で判明している詳細な被害状況が記されており、漂流物と接触した座標も明記してあった。


「演習参加中断については、艦長の判断を追認する。舞鶴入港については日本の防衛省に連絡及び調整を頼む。」


険しい表情で詳細情報を通読しつつ、そう指示を出した。海軍士官はそれを聞き、一礼してその場を後にした。


「それで、その漂流物は?」


「現在、対潜哨戒演習という名目で竹島沖を中心として捜索しています。」


少佐の階級章を付けた陸軍士官がそう報告する。


「鯨じゃないのか?」


鯨と艦船の衝突や接触事故は過去数多く例があり、物体が急浮上し、艦体に損傷を与えたという経緯からしても、鯨が呼吸のために海面に出てきたことも充分に考えられた。と、いうより鯨以外の生物で今回の事案を説明するのには無理があった。


他国の潜水艦との接触事故という可能性もあったが、接触したのであれば潜水艦側の損傷は激しく、とても再潜航出来るとは到底思えなかった。そのため潜水艦という選択肢は自然と消え、やはり鯨との接触事故で今回の件は処理しよう。と考えていた時だった。海軍中佐の言葉が彼の考えを打ち砕いた。


「漂流物はアクティブ・ソナーを発していました。現在の潜水艦でアクティブ・ソナーを常時使用している国は皆無に等しいです。それに、鯨がアクティブ・ソナーを発するとは到底考えられませんが。」


それを聞き、クーパーは事態の重さをようやく理解した。オペレーションセンターがいつにも増して騒々しいのも自分の中で説明がついた。


正体不明の海生生物との接触事故・・・。それが今の混乱を招いていたのだ。


「司令官。ペンタゴンから緊急。衛星からの情報によると、日本海で放射能の塊が移動しているとのことです。」


空軍大尉の報告に周囲は一斉にどよめいた。クーパーも例外ではなかった。


「放射能集合体。衛星情報によると、現在北朝鮮プンナム沖二十キロで確認されています。」


「韓国軍より報告。プンゲリにおいて核実験行使の公算大!本日中に実施される可能性大!」


連続して通信兵らが報告を飛ばす。それを聞き担当の士官が忙しく動き始める。


「司令官。太平洋空軍司令部より伝令。核実験行使については国防省経由で日本政府に伝達するため、在日米軍は行動するな、ということです。尚、放射能集合体の存在に関してはトップシークレットとして扱うとのことです。」


太平洋空軍司令部があるヒッカム基地。そこから送られてきた書類を隊員がクーパーに手渡す。それを見た在日米軍副司令官のエリック少将は、目を細めクーパーとともに見入る。


「偵察機を飛ばしますか?」


エリック副官が耳打ちで提案してきたが、首を軽く横に振った。


「動くなと言われている。余計な事は出来ない。」


自分に言い聞かせるように言い、北朝鮮情勢のみを表示しているスクリーンに目を移した。


「放射能集合体!プンナムに上陸!」


衛星担当の空軍士官がそう報告を飛ばしてきた。オペレーションセンターが一気に騒めいた。


直後、多数の報告が各所で上がり始め、エリック少将はその対応に追われ、北朝鮮の衛星画像を映し出しているスクリーンには、次々と情報が文字で表示され始めた。


「偵察衛星で、放射能集合体は確認できないのか?」


エリック少将はそう言い、衛星担当士官の元に駆け寄る。空軍の迷彩服に身を包んだ士官はその問い掛けに対し、


「詳細データの表示にはペンタゴンのアクセス許可が必要です。」


その返答にエリック少将は下唇を噛んだ。直後、


「構わん。私のアクセスコードを使え。出来る筈だ。」


クーパー大将の声が聞こえ、その内容に衛星担当士官は思わず、


「司令官自らなら問題ありませんが、これほどの人員がいる中で開くのは、問題になりますよ!」


クーパーの無茶な命令に、やめるよう促す。エリック少将も頷いていた。


「私は極東司令部の責任者だ。周辺で発生している事態を部下とともに理解出来なければ、適切な作戦すら立てられない。やってくれ。」


アクセスコードが書かれたカードを衛星担当士官に手渡す。それを静かに受け取り、機械に通した。あらゆる情報が開示されたページが表示される。次に北朝鮮上空を通過する偵察衛星のコンピュータにアクセスした。


「メインスクリーンに表示しろ。」


クーパーの指示を無言で受け取り操作する。プンナムを映し出した衛星映像が、オペレーションセンター正面の大型スクリーンに表示された。一斉に視線が集中する。緑が乏しい陸地を、内陸部へ向け進んでいく物体を捉えていた。そこにピントを合わせていく。やがて鮮明になり、オペレーションセンターにいた全員がその映像に息を呑んだ。茶色の表皮に直立二足歩行の巨大生物がゆっくりと歩を進めているものだった。


「もっと鮮明に出来ないのか!」


エリック少将が焦り声をあげたが、衛星担当士官は限界と言わんばかりに首を横に振る。


「司令官。限界です。これ以上アクセスするとペンタゴンのシステムにも影響が・・・。」


それを聞きクーパーはアクセスを止めるよう言い、舌打ちした。


「大統領と話がしたい。ホワイトハウスに連絡を取ってくれ。」


少し考えた後、そう口を開き、近くにあった椅子に腰を下ろした。












 「米国防省から伝達。北朝鮮プンゲリ付近において核実験行使の可能性有り。本日中には行われるかもしれないということです。」


飯山が一人の空自幹部と個室で打ち合わせしている中、空自の制服を着た隊員がそう告げてきた。それを聞き、空自幹部の男は、


「小松のT4に放射能測定器を取り付けさせろ。いつでも離陸できるようにな。」


そう指示し、退室をその隊員に促した。指示を受け取った隊員は一礼して部屋を後にした。


ドアが閉まるのを確認し、飯山は、


「空幕長はどうした?お前の指揮権なのか?」


そう問い掛け、少し椅子にもたれかかった。


「北朝鮮の情報収集については俺が担当してるからな。T4を飛ばす命令を出すのは空幕長だがな。」


そう話し深いため息をついた。彼は北朝鮮情勢担当になったばかりにここ三日、ろくに寝ていなかった。飯山は苦笑しつつ、労いの言葉を掛けた。彼の制服を見たらよれよれになっていた。着替えを持ってくるのを忘れたと話していたが、その疲労度は見て分かる程だった。飯山は大方の話が済んだと思い、席を立とうとしたが次の言葉に動きを止めざるを得なかった。


「飯山。ここだけの話だが、在日米軍の行動が異様なんだ。」


耳打ちするように告げてきた。


「合同演習の一環じゃないのか?」


一瞬、不審に思ったが合同演習中だと思い出し、そう返した。


「合同演習の一環で、自衛隊の連絡官が米軍施設に立ち入れないってことがあるか?」


その言葉に耳を疑った。北朝鮮情勢が緊迫の度合いを増す中、米軍との情報共有は不可欠であり、防衛省としては米軍の情報は生命線と言っても過言ではなく、この状況で失ってはならないものだった。


「このタイミングで、何故だ?」


少し混乱の様相を見せながらも飯山はそう返した。


「俺が一番知りたいさ。しかし不思議なことに北朝鮮に関する情報は逐一きてる。原因は他にあると上は考えてるらしいが、一向に掴めん。」


冷静な姿勢で空自幹部はそう言い、ポケットから小さく折られた紙を、飯山に手渡してきた。


「俺はこれだと睨んでる。」


紙を広げるのを見つつそう続けた。それは海自舞鶴地方隊からの報告書だった。中身を黙読すると飯山も納得できた。


「空母の緊急寄港か。」


「あぁ。海自からの情報によるとこの時、黄海に中国の空母艦隊が牽制のために出張ってたらしい。今の第七艦隊司令は慎重派だから空母を下げはしたが、司令部としては日米安保の建前上、このことを公に知られたくない。その結果だと俺は考えているが。」


舞鶴への緊急寄港からここまで推論を立てられるとは。半ば驚きながらも推論を現実として受け止めている自分がいた。しかし、


「見事な推論だな。しかしこの緊迫した中、米軍がそこまで意地を張るとは思えんけどな。」


空自幹部の推論を否定するわけではなかったが、自衛隊の連絡官が米軍施設に入れないとまでいくのだろうか。そこだけ引っ掛かっていた。


「まぁな。俺もそこだけは説明がつかん。戦争が始まる前だったりしてな。」


空自幹部は苦笑しつつ、そう口にした。


「勘弁してくれよ・・・。」


笑えない冗談に飯山はその言葉しか返せなかった。


「ま!俺じゃなくて、軸は幕僚達が立てたもんだけどな。色々不安要素はあるが、関係者の中じゃ、この推論が浸透してる。」


空自幹部は重い空気になるのを避けようと、口元を緩ませ、口を開いた。


「まぁ、推論ってことで頭には入れとくわ。」


軽く頷きつつそう言い、会議室を後にした。午後から官邸に向かう予定が、懇談する政府関係者の都合で夜に変更された。時計を見ると午後五時を指しており、官邸に向かうことにした。北朝鮮情勢が緊迫の度合いを増し、政府の動向も気になっていた。アメリカの姿勢も空自幹部の話を聞いてから、一層注視せざるを得なくなった。早く政府の動きを知りたいという焦りからか飯山は早足になっていた。すれ違う自衛官らが敬礼するのを見、軽い答礼で返す。そして飯山は防衛省を後にした。












 「極東のミリタリーバランスを崩しかねない異常事態です。巨大生物の対応について大統領の考えをお聞かせ願いたい。」


(ペンタゴンからの報告で、ヤツは放射能をエネルギーにしている可能性がある。日本政府は内密にコトを進めているが、福島の放射能も吸収しているとのことだ。昨日、衛星が福島沖を遊泳しているのを捉えた。北朝鮮の核施設がヤツに襲われるのは時間の問題だ。)


巨大生物の存在を確認した後、クーパーは大統領と電話会議をしていた。


「放射能を餌に?しかし体長は五十メートル前後。絵に書いたような怪獣です。都市部に上陸されたら甚大な被害が出るのは明白です。私としては早急な殺処分を進言します。」


極東担当の米軍司令官としては当然の考えだった。まだ直接的な危害行動を受けた訳ではないが、放射能を餌とする生物の行動は未知数であり、今すぐ対処するべきだと考えていた。


(殺処分?君はもう少し政治を理解した方が今後のためだぞ。放射能を吸収してくれる生物ほど有り難い存在はない。我が国の管理下におけば、福島の再来など有り得ない。大統領として殺処分ではなく、捕獲を命ずる。)


自国優先主義で原発推進派の大統領はそう告げた。原発関係者との癒着が一部で囁かれる彼ではあったが、未だ議会から弾劾裁判を求める声は聞かれず、どうにか大統領という職に就けていた。


しかし原発事故を一番に恐れており、その対応策には試行錯誤していた。国内で福島原発事故のような事態が起これば大統領という職を離れざるを得なくなる。よって、それを避けたい大統領から見た時、放射能を吸収してくれる生物の発見は朗報だった。そして喉から手が出るほど、自らの管理下に置きたいと考えていた。


(在日米軍の全戦力を使っても構わない。必要ならば空母も送る。なんとしてでもあの生物を捕獲しろ。期待してるぞ。)


クーパーの返答を待たずして、大統領は一方的に電話を切った。直後、電話を掛けた自分を呪った。一部始終を隣から見ていたエリック少将は顔を窺いつつ、


「どうされますか?」


と、問い掛けた。クーパーは唇を噛みしめ、


「放射能集合体を日本海の無人島に誘い込む。餌となる核弾頭を横田に運び入れろ。」


非核三原則という日本政府の方針が彼の頭をよぎったが、もうやけくそになっていた。とりあえずヤツを誘い込んで包囲すればどうにかなると考えた。最悪、殺処分にすれば全て終わるとも思っており、どちらかと言えば殺す方で作戦をたてようとしていた。


「了解しました。しかし無人島に誘い込んでからの作戦は?」


その問いを聞き、返答に詰まったが、


「局部を撃ち、弱らせてから網で仕留めればいいだろう。放射能吸収能力さえ残っていれば大統領は何も言わんよ。」


深く溜息をつき、そう言った。


「了解しました。そのように作戦立案を進めます。」


エリックはそれだけ返し、クーパーの元から離れた。










 飯山は官邸の様子がおかしい事を感づいていた。到着して十分。官邸内のベンチに腰を下ろし周囲の状況を窺っていたが、いつにも増して忙しかった。無論、マスコミ関係者が入れない区画ではあったが、飯山には異様に思えた。北朝鮮の核実験というだけでここまで官邸が騒々しくなるものかと疑問に感じつつ、その光景を遠目から見ていた。約束の時間になり、政府関係者が飯山の前に現れた。


「スケジュールが変更になり、申し訳ありません。内閣危機管理センター情報担当官の白石です。」


スーツ姿の四十代後半と思しき男性がそう挨拶してきた。飯山はベンチから立ち上がり、自己紹介を済ませる。そして四畳半ほどの個室に通された。個室には椅子が二つあり、その中央に机が置いてあった。机上には既に書類が置かれていた。


「自衛隊としましては小松基地のT4航空機に放射能測定器を取り付け、対処可能状態を維持しております。」


話の筋であろう北朝鮮対応について先にそう述べた。しかし白石の表情はそれを聞いても何一つ変わらなかった。


「飯山三佐。貴方は有事の際、我々の指揮下で動ける人間と聞きましたが?」


何の前触れもなく白石はそう切り出してきた。


「はい。確かに有事の際は、内閣出向組として動きますが、それが何か?」


唐突な問い掛けに戸惑いつつそう答えたが、疑問は深まるばかりだった。まさか、朝鮮有事が発生しているのか。推論が頭の中を駆け巡る。鼓動が早くなるのを感じていた。


「この国は、未曾有の事態に直面しています。」


その言葉に飯山は眉をひそめた。


「一体どういうことです?」


「二日前、福島の放射能が消えました。」


顔の表情を変えることなく白石は言った。飯山は訳が分からなかった。


「私が言っていることが理解出来ないのはよく分かります。私もでした。」


飯山の顔は強張っていた。いきなりのことに頭の整理が追いついてなかったのだ。


「この福島の件との因果関係は分かりませんが、ここ数日、在日米軍の動きが活発化しています。」


「米軍の動きとしては防衛省としても把握しています。福島原発との因果関係としては見ていません。」


自分に関わりのある問い掛けが来たため、飯山はどうにかそう返した。しかしその声はどことなく震えていた。


「助かりました。防衛省の見解は?」


「中国軍の牽制行動が原因と見ています。」


白石はその回答に眉をひそめた。


「しかし現在、横田の自衛隊は在日米軍とコンタクトすることが出来なくなっています。在日米軍司令部は、北朝鮮情勢を理由にはしていますが、それが原因で、米軍の動向は全く分かりません。」


そう説明され、手元の資料を見るよう白石に促された。ホッチキスでA4サイズの三枚の紙が止めてあり、飯山はそれを通読する。個室に沈黙が広がった。


「確かに・・・。連絡官が施設に立ち入れないという話は聞いていますが、ここまでとは知りませんでした。この行動は異常だと思います。」


資料を見終わった飯山はそう口を開いた。資料には各省庁や自治体から寄せられたであろう情報が多数記載されており、防衛省単独では到底調べられないようなことまで載っていた。


「政府としては、米内務省と国防総省に早急な説明を求めています。」


「それで、私にどうしろと?」


本題に入るよう、白石に急かすように言った。


「米軍の動向について情報収集を行って貰いたいと思っています。」


予想外の要望に飯山は顔をしかめた。一自衛官が行っていい行動ではないと踏んだからだった。いわゆる諜報活動であり、専門の組織は日本にもあった。


「何故私が?公安でも防衛省にもそれに特化した人材がいるでしょうに。」


心の声をそのまま口に出した。


「我が国の多くの諜報員はアメリカで指導を受けています。言えば顔が知られてしまっているんですよ。諜報組織を長年作らなかった国の末路なんでしょうが、専門屋では今回の仕事は無理だと私は考えています。リスクが大きすぎる。」


その回答に返す言葉がなかった。アメリカの属国、それを芯から思わせる内容に飯山は情けない気持ちにかられた。


「素人を諜報員として任務につかせるのもリスクが高いと思いますが?それに私は自衛官です。もしもの場合の保証はあるんですか?」


「問題ありません。今から貴方には政府の人間として動いて貰います。これに生じた責任は全て政府が取らせて頂きますので心配ありません。」


用意していたかのように即答する。それを聞き飯山は深く息を吐き出す。


「分かりました。お引き受けしましょう。」


そう決断したのを聞き、白石は深く一礼して見せ、個室のドアを開けた。


「一人では心持たないでしょうから、自衛隊のお好きなバディを付けます。」


嫌味混じりに言う白石に少し苛立ちを感じはしたが、気にせず軽い笑みでそれに応えた。


「貴方と同じ自衛官で、航空総隊に所属する中村一尉です。」


個室から出るよう促しつつそう言った。


「航空総隊?」


飯山は思わずオウム返しをした。


「はい。横田に勤務する元パイロットです。米軍パイロットとも深い親交がある彼ですから、何かしらの情報は得られるかと思い、私から声を掛けました。飯山三佐とともに動いて貰います。」


個室を後にし、広い廊下を歩きながら白石は応えた。飯山は右手に持っていた制帽を被りながら、


「了解しました。彼とは何処で落ち合えば?」


今からのスケジュールは空いていたため、飯山は夜飯を一緒に食べつつ意思疎通を図りたかった。しかし彼はこれから政府の方針を決めるかもしれない重大任務を背負わされた事をまだ自覚出来ていなかった。そのため自分自身に言い聞かせたい考えもあった。無論、これから任務をともにする中村一尉との相互理解は必要不可欠だったが、今の彼には前者の理由が強かった。少しでもこの現状を自分に理解させたい。そう思いつつ問い掛けた。


「はい。そう言うと思いまして、私の行きつけの場所ですが、そこで改めてお話をしたいと思っています。」


手際の良さと親切さに不気味に思ってしまった。しかし政府の人間として頼んでいる立場では当然の接し方なのか。政治家という生き物の理解に一瞬戸惑ったが、余計な事は考えないよう自身に言い聞かせ、


「分かりました。わざわざ有難う御座います。」


言葉で感謝を言い表した。気付くと官邸の正面玄関まで足を進めており、白石に促されるまま、黒塗りの専用車に向かった。後部座席のドアをベテランそうな運転手が開けており、自然な流れで乗り込む。白石は反対側のドアを開け乗り込んだ。その動きを横目で見ていると、運転手がドアを閉める音が聞こえ、姿勢を崩した。


「いつもの料亭まで頼む。」


運転席に乗り込んだのを確認した白石は運転手にそう告げる。それを聞き、静かに返事を返した。そして車は官邸を後にした。




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