発見
ターボファンエンジンの力強い音が、静かな夜空をざわつかせる。硫黄島航空基地から飛び立ったP1哨戒機だ。普通の旅客機を彷彿させるフォルムとは裏腹に、その機体内部には数多くの精密装置が軒を連ねている。現在P1は、父島近海を航行している第一護衛隊と連携して母島の周辺海域を警戒、監視飛行していた。深夜というコンディションが悪い時間帯、低空飛行は出来なかった。そのため、先程まで海に落としてきた捜索装置の情報をもとに、P1に搭乗しているソナー員らが解析を行っている。その中、画面を険しい表情で見つめていた四十代の一曹が叫ぶように、
「目標探知!」
の一声をあげた。周囲にどよめきが起きる。その内容に担当幹部が状況把握に入った。
「目標の現在位置は。」
「深度は120メートル。探知は、母島の南東30キロ!」
ヘッドホンを両手で耳に押し込み、ソナー音を聞き入る。装置での分析も終わり、その結果を見て一曹はその声をあげた。
「了解!目標発見、母島の南東30キロ、深度120メートル!」
その結果を聞き取り、担当の幹部はコックピットや周囲の部隊に報告を入れた。内容が内容だけに、コックピットは騒然となったが、すぐに落ち着きを取り戻し、機長は報告にあった海域に舵をきった。
P1哨戒機からの緊急報告。それを受け第一護衛隊は蜂の巣をつついたような状態と化していた。
(対潜、対水上戦闘用意。これは演習ではない。繰り返す。これは演習ではない。)
緊迫した無線。それが護衛艦『むらさめ』の艦内で響き渡る。赤い艦内灯が廊下を照らす中、就寝していた隊員らも含め、総員が灰色のカポックと呼ばれる救命胴衣と鉄帽を装着し、艦内を駆け回る。
(航空機即時待機、準備出来次第発艦。)
個々が担当部署に向かう中、追うように次々と命令が艦内に響き渡る。その中、今の命令を受けて新たに隊員らが動き出した。ヘリに関する要員だ。艦体後部にあるヘリ格納庫とヘリ甲板。そこから哨戒ヘリを飛び立たせるため、格納庫近くにある待機所からパイロットや整備員が一斉に飛び出してきた。一番に白いヘルメットを被り、黄色のベストを着た誘導員が周囲の安全を確認する。その間に整備員らは発艦前の最終点検を開始した。パイロット二名も操縦席で計器の確認を行う。ヘリ甲板上にある誘導灯が鮮やかに点灯する中、四枚のローターが稼働を始めた。それと同時に、誘導員は赤い誘導棒を片手に指示を送る。やがて機体は最終確認を終え、空に舞った。
「航空機発艦。」
その頃、『むらさめ』のCICは張り詰めた緊張感に包まれていた。その中、ヘリ甲板を映した外部カメラの映像を見、一人の士長が報告を飛ばした。
「航空機発艦了解。」
担当の幹部自衛官が短く返答する。空気は重い。『むらさめ』艦長はCICの座席に座り、帽子を深く被ったままだ。
「艦長、最大戦速で該当海域に向かいます!」
砲雷長は、艦長の顔を見ることなく口を開く。艦長は小さく頷いた。その動きを横目で確認し、
「了解、CICより艦橋、取り舵30!最大戦速!」
ヘッドホン式の無線機に指示を入れた。その直後、
(『むらさめ』、こちら『はたかぜ』艦長。『いずも』からの命により、本艦も該当海域に向かう!)
『はたかぜ』艦長からの通信がCIC内に響き渡った。
「二艦合同での作戦が可能となります。本艦が指揮を執りましょう。」
依然、深く帽子を被っている艦長に対して、砲雷長が口を開く。それを聞いた艦長は小さく頷き、無線機を手に取った。
「『はたかぜ』、こちら『むらさめ』艦長。目標が潜伏していると思われる海域への確認任務において、二艦合同での作戦を実施する。この任務において、本艦が指揮を執る。」
低い、威厳のある声で艦長が口を開く。少しして『はたかぜ』から了承の旨の返事がきた。その内容を聞き、『むらさめ』艦長は直ぐに、
「了解。これより本艦が指揮を執る。艦隊、単縦陣をなせ。」
自身の左側に腰を降ろしている砲雷長の顔を見、指示を出した。
「了解。CICより艦橋、艦隊、単縦陣。戦術航行始め。」
艦長の命令、それを実行に移すべく、砲雷長は具体的な命令を艦橋に伝える。直後、
「ソーナー目標探知、本艦の左30度。距離12000。深度20。速度5ノットで北西に進行中。」
「水上レーダー目標探知。ソーナー班の報告と同じです。」
装置に映し出されている水色の画面。それを見、海曹らが報告をあげてきた。担当幹部が自身の椅子から立ち上がり、状況把握に入る。
「索敵班から砲雷長。目標探知、巨大生物に間違いありません。水上レーダーにも反応している事から、体の一部を浮上させている模様。」
深い青色の作業服に身を包んだ一尉が曹士の報告を聞き、集約内容をあげる。
「至急、『いずも』に報告。指示を仰げ。」
いきなりの発見報告、艦長は冷静を装いながらも汗が出てきていた。四十代前半で艦長に就任した彼にとって、この任務は重すぎた。ソマリアの海賊対処任務で、実戦に近い経験はしていたが、本当の有事に直面したのはこれが初めてだった。第七艦隊を壊滅させたと言う生物を相手にしなければならないことに、艦長は下唇を噛みしめた。
「『いずも』より入電。遠距離にて目標を監視、常時警戒を行え。とのことです。」
事実上の傍観。その命令に艦長は安堵した。攻撃命令の下達が言い渡された時には、この艦は沈むと直感したからだった。
「了解した。目標との距離、3000を維持。」
水色に、十字に黒線が交差している大型の水上レーダー。正面にあるそれを見つめつつ、艦長は短く指示を下す。
「CICより艦橋、目標との距離3000を維持。見張り員を増員し、目標の警戒監視を厳となせ。」
砲雷長は、その指示を受け無線機にそう話した。
「哨戒ヘリより報告。目標を肉眼で確認。尚この目標、速度を上げ本土へのルートをとっている模様。」
無線機に言った直後、CICの一角で士長が報告を飛ばしてきた。その内容に、艦長と砲雷長が思わず振り向く。
「生物を挑発しないよう、厳命しろ。」
振り向きざまに艦長は短く指示を出した。我々の動き一つ一つが生物の怒りをかうかもしれない。その可能性を否定出来なかったからだ。険しい表情を崩さない艦長に、担当部署の幹部は顔をこわばせながらも返答し、士長に命令を伝える。その様子を見届け、艦長は再び水上レーダーに視線を戻した。
五里山に墜とした輸送機、その様子を上空から映したライブ映像が室内で流れる中、閣僚らの議論は紛糾していた。
「どうするつもりだ!墜としたのはいいが、民間人に犠牲者が出た。それに加え風向きで東京にも放射能が降り注ぐそうじゃないか!」
小林環境大臣が、ライブ映像を流しているスクリーンを指差し、怒鳴る。
「だからさっきから言ってるじゃないか。除染作業は進んでいる。汚染の元となる物質も回収中だ。そんなに騒ぐな。」
総務大臣がなだめるように口を開いた。数人の閣僚がそれを聞き頷く。内閣危機管理センター内の会議スペース、そこで出口の見えない議論を始めてから4時間が経とうとしていた。時刻は午前5時を指し、うとうとする閣僚の姿が散見された。その中、岡山の元に、メモ用紙を片手に持ったスーツ姿の男性が屈みながら近付いてきた。そして、
「総理。生物が見つかりました。」
メモ用紙の中身を見せつつ、内閣府の職員は耳打ちしてきた。不意に舞い込んできた重大事案。今の今まで全てが重大であったが、職員の報告内容は、その元凶と言っても過言ではないものであった。一瞬にして眠気が吹っ飛んだ。
「どこだ。」
充血し掛けている目を開き、職員に耳打ちする。
「はい。小笠原諸島の近海です。海自が監視を継続中です。」
周囲の状況に目を配りながら、職員はそう答えた。
「分かった。至急、議題にあげろ。」
小笠原という、まだ距離がある地点に岡山はとりあえず胸を撫で下ろした。議論出来る時間があると見込んだからだ。岡山はそう考え、今の五里山事案から議題を変えるよう職員に指示を出した。職員はその指示を受け取り、その場を後にした。
「巨大生物が発見されました!」
岡本の元を去って二分弱、海自の制服に身を包んだ幹部自衛官が、声をあげながら会議スペースに足を踏み入れてきた。その内容に、センター内が一斉にどよめく。閣僚らも例外ではなく、半ば混乱状態にあった。立て続けに起こる有事に、彼らの頭は疲弊し切っていた。しかし、国民を守るのが我々の責務。その心の奥底に眠る使命感に、閣僚らは具体的な内容を口にし始めた。
「生物の現在位置は?」
国交大臣が右手を上げ問い掛ける。
「はい。現在小笠原諸島近海を遊泳中です。進路については本土を目指しているものと推測します。」
海将の階級を付けた50代前半の自衛官は、右手に握っている報告書を見、そう答えた。直後、彼の後ろにある大型スクリーンに衛星画像が映し出された。
「上陸するとなれば、いつ頃と見込まれているんだ?」
経産大臣が眉を歪ませつつ問い掛けた。
「まだ、詳細な情報等は集約中ですが、仮に現在の状況、これが続くのであれば上陸するのは三日後と思われます。」
具体的なタイムリミット。それを聞き、閣僚らから唸り声が出てきた。岡山も例外ではなく、その情報に耳を塞ぎたくなった。
「上陸を企図しているのか!企図しているならどこに上陸するのか予測はつかんのか!」
国交大臣は声を荒げ、問い質す。しかし、
「企図の有無、及び上陸予想地点については、相手が生物であるため全く予測出来ないのが現状です。申し訳ありません。」
海将はその質問に、ただただ頭を下げるしかなかった。そう、相手は生物で、意図的に行動している人間とは違うのだ。自由気ままに動く野生生物の動きなど予想出来る筈はなく、解答出来る限界だった。国交大臣はその返答を聞き、口を閉ざす。
「仮にだ。生物が本土への上陸。これが明白となった場合、上陸阻止はどのように行う予定にあるんだ?害獣駆除命令は継続中だ。」
軽く右手をあげ、岡山はそう問い掛けた。生物が五里山周辺に漂う放射能を嗅ぎ付け、本土に向かってくることは明らかだった。しかし、未だ小笠原諸島の近海にいる段階では、決断を出し切れなかった。
「はっ、申し訳ありませんが、担当は統幕の人間になっており、現在こちらに向かっていますのでお待ちください。」
完全なる分業制をとる自衛隊。隣の庭は分からなかった。海将は苦し紛れにそう話し、閣僚らの前から退いた。それから数分、川元統幕長が入室してきた。視線が彼に集中する。その中、彼はスクリーンの前に立ち、
「お待たせしました。統幕の川元です。これより自衛隊の各種行動についてご説明致します。」
前置きを話し終ると同時に、小笠原諸島を含めた東京都の地図が、スクリーンに映し出された。
「現在、巨大生物は母島の北西におり、本土に向けて進行中です。生物の狙いは無論、五里山周囲に漂う放射能であると推察され、本土上陸は、必至と思われます。」
必至。その言葉に数人の閣僚は息を呑んだ。
「よって、陸・海・空、三自衛隊一体の上陸阻止作戦を展開します。まず、第一段階として、海自の護衛艦及び航空機、そして空自の作戦機を用いた進路変更作戦。これを試みます。この進路変更が叶わなかった場合、沿岸部にて陸自の総力を以て、生物の進路を塞ぎます。」
川元がそこまで言い終ると、スクリーンの地図が、今度は相模湾に変わった。
「具体的には、相模湾に誘い込みます。誘い込み方としましては、五里山で回収した放射性物質。これを空自の輸送機に積み込み、誘導を実施します。尚、輸送機を操縦する要員についてですが、統幕が選抜した要員を任務に充てるため、心配しないでください。」
同じ過ちを繰り返させない。彼らの熱い気持ちが岡山に伝わった。それを聞き、大きく岡山は頷いた。
「そして、誘導後ですが、相模湾を合戦場とします。湾内に機雷を設置。また、安全圏には護衛艦隊を展開、沿岸部には陸自を展開させます。空自については随時、航空支援を実施して貰い、圧倒的な火力で生物の進行意志、これをくじきます。」
自信満々に川元は言い放った。しかし、
「甘すぎる。第七艦隊の二の舞になるぞ。君は自衛隊員を無駄死にさせるつもりか!」
国交大臣が叱咤した。室内に沈黙が広がる。
「はい。ご指摘の通りです。目標からの火力攻撃、これを受ければ作戦部隊は全滅します。」
先程の淡々と説明した表情。それとはうって変わって川元の顔は険しくなった。そして、国交大臣の指摘を受け止め、真摯に返答する。
「では・・・!」
「現在!呉の旧米軍施設内にて、特殊弾頭をイージス艦に搭載中です。これに伴い戦闘システムの一部改修を実施しています。」
国交大臣の反論、それにかぶせるような形で川元はそう口を開いた。
「特殊弾頭・・・?」
岡山は眉をひそませた。
「はい。米軍が生物に対して使用したカドミウム弾です。米軍の報告によればカドミウム弾は生物に対して有能な兵装である事が分かりました。よって、グアムの米軍基地からカドミウム弾を移送、技研が改修を行い、艦船用に改めました。」
スクリーンに、カドミウム弾の映像が映し出される。周囲の視線は映像に釘付けとなった。
「この弾頭で生物を倒せると?」
小林環境大臣は、映像から視線を外すことなく、川元に問い掛けた。
「倒せるとは思っていません。あくまでも上陸阻止。それが今作戦の主目的です。よって、生物の殺処分、これについて自衛隊は全く考えておりません。」
川元の断言、その内容に閣僚らから声が漏れた。
「生物と共存すると?」
経産大臣が恐る恐る問うた。
「可能性があるとすれば、統幕内に設置している巨大生物調査室。そこが生物の弱点を見つけてくれれば、倒す事も可能かと思われます。」
飯山が指揮を執っている所だ。岡山はすぐに思い出した。川元の言い方からして、期待が掛けられている部署ではなさそうな感じだった。しかし甥っ子という関係だけに、岡山は成果が出ることをその時念じた。日本のために、そしてひいては国際平和のために、岡山は飯山の姿を脳裏に浮かべつつ、念を送るように目を閉じた。




