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捜索

陽が沈んだ太平洋。月明かりが波打つ海面を照らし墨色の空間に唯一、光を与えていた。水平線上には、自然豊かな小笠原諸島が浮かんでいる。彼らは、その空間で自然として生き残っている強い姿を文明社会に見せつけるように佇んでいた。しかし、その美しい光景は一瞬にして消え去った。父島列島の一つとして浮かぶ南島、そこに自生する木々が不自然に揺れ始めた。ヘリによるダウンウォッシュだ。


「いずもコントロール。ディスイズホーク2。定時報告。現在南島周辺空域を旋回中、しかし、目標は発見出来ず。繰り返す、目標は発見できず、オーバー。」


SH60K哨戒ヘリを操る機長は、暗視モニターを凝視しつつ報告を入れた。ヘリの後部座席に載る隊員はソナー装置を見ているが依然反応がない。


(ホーク2、了解。一時帰投し、給油を実施。繰り返す、一時帰投せよ。)


副操縦士が操縦桿を握り、周囲の状況に目を配っている中、母艦である『いずも』から通信が入った。機長はその命令を聞き、副操縦士に帰投するよう促した。度重なるフライト。疲れを滲ませた表情を浮かべつつ、副操縦士は重たくなった頭を振りヘリを帰路につかせた。



 漆黒の太平洋に艦灯が多数煌めく。横須賀を母港とする第一護衛隊は現在、父島沖を航行していた。三日前までは米軍救助任務に充てられており、硫黄島近海に停泊をしていたが、呉地方隊が来たことでバトンタッチされた。そして今は休む間もなく、巨大生物の捜索に明け暮れていた。


隊の旗艦を務める『いずも』では、昼夜を問わず哨戒ヘリが離発着を繰り返し捜索を行っていた。横須賀港を緊急出港してから一週間と半分が過ぎようとしている中、一時も休まることのない業務に、全員が疲労の顔を滲ませていた。隊の司令を務める稲川一佐も例外ではなく、50を迎えた身体の節々が悲鳴をあげていた。しかし、弱音を吐く訳には行かず、稲川は『いずも』の艦橋にて、双眼鏡を片手に自身も任務にあたっていた。時刻は午前0時を回り、交代の要員が艦橋にあがってきた。


「今から休む人員については、食堂にて缶飯の受領。忘れるなよ。」


暗い艦橋内で引き継ぎ業務が始まり人員の入れ替わりが行われている中、副長が全体に対し口を開く。それを聞いた数人の隊員らは軽い敬礼で返した。そして、当番が終わった隊員らは疲れた身体を引きずる形で階段を降り始めた。その時、一本の連絡が艦橋に入った。


(隊司令、緊急事項につき、至急CICにおいでください。)


その内容に、全員が眉を顰めた。稲川はそれを聞きすぐに階段へ向かった。非番となった隊員はそれを見、直ちに道を開ける。礼を言いつつ、彼は急いでCIC(戦闘指揮所)に向かった。艦内とは思えない広めの廊下、早足で歩を進める。そして稲川はCICの扉の前に着き、指紋認証を済ませ、入室した。すると、室内はただならぬ、きな臭い雰囲気に包まれていた。その光景に、


「奴が見つかったのか?」


険しい表情で稲川は近くの隊員に問い掛けた。直後、


「国内でテロ攻撃です。」


問い掛けた隊員に変わり、『いずも』艦長を務める倉本一佐が、その質問に答えた。


「テロ攻撃だと。」


稲川は呟くように口を開いた。理解が追いついていなかったのだ。


「こちらへ。」


眠気もあり、事態が良くのみこめていない稲川に対し、倉本は冷静な口調で大型モニターの前に歩を進めるよう促した。


「先程、海幕より連絡がありました。当初、ロシア機を使用した上陸阻止作戦を決行する予定にあったのですが、早い話、中露に裏切られました。ロシアから来た先遣隊員を主力として、国内に潜む工作員を利用した空自基地に対する迫撃砲や、ロケット弾と思われる遠距離からの攻撃。これにより各地の空自基地の滑走路が破損、戦闘機が離陸出来なくなりました。この機を使い、奴等は輸送機をこれを領空内に入れ、都心上空で自爆させる算段で作戦を行いました。しかし、総理の撃墜命令が出た事から長野県の五里山で撃墜させました。輸送機内部には放射性物質が積載されており、辺りに散らばりつつありますが、現在陸自が除染作業を実施中とのことです。」


関東地方をピックアップさせた衛星画像、その各所に事態の詳細が明記されていた。倉本は、海幕から届いた報告書を片手に、淡々と報告をした。稲川は言葉が出なかった。アメリカがグアムまで戦力を下げたことによって中露がいきなり、ここまで大胆な行動に出るとは思ってもみなかったからだ。


「中露は、声明を出したのか・・・?」


俺達が海を眺めている間に日本では大変な事が起きていた。頭が真っ白になりそうな自分を抑えつつ、稲川はそう問い掛けた。


「数分前に入ってきた情報によりますと、中露政府は当然ながら関与を否定しているとのことです。」


だろうな。そう思うと同時に、少し安堵した。

何故ならば本格的な侵攻を始める前の前哨戦ではないだろうかと考えたからだった。稲川が考えた最悪の事態にはならなかったが、事態は重かった。


五里山で撃墜したことによって、近くにあったキャンプ場が汚染された。その日に宿泊していた民間人は無論、放射能を浴びた。撃墜する前に救助するとして入間基地から輸送ヘリは上げたが、間に合う筈もなく救助された民間人はそのまま自衛隊病院に搬送された。これを受け、岡山総理はホットラインで直接抗議の電話を両国首脳に入れた。しかし返答は関係がないという一点張りで、民間人という名の工作員が戦闘に参加していることからテロリストがしたことで国は関わっていないと主張してきた。


これは中露両首脳のどちらも同じことを言っており、口裏を合わせていることは明白だった。しかし証拠がない以上何も言えず、岡山総理は苦虫を噛み潰していた。しかし一番の問題はここではなかった。放射性物質、これが五里山周辺にあることだった。僅かな放射能にも反応する生物だけに、再び日本に上陸することはもはや不可避だった。


「自分の手を汚さず、日本をその支配下に置きたいということか。」


モニターを見ながら、稲川はそう吐き捨てた。


「でしょうな。」


倉本はその言葉に短く返し、舌打ちした。


巨大生物に東京を襲わせる。それが中露の狙いだった。破壊し尽くされた東京と日本、その再生復興には多額の支援と人的な支援が必要不可欠。頼みのアメリカは大統領の弾劾裁判中という内政事案から他国を援助するだけの余裕はなく、結果、破壊された日本を立て直せるのは隣国であり大国の中露だ。国連軍と名乗り、首都東京に中露軍が展開すれば、日本は中露に吸収されたも同然となる。更に、巨大生物から日本を防衛するという名目で、多くの部隊を国内に駐留された日には、日本の主権自体も危うくなる。このまま黙って突き進めば、日本は中露の属国、民主主義の欠片もない国に変貌してしまう危機に瀕していた。稲川や倉本はそれを悟り、奥歯を噛みしめる。


「何としてでも、生物を上陸させる訳にはいかんな。」


稲川は決意を固めた表情で力強く口を開き、モニターに映し出されている水上レーダーを凝視した。


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