テロ
滑走路への攻撃。爆発に伴う衝撃波は隊員食堂にも伝わった。飯山が生物の情報について基地司令やロシア軍兵士から問い掛けられていた中、それが起こり全員が身構えた。
同席していた基地の幕僚らは立ち上がり、接待の係になっていた隊員に、状況を把握するよう指示を飛ばす。
一礼し、指示を受けた隊員らは仕切りを移動させ外に飛び出していった。そして、その隊員らと入れ替わるように警務隊員らが仕切りの中に突入してきた。
少し遅れて基地警備隊の面々も到着、司令部隊舎に基地司令を移送すべく動く。しかし、ロシア軍兵士らはそれを許さなかった。今まで談笑していたロシア軍幹部5名は、付近にいた警備要員を蹴り倒した。日本人の体格とは比にならない彼らの身体。格闘戦で勝てる相手ではなかった。警棒で取り押さえようと警務隊員が振りかぶる。しかし、それより早くロシア軍兵士の拳は顔面を捉えていた。バットのフルスイングを真面に受けたような、それ以上の激痛を受けた警務隊員はその場に倒れ込んだ。
「こいつら・・・!」
目の前で倒れる隊員を見、飯山は奥歯を噛みしめた。佐官クラスである彼は、基地司令や幕僚らと共に大勢の自衛官に防護されていた。そして少しずつ、食堂の出口に移動させられていた。外を見ると軽装甲機動車が待機しており、その手際の良さに安堵した。基地司令と幕僚を乗せて、その後武器を取り戦おう。普通科出身の飯山はそう意気込んだ。だが、
「奴ら逃げたぞ!」
ガラスの割れる音と同時に、その声が響き渡る。
「逃がすな!追え!」
軽装甲機動車に基地司令と幕僚を乗車させている中、フル装備の基地警備隊員らが飯山の前を駆け抜けて行く。その姿を見、飯山は一人の空自隊員に声を掛けた。右腕に三本線。空士長の階級章を付けた二十代の青年。彼を呼び止め、飯山は右脚に装着していた九ミリ拳銃を貸して欲しいと願い出た。それを聞き、驚いた表情を見せる。
「この状況だ!頼む。」
早口で言い、頭を下げた。
「百里業務隊の河内です。必ず返してください。」
周囲を気にしつつ、河内と名乗った空士長は拳銃の脱落防止を外し、本体を飯山に手渡した。
「河内君だな。分かった。必ず返す。」
両手で受け取り、礼を述べた。そして手早く銃点検を行う。
「では、自分はこれで。」
それまで見届けた士長はそう言い残し、走って行った。
「三佐殿も車内に!」
直後、MPの腕章を付けた隊員が飯山を呼んだ。その声を聞き、数人の隊員が飯山に近寄ってきた。
「いや!俺は大丈夫だ!司令を早く移動させろ!」
ロシア人はまだ企みを持っている。その確信から飯山は動いていた。奴らの狙いが何なのかは分からなかったが、まだ大きな何かを隠し、そしてまだ完遂出来ていないことは確かだった。そして、それは今回の生物災害と深く結びついている。何であれ、今から起こそうとしていることは阻止しなければならない。そう強く思い、飯山は走り出した。警備隊員らが走って行った方向、彼らを追うように駆ける。それと同時に飯山は胸ポケットから携帯を取り出した。右手に拳銃を持ち、左手で携帯を操作する。画面を見ると中村から何件も不在着信がきていた。
それを見、急いで掛け直す。呼び出し音が三回鳴った所で、中村に通じた。
(飯山さん!無事でしたか!)
中村の叫びにも近いような声が電話越しに届く。余りの大声に飯山は顔をしかめた。
「あぁ、大丈夫だ。それよりも、どうなってる!」
一時、物陰に隠れ問い掛けた。
(今、茨城空港、百里の向かい側にいて、三十一連隊の臨時本部にいます。正直な所、こちらでも現状はよくわかっていないんですよ。)
「今、分かっている事だけでいい。三十一連隊の動きを。」
中村の渋った声に、飯山は話を続けるよう促す。
(はい。迫撃砲と思しき弾が滑走路に撃ち込まれました。航空機の離発着は現在出来ない状況です。先程警察の機動隊と即機連2個小隊が、基地周辺警戒のため出て行きました。)
さっきの衝撃はそれか。中村の説明にようやく頭が追いついた。
「分かった。こっちにも部隊を派遣してくれないか?ロシア軍人らが暴れ出した。」
左手から右手に電話を持ち替え、要請を出すよう頼んだ。しかし、
(その心配はありません。特戦群が間もなく百里に入ります。今市ヶ谷から情報が、私含め現場の幹部に入ってきました。)
中村は淡々と話をしたが、飯山は耳を疑った。要請を受けて宇都宮駐屯地から、準備をしてこの短時間で来れるはずがない。一瞬腕時計に目線を移し、そう感じた。
「バカな。なぜ特戦が。」
思わずそう叱咤する。
(分かりませんが、ある程度は統幕も予測していた。と考えるしかないんじゃないんですかね。)
用意周到。さすが自衛隊だ。飯山は心の中でそう思った。確かに、総監が地方の駐屯地に視察に行く。その連絡を受けたものなら、その駐屯地は蜂の巣をつついたような忙しさを見せる。総監が来るまでまだ何日も前だというのに、ドアのレールから小便器まで。絶対に総監は見ないという所まで徹底して磨き上げる。そういう組織だから当然だろうな。飯山は軽い笑みを浮かべた。
「分かった。特戦と合流して奴らを叩く。中村はそこで待機だ。いつでも連絡は取れるようにしとけよ。」
(了解。ご武運を。)
中村の短い返答。それを聞き飯山は電話を切った。そして自身も前線に合流すべく再び走り出した。
「バーバチカ。こちらヴォールグ。作戦を最終段階に移行せよ。作戦空域はクリア。」
激しい銃撃が加えられている中、今回の指揮官イワン少佐は冷静な口調で無線機に言い放った。今、彼ら十三人は管制塔の一角に籠城していた。当初、幹部は食堂で懇親会。その他の要員は基地の各所で工作活動を行っていた。無論、警備隊員の目を盗んでのことだった。そして、彼らはその次に、通信設備の施設から、各航空基地の座標データを収集。その情報を工作員にリークさせた。そして決行。同時多発的に示された座標に弾を飛ばす。結果として各航空基地は機能不全となった。
その後滑走路に撃ち込まれた事を確認した面々は集結し、今に至っている。
「隊長。ここが落ちるのも時間の問題です。」
無線機を捜査している中、ミーシャ曹長がAK47を片手に口を開いた。イワンはそれを聞き舌打ちする。そしてその苛立ちをぶつけるように、
「ヨハン中尉!バーバチカに無線は届いているのか!」
そう叱咤する。その言葉にヨハンはチャンネルを微調整しながら、
「届いている筈です!先程、空域に侵入。羽根を拡げる旨、無線と、こちらの機器に暗号として届きました!」
ロシアから持ち込んだモバイル式の通信機。暗号通信も出来る装置を指差し、ヨハンはそう返答した。
「よし。我等の仕事は終わった。我等は祖国に大いなる貢献をした。我等の偉業は後世に引き継がれていくであろう。」
ヨハンの言葉を聞き、イワンは笑みを浮かべた。そして唐突に、場にそぐわない内容を口にし始めた。その言葉に、十二人全員が射撃を止めイワンを見つめる。
「祖国に栄光あれ。」
どこか寂しげな表情を浮かべ、イワンはポケットにあるスイッチを押した。直後、激しい熱と、鉄のような堅い風が彼らを呑みこんだ。
「管制塔が!」
飯山の隣にいた空曹が声をあげた。飯山が目をやると、そこには爆発で崩れ落ちる管制塔の姿があった。
「自爆テロじゃねぇか・・・」
複数人でたむろしていた空士らが次々に口を開く。崩れ落ちていく間、人はただ見ている事しか出来なかった。飯山も例外ではなく、その光景を呆然と見ていた。
「おい!そこ!止まれ!」
不意に聞こえる怒鳴り声。最初は声だけだったが警笛も鳴り出し、辺りは一気に騒々しくなった。飯山が目を向けると、滑走路内をひたすら走って逃げる航空自衛官の姿があった。
ウイングスーツを身に纏った男は、時折追いかけてくる警務隊員らに拳銃を向け、威嚇していた。
その光景に飯山はすかさず前に出た。ギャラリーが出てきている中、その人だかりを掻き分け、自らも確保に乗り出した。そして河本士長から借りた九ミリ拳銃を即時射撃位置に保持した。
引き金に手を掛けるも、状況を見定めるため一度照準を外す。しかし、捕まりそうになかった。警務隊員らは警棒しか所持しておらず、少し遅れて合流した基地警備隊員らも小銃は持っているものの、撃つことを躊躇していた。
それを見、飯山は自分が撃たなければならないと自答した。三ヵ月前の射撃検定は一級。徽章も持っていた。しかし初めての危害射撃。心臓の鼓動は予想よりも早まっていた。こんな心理状態で射撃して大丈夫だろうか、不安はあった。しかし、やるしかない。その気持ちが彼に引き金を引かせた。
銃声。
射撃場以外で実弾を撃った。その瞬間だった。射撃の音に遅れてきな臭い火薬の臭いが辺りを包む。ターゲットを凝視すると、見事右脚に着弾していた。呻き声をあげ、その男は堅いコンクリートの上に転がり込んだ。それを見、基地警備隊員は警備犬を放した。二匹がほぼ同時に隊員の元から離れ、男性に勢いよく噛みついた。飯山はその光景に息を呑みつつ前進。男性の元に駆け寄った。着いた頃には既に警務隊員らに取り押さえられ、手錠を掛けられていた。
「統幕の飯山です。彼は?」
少し息を切らしながら飯山は警務隊員に問い掛けた。
「撃ったのは貴方ですよね。助かりました。」
曹長の階級章をつけた五十代の警務官は、まず礼をし、続けるようにして、
「彼は、この騒ぎの中、基地から出ようとしたんですよ。外出理由も明らかにしないし、何より多量の汗をかいて目を泳がせていました。誰でも分かる程でしたよ。あの様相は。」
淡々と事情を説明する。
「空自内に、ロシアとの内通者がいるんではないかと睨んでいましたが、此奴では?」
三曹の警務官が吐き捨てた。それを聞き、周囲は手錠を掛けられ俯いている男性。彼に厳しい視線を向けた。
「所属と階級は?その服、盗みもんだろ?」
五十代前半の風貌をして三尉の階級章をつけていた。ウイングマーク取得者ならこの年齢では有り得ないことであり、まずそこから疑った。
「警戒隊の星崎二曹です・・・。」
いかつい隊員らに取り囲まれ、男は観念したのか口を開いた。
「警戒隊?この基地の所属ではないな?」
警務官が問い質す。
「はい。根室のサイトです。」
「根室だと?」
飯山はオウム返しをした。
「女に騙されました。根室のバーで、旅行に来たと言っていたロシア人女性に・・・。」
何も聞いていない中、星崎と名乗った男は自供を始めた。
「最初は・・・、女遊びが出来るなと。それしか思っていませんでした。五日間も根室に泊まるっていうんで毎日会っていました。そしたらある日、隊員証を取られ、コピーされていました。そこからです。脅されるようになったのは。」
女か。理由を聞き、その場にいた全員が呆れ返っていた。
「で?お前は百里で何してたんだ?」
警務官が話に割って入り、問い掛ける。
「・・・。はい。攪乱と情報提供でした。基地内にて一時通信障害が起こったのは私の仕業です。」
その言葉を聞き、一人の警務官が殴り掛かった。通信障害の影響で基地にいる同期と連絡が取れず、結果として意識不明の重体となり、後送されてしまったからだった。怒鳴り、拳を振り上げるが飯山がそれを制した。
「奴等の目的は知らないのか?」
拳を抑えつつ、飯山は冷静な口調で問い掛けた。周囲に緊張が走る。
「俺みたいなカスに言う訳ない・・・。」
ボソボソと小さい声で星崎は応えた。
「何でもいい。お前も自衛官だろ!」
飯山が一人を制している中、今度は中年の警務官が星崎の胸倉に掴み掛る。それを見、数人が止めに入った。
「そう言えば、自分が寝てる時に隣で誰かに電話してて、輸送機がどうのって言っていた気が…。」
星崎は一瞬我に返り、思い出したかのようにボソッとそう口を開いた。「輸送機」という単語に警務官らの表情が一気に曇った。滑走路への攻撃で戦闘機を主として航空機は離発着不能状態、そこで「輸送機」という言葉。
その場にいた自衛官全員が最悪の状況を想像し、凍り付いた。飯山も例外ではなく、一瞬思考が止まってしまっていた。今、領空侵犯された時の対応が全く出来ない事を意味していたからだ。
「ロシア軍の本隊はいつ着く予定だったんだ?」
飯山は険しい表情で近くにいた隊員に問い掛けた。
「はい。今日の予定です。しかし、この現状ですから作戦自体中止になった筈です。」
その隊員は、淡々と答えた。しかし飯山にとっては重要極まりない内容だった。
「奴等・・・。輸送機を使ってテロを起こす気だ・・・!」
輸送機で何をするか未知数ではあったが、この作戦に参加しているロシア兵達は、生きて帰る事は考えていないだろう。そうだとしたら恐らく上空で輸送機を自爆させる算段か。ただ、何も無しに自爆する訳はない。何か積んでる筈だ。有害物質か何かを積んで、自爆をして地上にばら撒くつもりだ。もし、この輸送機が日露共同作戦に参加する輸送機なら、積んでいるのは放射線物質だ。思考を巡らせ、その推理に行きついた飯山は舌打ちし、急いで中村に電話を掛けた。
「各航空基地の滑走路に攻撃!現在情報を集約中!」
その報告が、横田基地の航空総隊司令部に届いた。周囲の人間はその内容に硬直した。一瞬、意味が分からなかったのだ。
「基地は?どこが攻撃を受けた?」
報告をあげた尉官に、空将補が問い掛ける。
「未確認情報ですが、百里、入間、小松、浜松、松島。以上が、同時多発的な攻撃を受けたと。」
同時多発テロ。そのワードが、周囲にいた人間の頭をよぎった。数人から声が漏れる。
「続報!百里管制塔が破壊!繰り返します!破壊!」
報告をあげた佐官の視点は定まっていなかった。一体何が起こっているんだ。ある一つの報告から航空総隊司令部は混乱の度を極めていた。
「落ち着け。各都道府県の警察、陸自に初動対処を要請。基地機能の復旧に全力をあげさせろ。」
司令官席に腰を降ろしていた上松空将は、全容を把握した上で指示を下した。
「あと、被害を受けていない築城と三沢。ここから直ちに飛行隊をあげ、中空と関東エリアの防空体制を確保させろ。」
日本の空を守ること。そのために今自分はここにいる。心臓の鼓動が早まっている中、上松は冷静を装いながら、的確に指示を与える。受け取った隊員らは顔が強張りながらも、業務に専念し始めた。
「対馬のサイトより緊急!アンノウン視認!輸送機クラスとのことで、このまま行けば関東上空を蹂躙することになります!」
一旦落ち着きを取り戻しつつあった室内で、その報告が響き渡る。その声に、全員が息を呑んだ。
「横田ベース。こちらスコール01。ターゲットを肉眼で確認。インターセプトします。」
雲海の上を飛行する大型の輸送機。ゆっくりと飛行するその姿は威圧感をパイロットに与えていた。まるで自国の空を飛んでいるような、そのような余裕感すら感じられた。その中、築城基地から飛び立ったF2戦闘機。そのパイロットである梅井二等空佐は冷や汗をかきつつ、酸素マスク越しに報告を入れた。
(スコール01。こちら横田ベース。了解。スコール02と共に直ちに警告を実施。領空外に脅威を排除せよ。)
いつもと変わらない対領空侵犯措置の対応。しかし今回は無理がある。梅井はそう感じた。同時多発的な、テロを装った空自基地への攻撃。その延長線上にこの輸送機がいることは明らかだった。何をするか分からない。撃墜させるのが得策だと梅井は心の中で叫んだ。が、実際は警告。酸素マスクの中で奥歯を噛みしめながらも、命令を行動に移した。大きく旋回し、該当機の両脇についた。そして、国際緊急無線にて警告を開始した。
英語、中国語、ロシア語、朝鮮語、日本語。丸暗記させられた定型文を淡々と読み上げる。しかし動きは何一つ変わらなかった。
「横田ベース。ターゲットに変化なし。関東方面に向かって依然進行中。」
口で言って聞くならば、領空を侵犯したりなどしない。梅井はそう感じながらも無線に報告を入れた。
(了解。警告を続けろ。)
その返答に思わず溜息をついてしまった。しかし命令違反をする訳には行かず、冷静な口調で返し、再び警告を開始した。
「スコール01・02。ターゲットにインターセプトしました。警告を実施中。」
横田の航空総隊司令部。その一角で管制官の一尉が報告をあげた。司令部の指揮通信区画内が一気に騒々しくなった。数時間前までは、空自基地への攻撃、その対処で右往左往していたが、今は関東上空に迫っている輸送機に全員が注目していた。
「東京上空に差し迫った場合、撃墜も視野に入れないといけないな。」
総隊司令官の上松空将は、その報告を聞き司令官席でそう1人ごちた。
「官邸に連絡はいれてあります。総理が決断なされば、撃墜も可能でしょう。」
副司令官が耳打ちをしてきた。それに対し上松は静かに頷く。
「司令!百里から緊急!輸送機の狙いは関東圏、首都圏上空での自爆により、何かしらの有害物質を散布する公算が大きい。有害物質については、放射線物質の可能性大。よって撃墜を意見具申するとのことです!」
外来担当の空曹が、受話器を片手に報告をあげてきた。その場にいた全員の表情が険しくなった。
「なに!確かなのか!」
上松も例外ではなく問い質していた。
「スパイから情報を得た上で、その公算が大きいと現場より来ております。」
受話器の話し口を手で押さえながら、空曹はそう答えた。上松は唸った。今の情報が本当であれば直ちに撃墜しなければいけないと直感したからだ。しかし、領空侵犯機を撃墜出来る条件は三つ。一つは正当防衛、もう一つは爆弾を投下させるハッチの開放が認められた時、そして最後は、不審な急降下を突然行った場合。以上であった。これ以外の行為は何をしても撃ち落とされない訳であり、撃ち落としてはいけなかった。
法に縛られている現実。上松は苦虫を噛み潰したような表情になっていた。
「官邸に、撃墜許可を求めろ。」
モニターに映る輸送機。それを睨みつけつつ、上松はそう決断し口を開いた。




