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攻撃

「え!今日ボルシチ?」

正午を回った百里基地の隊員食堂。配食待ちの列に並んでいた空士がおもむろに声をあげる。月間の献立表には記載がなかったためであった。本来であれば今日の昼食はチキン南蛮。最近魚介系のメインが続いていた事から、隊員の間では密かな楽しみとなっていた。しかし、急遽変更された今日のメニュー。食堂に入りボルシチを目にした途端、目を疑う隊員が少なからず見受けられた。


「仕方ないだろう。ロシア軍に対する親善メニューだ。昨日の夜決まったらしい。」


司令部付きの空曹が、不満を募らせる空士をなだめるように口を開く。確かに、食堂の席の奥側。土壇場でセッティングされたと思しき仕切りの向こうでは、流暢なロシア語が飛び交っていた。


恐らく仕切りの向こうではロシア軍兵士と、百里基地司令、そして司令部の幕僚と通訳が談笑していることが予測できた。それを裏付けるように、仕切りに沿って、制服姿の警務隊員が等間隔で直立している。普段見ない異様な光景。その様子に食堂で昼食をとっていた隊員達は息を呑んでいた。


「幹部食堂でやればいいものを・・・」


定年を翌年に控えた熟年の空曹が、その光景に愚痴を吐く。


「警務隊の指示でここになったんだとさ。」


その空曹の後ろにいた一尉が口を開いた。

「ただでさえ、災派の後処理で人員を多くとられてるんだ。必要最小限度で留めたいのは仕方ない事さ。」


その一尉は続けるように言う。その返答に熟年空曹は口を噤んだ。その時、彼の目の前を陸自の制服に身を包んだ人物が通り過ぎる。思わず二度見をした。その人物は配食用のお盆も持たずに、仕切りがある方向に無心で歩いて行く。それを見、その場は一気に騒めき始めた。







「ここから先は、許可された人員しか通すことが出来ません。お引き取り下さい。」


制服姿に、腰には白い弾帯と警棒をさした警務隊員。飯山は仕切りのすぐ傍で制止された。

警察から受けた不当な身柄拘束。それを中村らに助けて貰い、ようやく彼は基地の司令とロシア軍兵士らに直談判出来る機会に辿りつけたのだった。


「警備責任者は?」


冷静な口調で飯山は問い掛ける。二曹の階級章を両襟に付けた警務隊員は少し考えた後、


「分かりました。少しお待ちください。」


そう短く言い、無線機に対して状況を伝え始める。それから三分程して、二佐の階級章を付けた作業服姿の中年男性が小走りで駆け寄ってきた。


「警務本部の宮川です。どうなさいました?」


市ヶ谷からの出向。それを知り、飯山は自然と姿勢を正す。


「統合作戦司令部の飯山です。お忙しい所、申し訳ありません。」


最初にそう頭を下げ、続けるようにして、


「現在、私は例の生物調査。その責任者として業務にあたっていまして、その調査を依頼している大学教授の一人が、ロシア軍機から直接生物を見たいと言っておりまして、ご迷惑なのは重々承知の上なのですが、直談判に来ました。」


淡々と事情を説明する。


「直談判・・・ですか。」


飯山の事情を聴いた二佐は、返答に詰まった。


「アポなしだったので、ここでNOが出れば引き上げます。」


彼の渋った表情を見、一歩引き下がる。


「いや・・・。一応とりあってみます。」


少しの間、その二佐は考えた後、口を開き仕切りの中に入って行く。飯山は小さく返事をし、その背中に視線をおくった。それから十分弱、仕切りから彼が姿を見せた。


「基地司令より許可が出ました。先ほど食事を終え、今は和菓子で彼らをもてなしているので交渉するにはいいタイミングだと思いますよ。」


二佐は、飯山に近付き耳打ちする。それを聞き、深く頭を下げて見せた。


「では、私はこれで失礼します。健闘を祈ります。」


飯山の肩を軽く叩き、二佐はその場を後にした。彼が食堂から退出した時には喫食している隊員らの姿は皆無であり、時計に目を移すとあと数分で一時になる所であった。課業開始のラッパが食堂内に響く中、飯山は十度の敬礼で見送った。その後、仕切りに体を向ける。それを見、警備の空曹が仕切りを移動させた。飯山は空曹に礼を言い、仕切りの中に足を踏み入れた。









 必要以上の警備だな。百里基地の警備業務に従事している尾崎三等空曹は、定時の巡回任務でそう感じていた。空曹に昇任してまだ三ヶ月余り。部隊では新人同様の扱いを受けていた。巡回は、空自仕様の軽装甲機動車にて行われ、尾崎は運転手として基地内を走っている。助手席にはベテランの片山一曹が座っており、基地内の制限速度に留意しつつアクセルを踏み込んでいた。そして、気が付くと正門の警衛所から、エプロンが見える場所まで車を進めていた。そこに目を移すとF4戦闘機やT4練習機が横一列に並び、パイロットと整備員らが打ち合わせを行っていた。いい加減見飽きた風景、三曹に昇任して良かったのだろうか。それを眺めつつ、溜息をつく。しかし、その直後あまり目にすることのない機体が尾崎の目に飛び込んできた。


「片山さん。あれですか?ロシア機って。」


自衛隊機が並ぶ一帯から少し離れた場所。そこにポツリと一機。ビジネス機タイプの機体が駐機されていた。それを見、思わず問い掛ける。


「あぁ、そうだったな。」


腕組をし、俯いていた片山は、その声にぬっくりと背筋を伸ばし、口を開いた。


「はい。二日連続で非番だったので、見るのは初めてです。」


尾崎は興味津々な口調で返す。今朝の朝礼で、警備をする際の最重要事項として触れられていた。しかし当該機の警備、管轄は統幕にあり、自分達はあくまでも百里の治安を維持することにある。当直幹部の言葉が頭をよぎった。つまりは知っておいて欲しいが関わるな。そういうことであった。事実、そのロシア機の周りには、統幕から命令受領をした陸自隊員らが展開していた。鉄帽に防弾チョッキ。そして顔にはドーランとサングラス。その光景は尾崎にとって異常とも取れた。近くにはWAPC(96式装輪装甲車)やMCV(16式機動戦闘車)が配置され、その警備はハリネズミの如く堅くされていた。


「構うな。俺達は通常業務をこなせばそれでいいんだ。」


非日常の中の非日常。その光景に目を奪われていた尾崎に片山が注意を促した。尾崎はハッと我に返る。気付くとアクセルから足が離れていた。慌てて周囲を確認し、再びアクセルに足をのせた。


その直後、突然の衝撃波と共に激しい爆風が彼らを襲った。







「滑走路に攻撃!繰り返す!滑走路に攻撃有り!」


突然の爆発。滑走路が黒煙をあげる。それを背にパイロットや整備員がエプロン周囲から避難し始めた。それを見、尾崎はギアをPに入れ無線に怒鳴る。と、いうのも彼らの位置は滑走路から距離があり、尚且つ装甲車の中だったため無傷で済んでいた。片山は爆発を確認後直ちに下車。周囲の安全確認をしている。滑走路に目を凝らすと、爆炎が二つ確認出来た。しかし、使用された武器は分からず、そのため対策の取りようがなかった。ロシア機を警備していた陸自部隊は、爆風で死傷者が出ているようだった。何人かが地面に倒れ、数人掛かりでWAPC内に引きずりこんでいる。


(司・・部・・り各・・・走路・・・復・・・)


険しい表情で見つめる中、無線機から雑音混じりで声が聞こえてきた。しかし、その詳細は聞き取れず、尾崎は舌打ちする。


「尾崎。弾倉装填。弾こめろ。」


無線機が使えないことを悟った片山が運転席側の窓ガラスを叩き、そう指示を出してきた。それを聞き、無線機を座席に投げ捨て、下車。片膝をつき、64式小銃に実弾の入った弾倉を装填し、槓桿を一気に引き離した。鈍い音と同時に実弾が薬室内に入る。それを確認し、指示を仰ぐため片山の方を見た。すると、片山は既に鉄帽の上につけていたゴーグルを目にあて、ローレディの姿勢で周囲を警戒していた。尾崎は低姿勢で通りを警戒。片山の後ろについた。


「ハクだな。」


険しい表情で片山が口を開く。ハク。迫撃砲を指していた。


「外からの攻撃・・・?」


片山の推測に、尾崎は動揺を隠せていなかった。


「だろうな。撃ち込んできやがった。」


尾崎の問い掛けにそう返し、前進を促した。一糸乱れぬ動きで歩を進める。直後、近くの施設から空自隊員らが飛び出してきた。尾崎はすかさず現状を聞くため走って向かう。


「基地機能を復旧しなきゃならん!お前らも突っ立ってないで早く動け!」


50代の曹長は二人にそう叱咤し、数人の隊員と走り去っていった。呆気に取られていると、滑走路から再び激しい音が聞こえ始めた。振り返ると、基地の施設部隊の姿があった。滑走路を直ちに復旧するためクレーンやショベルカーが奮闘。隊員らも土木機材を用いて滑走路に出来た穴を埋め始めていた。


「尾崎!彼らを掩護だ!」


それを見、片山が短く指示を下す。二人が走り出した時には、基地にいる警備隊員が現場に展開しつつあった。片山の背中を追い、エプロンの前に着き、あと少し。尾崎がそう思った時だった。再度、爆風が彼らを襲った。


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