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拘束

月の見えない夜。暗い森の中で、白い球状の物体が辺りに明るさを与えていた。奥尻島にある航空自衛隊のレーダーサイト。それは島の住宅地から離れた山の中にひっそりと佇んでいる。主に北海道や日本海の上空監視をしている施設では二十四時間体制で航空自衛官らが警戒監視活動を行っていた。その中、警戒管制室でレーダー画面と向き合っている一人の空士長が不意に声をあげた。


「アンノウン!タイム0340。トラッキング120。スピード850!」


その内容に担当の空曹が素早く対応に入る。


「領空侵犯の可能性及び、領空までの距離。」

「針路とスピード、変更なし、領空侵犯の可能性有り!距離、30マイル!」


レーダー画面を見つつ計算を行い、士長は冷静な口調で返す。

「了解!警告を実施する!」

その報告を聞き、その場を統括していた空曹が指示を出した。しかし、


「警告の実施はなし。アンノウンはロシアのビジネス機。空幕から連絡を受けた。配置を解除しろ。」

警戒管制室に入ってきた当直幹部の言葉に、周囲の動きが一瞬止まった。

「許可は出てる。失礼の無いよう通すように。」


毎年のように自分達を苦しめてきたロシア機を、これほどまで簡単に領空へ導いていいものか。中堅の空曹らは抵抗感を覚えた。しかし命令は命令。それに空幕からであれば断れる訳がなかった。

少しの間があった後、

「領空侵犯措置の配置を解除。各員、元の位置。」

ヘッドホン型の無線機に、担当の空曹が告げる。数分前まで張り詰めていた緊張は、その言葉をもってほぐれた。


「三沢の15、2機を確認。ロシア機にインターセプトします。」

最初に報告をあげた士長が再び、無線越しに口を開いた。

「誰か、他の所に報告を入れたか?」

自分達だけで納めていた情報。他のレーダーサイトが補足し、三沢に連絡を入れた可能性も否定出来なかったが、疑問に感じた一人の空曹が周囲に問い掛けた。沈黙が広がる。


「構うな。俺達の知らない所でコトが動いてるってことだ。引き続き、警戒監視実施。」

誰も返答しないのを見、当直幹部はそう口を開き、最後に指示を下した。

「了解。」

数人が短く返し、それぞれが元の業務に戻って行った。











 「奥尻のサイトが探知。現在、三沢の15が百里まで誘導しています。」


航空自衛隊横田基地の地下にある航空総隊司令部の小会議室。その中で空自の制服を着た一人の佐官が口を開いた。


「当該機の乗員数は?」


その報告に、総隊司令官の上松空将が問い掛ける。


「駐ロ大使の最終報告書によりますと、警備要員5名、整備要員8名。計13名です。」


書類に目を通しながら、担当の空自隊員が読み上げた。


「出来れば、現場の隊員から確実な情報を、着陸前に欲しい所なんだがな。」


陸自の制服を着た佐官が、渋い表情を浮かべながら口を開く。


「その13人全員がスペツナズだとしたら、面倒だよな。」


空自の佐官がそう言い、内容に会議室の全員が頷いた。


「しかし、全員がスペツナズだとして狙いが何だかは見当がつかない。」


空自の、基地警備教導隊長を務める佐官が、前の佐官に続くような形でそう話す。

「現在、アメリカの駐在武官が極東担当のCIA要員から情報を収集しています。ですが、有力な情報が得られるかは未知数です。」

陸自の尉官の報告に、数人の唸る声が室内に響く。

「とりあえず、不測の事態。これに留意し既に茨城空港を無期限の封鎖状態にはしています。空港の施設内には三十一連隊が展開。対処可能状態を維持しています。」


陸上総隊司令部に所属する若めの佐官がそう話す。

「まぁ、彼らはどちらにせよ二時間足らずで百里に着く。何が起こっても対処出来るよう、現場には充分留意させてくれ。」

佐官の言葉を耳に入れた航空総隊司令は、議論に終止符を打つように口を開く。小会議室の面々はその内容に小さく頷いた。


「司令。一般隊員への公表はどうなさいますか?」


書類をまとめ、各人が部屋を出ようと準備を始めた瞬間、百里基地司令の富沢が問い掛けた。

周囲の動きが止まる。

「あぁ、そうだったな。曹士及び尉官以外。つまりは佐官。これについては公表を許可する。後、特戦と中即連にも公表を。以上だ。」

少し考えた後、航空総隊司令はそう返した。それを聞き富沢は短く返事をし、基地に戻る準備を始めた。
















 見渡す限りの田園地帯。飯山にとっては久しい光景だった。ジープの車窓越しではあったが心地よい風が車内に吹き込んでいた。いつ以来かの感覚。飯山は穏やかな気持ちに包まれた。

彼は練馬での調査室担当官として業務を行っていた。しかし芹沢教授の希望で生物を見る事が出来る場に行かなければならなくなった。そのため飯山は、一度生物がいるであろう海域を飛行するロシア機に教授を乗せて貰おうと考え、今、彼を助手席に乗せて百里に続く田舎道を進んでいた。


天気は快晴。これが休日ならと思い運転している反面、芹沢は練馬から相変わらずデータが記された用紙と睨めっこをしている。それを横目で見、目線を正面に戻した。すると目の前からパトカーが走ってきていた。飯山はそれを見、反射的にブレーキを踏む。しかしパトカーは構うことなく、ジープとの距離を詰める。やがて三人の警察官が車から降り、左手を腰にあてた姿勢で近付いてきた。頭には白いヘルメットを被っており、只事ではないことが窺えた。

「すみません。茨城県警です。自衛隊の方というのは車種で見受けられるんですが、警戒のため確認をさせてください。」


一番若いと思われる20代前半の警察官が警察手帳を見せつつ、飯山に口を開いてきた。少し離れた距離には中堅そうな警察官がこちらを見つめている。断る理由はなかったため、飯山は大人しく従い、芹沢と共にジープを降りた。


「茨城26より警戒本部。確認お願いします。飯山徹三十六歳。階級は三等陸佐。所属は陸上幕僚監部。以上。」

少し事情を話した後、身分証の提示を求められた飯山は中堅警官に差し出した。それを見、無線で確認を取り始めた。飯山はその対応に眉を歪める。芹沢にも身分証の提示が求められていた。

そのため、一箇所で同じような業務が行われていた。それから数分、

(警戒本部より茨城26。確認の結果、飯山徹及び芹沢雄一両名は、本日のリスト。これへの記載はなし。繰り返す。リストには記載はなし。以上警戒本部。)


ほぼ丸聞こえの無線。よく分からないが面倒な事になったと飯山は悟った。


「すみませんが、車内を見せて貰っても宜しいでしょうか?」


責任者と思しき、50代前半の警察官が問い掛けてきた。その眼は完全に疑いが向けられているものだった。何をコイツらは勘違いしているんだ。


募る怒りを押し殺しつつ、飯山は平常心を装い了承した。しかし、


「何故俺達が疑われなきゃいけない!意味が分からない!何なんだお前ら!下っ端は下がってろ!」

車内に警察官の手が伸びた瞬間、芹沢が発狂し始めた。最悪だ。飯山はそれを見、愕然となった。


「暴れるな!んぁあ!公務執行妨害!時間十四時二十分!現逮!」


飯山は止めに入ったが遅い反応だった。警察官と引き離そうとした時には既に、芹沢の腕に手錠が掛けられていた。思わず舌打ちする。


「貴方も同行をお願いします。」


飯山は肩を掴まれ、パトカーの後部座席に乗せられた。手錠は掛けられていなかったが決していい気分ではなかった。数十分前の、あの心地いい気持を返せ。そう心で叱咤した。隣に目を移すと芹沢は大人しく下を向いている。


「茨城26より警戒本部。リストにない二名をこれより警戒本部まで移送する。以上。」


助手席に座っている二十代前半の警察官が無線にそう報告する。無線の内容からして、基地に近付く者を事前に調べているようだった。確かに今回、調査室担当官という名目で直談判しようと思っており、基地の業務隊に申請を出していなった。横着をした自分に怒りを覚え、芹沢に申し訳ないという気持ちにかられた。そう思っているとパトカーが動き出した。


三人のうちの1人がジープの運転席に乗り、パトカーの後についてきている。そして十分ほどして、車両はとある大きな駐車場らしき場所に入った。その空間には白いテントが多数あり、奥側には警察車両が隙間なく停車していた。それ以外に目を移すと、身の丈の大きさがある鋼色の盾を持った機動隊員らが列をなして走っている。まさしく警戒本部と呼ぶに相応しい光景が広がっていた。


「降りろ。」


傍観していると、不意にその声が横から聞こえ、ドアが開いた。一気に外気が車内に流れ込み、顔をしかめる。ゆっくりと降り、目線を正面に向けるとスーツ姿の男性が二名、目の前に立っていた。飯山は思わず身構える。


「警視庁公安部です。色々と伺いたいことがあります。こちらに来てください。」


右側に立っている三十代前半の細身な男性がそう切り出してきた。


「一体何なんですか。自分達は正当な業務で来ている。警察に止められるいわれはありません!」


いい加減に反論しなければならない。そう思い、口を開く。芹沢は隣で頷いていた。


「正当な業務であれば、本日の百里基地に入られる方々をまとめた名簿。これに記載がある筈ですが?」


表情を変えることなく、左側の男性が口を開いてきた。飯山は言葉に詰まった。


「早い話。名簿に記載のない方を、この先に通す訳にはいかないんですよ。」


「ふざけるな。市ヶ谷に確認をとってくれたら直ぐに解決する話だ。練馬でもいい。早くしてくれ。」


淡々と、まるで死んだ魚のような目で話してくる公安部の二名に、飯山は感情の高ぶりから叱咤した。


「ふざけるなはコッチのセリフだ!」


その直後、右側の公安職員が怒鳴ってきた。飯山は意味が分からなかった。何故怒鳴られなければならないのか。一瞬、頭が真っ白になった。


「中露軍を呼んで何をする気だ?え?将校さんよ。正当な方法で来てないということは何かしらの情報を知ってるんだろ?日本を売る気か。中露軍が来るってことで、公安がリストアップしてる工作員やら要注意人物が百里近辺に集まりつつある。自衛隊は何を考えてる?」


初耳だった情報に、飯山は耳を疑った。しかしそれ以上に、ここにいる警察官らは狂ってることに恐怖を覚えた。このままここに居座ると、何をされるか分からない事だけは明白だった。まだテントの中には入ってはおらず、パトカーから降りた位置。そこから移動していなった。


そのため、気付かれないよう後ずさりしようと考えた。しかしすぐ後ろには警察官が既に立っており、無理があった。歯がゆい気持ちに下唇を噛む。


「では、奥の方でじっくりお話を聞きましょう。」


左側の公安職員が切り出してきた。それを聞き、後ろにいた警察官が背中を押す。

逃げられない。飯山はそう直感していた。ここで抵抗したとしても、周りには二十人以上がおり、いくらレンジャー訓練を受けてきた飯山とてかなう訳はなく、諦めて足を進めざるを得なかった。









 (飯山三佐及び芹沢教授を目視にて確認!)

UH1Jの副操縦士が険しい表情で後ろに伝える。それを聞き中村は外に身を乗り出しつつ、

「こちらでも確認しました!奪還をお願いします!」

ヘッドホン式の無線機にそう怒鳴り返す。

(了解!)

その言葉に、機長は勢いよく返事をし、機体を大きく翻した。そして一気に高度を下げる。

戦闘機を降りて3年経つ中村は、久しい落ちるような感覚に笑みを浮かべた。

(車両が停車していない中央に降着します!準備を!)

機内に響き渡るエンジンと激しい風による衝撃音。その中、機長が怒鳴る。

「了解!お願いします!」

急激に近くなる地面。それを目に焼き付けつつ降りる準備を始めた。中村の隣には二名の隊員が搭乗しており、彼らも素早く準備をしていた。やがて機体は大きな衝撃と同時に、地面に足をつけた。それを見、機上整備員は直ちに各所の安全確認を始める。馴れた手つきで終わらせると、GOサインを出した。勢いよくドアが全開にされ、中村と、脅しのためにフル装備をさせた陸自隊員二名は身を屈めながら素早く降りる。

「あそこだ!二時の方向!このまま突っ切れ!」

制服姿の中村は指を指し、後ろの二名に先に行くよう促した。途中、警察官数名が妨害に入ったが、結果は一目瞭然だった。一人は蹴り倒され、一人は空包射撃を受け、真面に動くことが出来なくなっていた。拳銃を抜く警察官が中にはいたが、周囲が止めに入る。ヘリが一機降りたことで、その場は軽いパニック状態と化していた。

「飯山さん!」

テントの中に姿が消えてしまう直前、中村の手は飯山の肩に届いた。

「今は何も言わなくていいです。戻りましょう!」

振り返った飯山の表情は、今にも倒れそうな、そんな顔をしていた。そのため中村は即座にそう言葉を発し、芹沢と二人、ヘリに誘導した。

「おい!身柄は俺達にある!勝手な真似は許さんぞ!」

テントから離れようとした瞬間、一人の公安職員が飯山の手を掴み、制止させる。しかしそれを見た陸自隊員は即座に手の甲を力技で返した。公安職員は呻き声をあげ、その場に倒れ込む。その光景を見た警察官らは手を出す事を諦めた。

「トレジャーボックスの収容を確認!離陸しろ!」

警察官らが呆然としている中、二人はヘリに乗り込んだ。それを確認し、機上整備員は短く操縦席に伝える。

(収容了解。本機は給油のため百里に向かう!)

低い音から甲高い、耳を劈くようなエンジン音に変わり、激しい風を周囲に撒き散らしながら、ヘリは警察の警戒本部を後にした。


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