迎え
そして一ヶ月、畑の野菜達はすくすくと育ち、山の中の生活になじんだ頃、楓がやってきた。
「帰ろ、お姉ちゃん」
私を追い出したときと同じ笑顔で、彼女は言った。
「お母さん達も心配してる。わたしだって、すっごくさみしかったんだから」
「…うそでしょ」
「ほんとだって、お母さんなんかやつれちゃって、家の中も荒れてひどいことになってる」
「そんなの、信じられない」
「自分の目で見ればわかるよ」
「いやだ、帰りたくない」
「お姉ちゃん、わがまま言わないで」
「だって…だって楓が言ったんだよ、私はいらない子だって。お母さん達もそう言ってるって!」
「あぁ、それは…あの人達も、お姉ちゃんがいなくなって気づいたんだよ。お姉ちゃんの大切さに」
「いや! 私はここにいる。楓だって私はいらないと思ってるんでしょ!」
「どういう意味?」
楓の雰囲気が変わった。笑顔はそのまま、でも私にはわかる、あれは本気で怒っている。
「もう一回言ってみて? わたしが? お姉ちゃんを? いらないと思ってる?」
「だ、だって」
「だって、なに?」
「ぅ、その…、そうじゃなきゃこんなに意地悪しないでしょ?」
「わたしがお姉ちゃんをいらないなんてことはあり得ない。だって、他の人に対してはわたしが代わりになれるけど、わたしにとってお姉ちゃんはお姉ちゃんしかいなくて、わたしが代わりになるわけにはいかないんだから。それに…」
「? それに?」
「お姉ちゃんはわたしのものなんだから、何したっていいんだから。勝手にどこかに行くなんて許さない」
真剣な瞳でこっちを見据える楓。その言葉はどこまでも自分勝手で、でも…
「じゃあもし、私がもう一人いたら? おんなじ見た目で、おんなじことを考えて、区別がつかないようだったら、やっぱり私なんていらないんでしょ?」
「当然いるわよ」
「へ?」
「だって、お姉ちゃんはお姉ちゃんなんでしょ? だったら何人いてもみんなわたしのものに決まってるじゃない。むしろ増えるなら大歓迎だけど」
こんなふうに言ってもらえるのが、うれしい自分がいた。認めてもらえること、必要とされること。私がどんなでも、全く同じものが存在しても、“私”がいて良いと言ってもらえること。
「だから、帰ってきてよ。お母さんとかのためじゃなくて、わたしのために。ねぇ、お姉ちゃん」
かわいらしく首をかしげて、どこまでも傲慢に楓は笑う。
それでも、帰ってこいと命令しないのは、私が自分で選んだという事実を手に入れたいからだろう。より私を縛るために、私が逃げられないようにするために。
そして、すべてをわかっていて私は…
「………うん」
うなずいた。
「うん、楓が、私のこといるなら、帰る」
「ほんと? やっぱやめたなんて許さないよ?」
「ほんとだよ。でも、ちょっと待ってね」
「どうして?」
「お世話になったお礼を言わないと。夕方には帰ってくると思うから」
「その必要はないぜ」
わきの茂みから彼方さんと吾郎がぬっと顔を出した。
「っ!」
楓が息をのむ。
「帰るのか」
「はい、お世話になりました」
「世話になったのはこっちだ。畑の世話、助かったしな。にしても、おまえも物好きだな、こんな奴のところへわざわざ帰るたぁ」
「でも、楓は私を、私自身を必要としてくれますから」
「あんたもあんただ、よくこんなとこまで来れたな。一人だろう?」
「愛がありますから」
「えっ?」
しれっと楓が恥ずかしいことを言う。
「そんじゃ、約束通り送っていってやるよ」
それをさらっと流す彼方さん。
麓におりるまで、みんなほとんどしゃべらなかった。
「ここまでくれば大丈夫だろ? 俺たちはこれで失礼するぜ。こいつを見られるとまたややこしいからな」
ぽん、と彼方さんは吾郎をたたきながら言う。
「本当に、ありがとうございました」
「気をつけて帰れよ」
ぽん。
吾郎にしたのと同じように、彼方さんが私の頭をたたく。
「わたしがついてるんだから平気に決まってます」
楓がその手を払いのける。
(少し寂しい)
そう思って自分に自分でびっくりする。人に触られるなんて不安の元でしかなかったはずなのに。
「じゃあな」
なにも気にしていないような態度で彼方さんは背を向ける。一、二歩歩き出したところで足を止め、振り返って、
「あんたら、俺から見りゃあ全く別もんだよ」
にやっと笑ってそう言った。
「ま、似たようなとこもあるけどな」
ひらひらと手を振って再度歩き始める。その背中に向かって私は思わず声をかけた。
「また…、また、会いに来ても良いですか?」
「おう、いつでも来い。できれば今度は秋にな」
「がぅ」
「吾郎も歓迎するってさ」
「そのときはわたしも一緒に来るからね」
(どうして楓はけんか腰なんだろう? いつもはもっと愛想が良いのに)




