第4話 レオン
「突然だが、お前のことはこれからレオンと呼ぼうと思う」
翌日待ち合わせ場所で俺はそう宣言した。
「と、突然ですね師匠……いきなりすぎてちょっとついていけないんですけど」
困惑気味のレオーネ……もとい、レオン。
ぴょこりと耳をしならせて、首もかしげて。その疑問はもっともだ。
だけど俺にだって譲れないことくらいある。
ホワイトシチューに黒パンか白パンかって言われたら、迷わず白パン選ぶくらいにはこだわりはあるんだ。
「ならば一つ聞くが……俺の名前は覚えてるか?」
「えーと……マスカルポーネさん……でしたっけ?」
そうか、俺はチーズだったんだな。へぇー? 知らなかった。
俺はレオンへ手を伸ばし、自信なさげに答えた彼女の頭の上に手を乗せる。
「し、師匠っ? 師匠に撫でられるのは気持ち良いし好きなんですけど……その、やっぱりいきなりは照れあだだだだだだっ!!?」
軽く力を入れてアイアンクローをお見舞いしてやった。
めしめしめしっと頭部からは絶対に聞こえたらダメな音が聞こえてくる。
無駄に頑丈だから大丈夫だろう。女の子にしてもいい所業かどうかは置いといて。
「し、ししょおおおおっ!? あだだだだ!! ちょっ、これほんと洒落になってなひぎいいいいいいいっ!!??」
泣き叫ぶレオンの頭蓋骨を痛めつけながら俺は叫んだ。
「マスカルポーネって誰だああああああああああああっ!!!!」
「に゛ゃああああああああああああああああ!!?」
全然あってねえよ!?
「マスカルポーネはチーズだ! 俺は食い物じゃねえ! それともなにか? 俺は乳臭いってかぁ!?」
「ひぎいいいい!!」
こいつ……俺の弟子なんだよな。師匠の名前も覚えてないけど、弟子なんだよな。
前途が多難すぎて、不安でしょうがない。
けどまあ、飽きそうにはないな。人生に張り合いが出来たのは確かだ。
バカでポンコツな可愛い弟子を見て俺は、小さく笑みを浮かべるのだった。
「な、なんで笑ってるんです!? 怖いですよ!? し、師匠!? ちょ、聞いてます!? 師匠っ!? ひんぎいいいいっ!!!」
アイアンクローは、レオンがビクンビクンし始めた辺りでやめておいた。
尻尾はへなっと萎んでいて、耳の先もペコっとお辞儀をしている。
「うぅ……ひどいです師匠、可愛い弟子になんてことするんですか……」
レオンは恨めしそうに、こちらを涙目で見てくる。
相当痛かったようで頭をすりすりと撫でている。
かなり力を込めたはずだが、こいつめっちゃ頑丈だな。
「その可愛い弟子に名前を忘れられた心の痛みと、どっちが痛いんだろうな?」
「うぐっ!? だ、大丈夫です! もう忘れません! アルフレッドさんですよね!」
「そうだ、世界を平和にした英雄アルフレッドと同じ名前だぞ? よく忘れたな」
アルフレッドという名の勇者様が魔王を討伐し、世界を平和にしてから人気のある名前だ。
最近の子供の名前もアルフレッドが多い……そのうち俺埋もれそう。
「あー、どこかで聞いたことあると思ったら、勇者様と同じ名前だったんですね」
「だからお前は当分、レオンだ」
「えぇっ!? 愛称は構いませんけどそれならもっと可愛い名前にしましょうよっ! レオンって何か男の人っぽいですよっ!」
どうやら不評のようだ。ぷくーって頬を膨らませるのが子供っぽい。
結構、女の子っぽいところがあるんだな。アホな子だから、気にしないと思ってたが。
「女の子にレオンって名前もギャップがあって可愛くないか?」
我ながらよく分からない理屈である。
しかし、ほかに思いつかなかったのだから仕方ない。
可愛いあだ名だと罰にならないだろ。
あとは……ゲン担ぎだな。名前は強いほうがいい。
「そ、そうですか? も、もうっ、師匠は仕方のない人ですね! 分かりました! これから私のことはレオンとお呼びくださいっ!」
ああ、これでいいのか……やけにあっさり納得したな。
俺だけ変な呼び方されるのが癪だったから、適当に付けてみたんだけど……思いのほか嬉しそうだ。
こいつなんか簡単に騙されそうだな……詐欺とか、怪しい壺買わされたりとか。
「怪しい人にはついていくなよ? お菓子くれるっていってもついていったら駄目だからな?」
「ついていきませんけど……師匠は私をなんだと思ってるんです?」
若干頭の緩い子じゃないかなって思い始めてるよ、とは言わない方がいいんだろうな。
だが、笑顔が絶えないやつは嫌いじゃない。
一段落したところで話を切り出す。
「今日はついでにクエストを受けようと思う」
「あ、なら冒険者ギルドに行くんですね!? 私、冒険者登録したいですっ!」
と、やたらハイテンション気味に瞳を輝かせる。
「まだ登録してなかったのか?」
「登録しようと思ってたら迷子になりまして……結局ずっとしてなかったんですよ」
方向音痴なのかこいつ……ソロだとダンジョンで迷って野垂れ死にしそうだ。
クエストの受注ついでに、レオンの登録も済ませてしまうとしよう。
俺たちは冒険者ギルドに向かって歩き出す。
「まずは目指せBランクですよ!」
「おー、頑張れよ」
「師匠はノリが悪いですねぇ……師匠も冒険者の憧れになりたいと思わないんですか? 一緒にBランクを目指しましょうよ! あ、そういえば師匠のランクはいくつなんですか? も、もしかしてもうBランクとかだったり!?」
「あーいや、俺のランクは」
「ふおお! あれがギルドですね!?」
「聞けよ」
そうこうしてる内にギルドに到着。
木の扉を開けると、ぎぃっと音が鳴る。また壊れそうになってるな。
みんなが乱暴に開けるせいで、毎回壊れるのだとマスターがぼやいてたことを思い出す。
この時間から飲んでるやつもいて、酒の匂いがここまで漂ってきていた。
「おぉ……ここが冒険者たちの集うギルドなんですねっ! さっそく登録してきます!」
「俺はクエスト見てるから終わったら呼んでくれ」
「了解ですっ!」
びしっと敬礼するとレオンはさっそく受付へと向かっていった。
さ~て、クエスト案内板見とくかな。
あいつでも出来る簡単なやつを探そう。