第12話:ソフィアと街歩き
雲ひとつない晴れ渡る空。眩く地を照らす太陽と気温の高さが夏を感じさせる。
盗賊退治の翌日、俺はソフィアと街に繰り出していた。ソフィアもきっと疲れているだろうから今日は街で遊んで、気分転換をしようと思ったのだ。
行き先は特に決めていない。街をぶらぶらと歩いて適当に気になったお店を覗くつもりだ。
「うーあついよー、お兄ちゃん」
ソフィアは暑さにやられたのか、ぐでーっとしている。俺はそんなに暑さは気にならなかったのだが、魔術で俺たちの周辺の温度を下げてやる。
「ほら、これでどうだ?」
「涼しー、ありがとお兄ちゃん」
「っていうか、お前もこれくらいできるだろうに。風を吹かすとか、光を逸らすとか他にもいくらだって暑さを防ぐ方法くらいあるだろ」
複合魔術すら使えるソフィアには、そのくらい造作もないだろう。そう思って言うと、彼女はキョトンととした顔をした。
「そんなこと思いつかなかったよ。魔術は戦いに使うものだっていうイメージが強いかったし。でもそういえば、よく考えたらお兄ちゃんって結構便利に魔術使ってるよね」
「まあ俺にとって魔術は道具みたいなもんだしな。使うやつによって武器にもなるし、生活を向上させることもできる。発想次第でいろんなことができるぞ」
魔術を戦いにしか使わないのは勿体無いと俺は思う。たまに魔術を神聖視している奴もいるが、魔術なんてただの道具だ。使いたいように使えばいい。魔術には無限と言ってもいいほどの可能性があるのだから。
「魔術の使い方か、今まで教えられるままに使うだけだったな。ねえどんなのがあると思う?」
そう言ってこちらを見上げてくるソフィアの顔を見てすこし悪戯心が湧いた。
「うーん、そうだなー、こんなのとか?」
魔術で水を生成すると同時にそれを風で霧状にしてソフィアの顔に吹き付けた。無警戒のソフィアはもろにそれを顔に浴びてしまう。
「うわぷっ!?冷た!うぅー酷いよお兄ちゃん」
「はは、少しは涼しくなったろ?」
「涼しくはなったけど不意打ちは酷いよー」
彼女は恨みがましい顔で口を三角に尖らせている。その様子がなんだか可愛らしくて笑ってしまった。
「むぅ、こっちは怒ってるんだよ。なんで笑うの」
「いや、ソフィアの顔が可愛かったから」
「ごめんごめん」と言って、頭を撫でてやると口元が緩んでしまうのだから、我が妹ながらちょろすぎやしないかと少し将来が心配になる。
「さ、気を取り直してなんか食べようか」
通りには屋台がいくつか並んでいる。俺はその中でも焼き鳥が売ってある屋台に行った。
「おじさん、焼き鳥4本ください」
「おう、4本で中銅貨2枚だ。ありがとよ」
お金を払って焼き鳥を受け取る。焼き鳥はタレで味付けがしてあって、塩だけでは敵わない味の深さがあった。
「おいしいね。ふふふっ」
「そうだな。やっぱり本職の人が作ったものは美味い」
「お兄ちゃんの作ったものも美味しいよ」
なかなか嬉しいことを言ってくれるが、俺としてはもう少し手の込んだ料理を食べさせてあげたかった。森や海から取れるものでかなり頑張ったが、それでもどうしても足りない食材や調味料があって、作れる料理に制限があったのだ。
そういう理由もあって、市場では食料や香辛料を買い込んだ。様々な種類の果物やハーブもそうだが、砂糖が買えたのが大きい。値段はかなり高かったが、今の俺たちには問題ない額だった。
11の鐘が鳴った。市場で時間を使いすぎたのか、もう既にお昼頃になっていた。
昼食をどうしようかと考えて、結局近くにあった喫茶店に入った。店内はほどほどに客で埋まっており、静かで雰囲気が良い。
席に着くとすぐに店員さんが注文を取りに来る。
「じゃあ俺は紅茶とサンドイッチとチーズケーキで」
「私も同じのを」
注文してから運ばれてくるまでにそう時間はかからなかった。紅茶はミルクも砂糖も付いていないストレートだった。
紅茶の芳醇な香りを楽しんでから口をつける。なんだか自分がとても優雅な時の過ごし方をしているように思える。だが、そんな空気を壊す愚か者がいた。
「ソフィア、もうちょっと味わって飲んだらどうだ?」
向かいに座るソフィアはごくごくと紅茶を飲んでいる。一気飲みというわけではないが、美しさに欠けるし、勿体無い飲み方だ。紅茶はただの水じゃないんだぞ。
「ん、気をつける」
そう言い、彼女は佇まいを直すと、丁寧かつゆっくりとした動作でカップを軽く揺らし、目を閉じて香りを楽しんでから、紅茶を飲んだ。出来るのなら最初からやれよと思う。でもこうして見るとどこかのお嬢様のように見える。
そんな感想はいざ知らず、彼女は今度はケーキに手をつけた。
「!……おいしい」
ケーキを口に運んですぐに、ソフィアは目を丸くした。その様子を見て、俺も少し期待しながらケーキを一口食べる。
本当に美味しい。とても紅茶と合うのだ。ケーキの甘さと酸味が紅茶の渋みを和らげ、お互いを引き立て合っている。最初は砂糖とミルクが欲しいと思っていたが、これはストレートでよかったと思う。
喫茶店で落ち着いた時間を過ごした後は、今度は鍛冶屋を覗いてみた。
「うわー、いっぱい武器があるね」
ソフィアの言葉通り、店内には大量の剣や槍、盾などの武器が所狭しと置かれている。また、武器以外の鍛冶仕事もしているのか、包丁や鍋なども少量だが並べられている。それらを見ていると、ソフィアが爆弾を落とした。
「あれ?なんか他のに比べてあんまり良くないのが混じってるよ?」
「ばっ、ソフィア、しー!」
ソフィアの発言に、店に立っている若い男が恐ろしい目つきでこちらを睨んできた。その目からは確かな怒気が感じられる。
品質に差があることは、俺も気づいてはいた。おそらくは出来の良いのが親方の作品で、出来の悪いのが弟子の作品だろう。ソフィアは俺が鍛冶をするのをずっと横で見てきたのである程度の目利きが出来る。出来るが故に思ったことをそのまま口に出した。これも社会から離れて暮らしていた弊害だろうか。俺は心の中で頭を抱えた。
「あー、疲れた!お?どうしたんだお前、そんな顔で客を睨むんじゃねえ!」
店の奥から40代後半くらいの男が出てきて、店番の男の頭に拳骨を落とした。
「くっ、痛え……。だって親方、あいつが俺の作ったもんを質が悪いとか言いやがったんだ」
「私は他のに比べてあんまり良くないって言っただけだよ?」
若い男の言葉に、ソフィアは小首を傾げて言った。おいお前、火に油を注ぐんじゃない。知らない人と話すの怖いって言ってたのは誰だこら。
「ぐわっはははっ!お前こんな小せえ嬢ちゃんにまで言われるなんてやっぱまだまだだな!」
「くそっ、お前!言いがかりつけんじゃねえよ!お前みたいなガキに何が分かるってんだ!」
親方に笑われて真っ赤になった男に怒鳴られると、ソフィアはむっとした顔をした後、店の中を回っていくつかの剣を持ってきた。
「分かるよ。これがお兄さんの作ったやつなら、これとかもそうでしょ?」
ソフィアはそう言って持ってきた剣をカウンターに置いた。置かれたそれらを見て、鍛冶屋の師弟2人が驚きに目を見張った。
「へえ、嬢ちゃん本当に良し悪しが分かるんだな。確かに全部弟子のこいつの作品だ」
親方は感嘆したように頷き、弟子の方は悔しそうに押し黙った。そして少しして口を開く。
「なあ……、なにが、なにが俺と親方で違うんだ?俺はこれでも腕に自信がある。俺と親方のもんにそんなに違いがあるとは思えねえ」
「そうだね、たしかにそんなに違いはないよ」
「だったら!」
ソフィアの言葉に弟子は叫ぶが、でも、と彼女は続ける。
「お兄さんの作品はほんの少しだけど作りが粗いんだよ。でもそのほんの少しが大きな違いでね、たぶん打ちあったらお兄さんの作った剣の方が先に折れる。ほんの少し作りが粗いだけだけど、そのせいでその武器を使った人は戦いで死んじゃうんだ」
微笑んで告げられたその言葉に、弟子の男は言葉を失った。
武器は戦士にとって命を預けるものだ。だから武器を扱うものは武器を大切にするし、鍛治師は最高の物を作ろうと限界まで努力する。そこに妥協はない。それが命に関わると知っているから。
「まあそういうこった。お前は確かに実力がある。覚えも早いし、腕を上げるのも早かった。でも最近のお前はちょっと焦りすぎだ。もっと剣の一本一本に心を込めて鍛て」
「……はい」
弟子は親方の言葉に頷き、店の奥へと消えていった。それを見送ると親方はこちらに向き直り、尋ねた。
「嬢ちゃんありがとよ。これであいつはまた成長する。……でもよ、嬢ちゃんその年でそんだけ目利きできるって、いったい誰に習ったんだ?」
「お兄ちゃんからだよ?」
親方の問いにソフィアは俺を指差して答える。
「……は?いや、嬢ちゃんの兄貴ってそんなに嬢ちゃんと年変わんねえだろ?」
「お兄ちゃんも鍛冶するからね。私の剣もお兄ちゃんが作ってくれたし」
親方は絶句した。冗談にしか聞こえないが、先ほどのソフィアの様子を見ると、嘘だと切り捨てることもできないといった感じだろうか。
「なあ、だったら兄貴の方が作った剣も見せてくれねえか」
「んー、お兄ちゃん、見せてもいい?」
俺が頷くと、ソフィアは指輪から収納していた剣を取り出して親方に渡した。
「っ!……ミスリルじゃねえか。それに歪みも全くねえ。加工の難しい金属をよくもここまで。おい坊主、本当にこれはお前が?」
剣を見た親方の目が瞬時に真剣さを帯びる。剣を食い入るように見つめるギラギラとしたその目を見て、この人は根っからの職人なんだなと思った。
「はい、俺が作りました」
「その年でいったいどうやって……。いや、それよりもお前は誰に鍛冶を習った?ミスリルの加工方法を独学で知れるわけがねえ。ミスリルを扱えるのは鍛冶ギルドの中でもほんの一部のやつだけだ」
……知るかそんなこと!はあ、ここでも技術の秘匿か。
俺は答えに困った。そもそも今ある俺の技術のほとんどは前世の記憶によるものだ。ここで適当な人を挙げても、今度はソフィアに疑われる。俺が出した答えは……
「し、師匠との約束で言えません。師からは名前と教えた技術の全てにおいて他言を禁ずると」
「んん……、まあ、分かった。それなら無理に聞きやしねえよ」
納得のいかなそうな顔だったが渋々認めてくれた。ソフィアは不思議そうな顔をしてこちらを見ていたが、何も言わなかった。
「それはいいとして、武器でも見ていかねえか?ウチは武器を買い取ることもあるんでな、たまに珍しい物も入ってくるんだ」
親方が指差した方を見ると、店の隅の方の壁に武器が何本か立てかけてあった。それらは品質がピンからキリまでで、設計思想もバラバラ、かなり雑多な印象を受ける。
「これは?」
その中でも俺は一つの槍が気になった。1メートルほどの短い槍だが、柄が普通の槍に比べて少し太い。
「ああ、そりゃ旅人が資金稼ぎに売っぱらったもんだったはずだ。。買い取ったはいいが、柄が大きい上に短えから人気なくて売れねえんだよ」
「じゃあこれ俺が買っても?」
「おお、そうしてくれるとこっちは助かるな。本当は大銀貨1枚だが、小銀貨8枚でいいぜ。いいもん見せてくれた例だ」
俺は代金を支払い、槍を買って店を出た。親方は「何かあったらまた来いよ」と言って見送ってくれた。
「お兄ちゃんどうしてあの槍買ったの?お兄ちゃんなら槍くらい作れるよね?」
しばらく歩いて店から離れると、ソフィアはこちらを見上げて聞いてきた。ソフィアには俺が何の意味もなく槍を買ったと思われているのかもしれない。
「あの槍はただの槍じゃないんだ。あれは立派な魔導具だよ。だから買った」
これが俺が槍を買った理由だった。あの槍は魔導具だ。それも、魔法陣が刻まれているだけではなく、内部に魔術回路が形成されていた。
本来は魔導具だというだけでも金貨は超える額になるだろう。他人の作った魔導具を見るのは勉強になる。格安で手に入るこの機会を逃したくなかった。宿に帰って解析するのが楽しみだ。
それから俺たちは買い物をしたり、時には店を冷やかして夕暮れまでめいいっぱい楽しんだ。
◇
宿に帰って夕食を取った後、俺は部屋で今日買った槍の解析をしていた。ソフィアは隣に座って興味津々といった様子でこちらを覗き込んでいる。
槍に魔力を通して魔法陣と魔術回路の構成を把握、込められた意味を一つずつ読み取っていく。
「へえ、これは……」
思わず感嘆の息が漏れる。たった一つの現象を引き起こすためだけに作られた緻密な構成、その美しさは芸術的ですらあった。これを作ったやつは間違いなく相当な実力を持っていると断言できる。
「ねえねえ、それどんな効果があるの?」
「爆発」
「……え?」
好奇心を抑えきれないというように聞いてきたソフィアが俺の返答を聞いて固まった。
「だから爆発。正確に言うなら魔力爆発かな」
驚いたことにこの槍は、本来事故であり回避すべきことである魔力爆発を最大効率かつ最大規模で引き起こすことだけに、全てのキャパシティが割かれている。
そう、いくつもの魔法陣と一つの魔術に特化して作られた魔術回路、その全てが爆発のために使われているのだ。
爆発するのだから当然この槍は使えば消えてなくなる。一瞬に全てを賭けると言えば聞こえはいいが、実際は通常小金貨以上はする魔導具を使い捨て。常人の発想ではなかった。
しかも、この槍を作った人物はかなりの実力を持った魔導具職人だということが分かるだけに、余計に残念さが増している。
解析し終わったら倉庫の肥やしかな、などと考えながら俺は解析を続けた。
どんな仕事も間接的に、人の人生に多かれ少なかれ影響を与えていると思うのです。




