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無属性者の転生記  作者: 白夜
第1章:幼年期編
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第11話:私のお兄ちゃん

今回はソフィア視点で今までの振り返りです

  私にはお兄ちゃんがいる。

  私が生まれた時からずっと一緒だ。

  ノアお兄ちゃんは、私が遊んでほしいとねだればいつまでも遊んでくれたし、お腹が空いたと言えば森で取ってきた果物なんかをくれた。


  お兄ちゃんは優しくて、だから私はお兄ちゃんのことがすぐに大好きになった。

  私が外を出歩けるようになると、私はいつもお兄ちゃんについて回った。

  朝から夕方までお兄ちゃんと一緒に街を探検したり、森で遊んだりして、夕方になるとお兄ちゃんと一緒に井戸から水を汲んできたり、火でお湯を沸かしたりとお母さんのお手伝いをする。


  そんな毎日を過ごしていた私は、それがずっと続くのだと思っていた。

  でもそんな日常はある日突然変わってしまった。お母さんが消えてしまったのだ。

 

  ある日出かけたお母さんは夜になっても帰って来ず、さらに3日経っても帰って来なかった。お兄ちゃんは街にお母さんを探しに行ったが、とうとう見つからなかった。


  「お兄ちゃん……お母さんはいつ帰って来るの?」


  なんでお母さんはまだ帰って来ないのだろう。そう不思議に思った私が聞くと、お兄ちゃんは一瞬顔を辛そうに歪めた。

 

  「ソフィア、その……な、お母さんはもう帰って来ないんだ」

  「なんで?」

  「お母さんはもう遠くに……そう、遠くに行っちゃったからもう会えないんだよ」


  お母さんにはもう会えない、その事実を理解すると同時に私の目からはぼろぼろと涙が溢れ出した。次から次へと涙が頬を伝うのを感じたが、何も考えられなくて、ただ流れるのに任せた。

  そんな私をお兄ちゃんは、私が泣き止むまでずっと抱き締めて頭を撫でてくれた。そのときの私にとってはその温もりが唯一頼れるもので、安心感が私を包んだことを覚えている。


  この時はまだよく分かっていなかったが、今なら分かる。私たちはお母さんに捨てられたんだろう。この時お兄ちゃんは既に分かっていたんだと思う。お兄ちゃんだって悲しかっただろうに、涙を零すこともなく、私をずっと優しく抱きしめ、慰めてくれた。


  それからしばらくは、母がいなくなり2人だけとなった家でも何とか暮らしていくことができていた。

  でもその家も季節が変わる頃には大家さんに追い出されてしまった。

  親のない私たちには行くあてなどなく、仕方なしに街を彷徨った。

 

  だが、以前は気にも留めていなかったが、街には私たちのようなみなしごが沢山いた。

  大通りから裏通りへと続く道の入り口などには決まって孤児がいて、私たちは近づくだけでも怒鳴られ、追い払われた。


  夕方になると、お金を持っていなかった私たちは何軒ものお店を回って、住み込みで働けないか、それがダメでも何か食べ物がもらえないか頼んだが、どこの店も面倒くさそうに追い払うだけだった。


  そうしているうちに夜になり、私たちは人気のない路地裏で身を寄せ合って眠った。周りの人は意地悪くて、夜の風は寒くて、地面は硬くて、悲しくなって私はちょっと涙が出た。


  翌日になると、お兄ちゃんは森に行こうと言った。街に希望がないのは分かる、けどなぜ森なのか。いろいろと疑問はあったけど、何も言わず頷いた。私には代案を考えろと言われても何も思いつかないし、もはや頼れるのはお兄ちゃんだけだったのだ。


 

  街の東門を出て森に入った。かなり歩いたのでそうとう森の奥まで来たと思う。今まではお兄ちゃんがダメだと言っていたため、ここまで来たことはなかった。

  風に揺れる木々のざわめきに混じって水の流れる音が聞こえる。おそらく、近くには川があるのだと思う。それにときどき獣の咆哮が、森のさらに奥から響いてくる。声の主がこっちに来るんじゃないかと思うとちょっと怖い。私はお兄ちゃんの手をギュッと握りなおした。


  「ここらへんにするか」


  しばらく周囲を確認した後、お兄ちゃんは風の刃であっという間に周辺の木を伐り倒し、土を操って家を作ってしまった。


  「すごい……」


  思わず感嘆の声が漏れた。

  お兄ちゃんは魔術というものが使える。昔から私はそれを見るのが好きで、お兄ちゃんにはよく魔術を使うところを見せてもらっていた。

  でも、こんなふうに大量の木を伐採したり、土から家を作ることが出来るなんて思っていなかった。そもそも私はお兄ちゃん以外で魔術を使っている人を見たことがない。やっぱり私のお兄ちゃんはすごかったんだと改めて実感した。


  「えーと、必要なのは机、椅子、ベッド、調理道具一式。工房……は後でいいか」

 

  しばらく休憩してから、お兄ちゃんは周りの木や、地面に含まれる鉄などから生活に必要な物をどんどん作っていく。鐘2つ分くらいの時間で家は、私たちが住んでいたものよりも充実した内容になっていた。

  床はむき出しの土ではなく板張りになり、家の側面には窓ガラスが嵌め込まれている。それに家具の大きさは私たちが使いやすいように少し小さめに作られていた。


  「少し休もうか、ソフィアも歩き続けて疲れてるだろ」


  作られたばかりの新しい椅子にゆったりと体を預け、肘掛に腕を置く。ちゃんと私の体に合うように作られているのか、違和感がまったくない。はふぅ、と息を吐き、リラックスしているとお兄ちゃんが話し始めた。


  「俺たちはもう2人だけで生きていくしかない。でも親のない俺たちには仕事に就く方法がほとんどない。だから冒険者になろうと思う」


  確かに私たちは普通にお仕事するには小さすぎるし、人の紹介がなければ見習い仕事にすら就けない。街でも昨日断られたばかりだ。でもなんでそれが冒険者になることに繋がるのだろうか。私は首を傾げた。


  「冒険者は7歳以上なら誰でもなれるんだ。それに現状ではこれくらいしかお金を稼ぐ方法がない」


  お兄ちゃんは私の疑問に答えを返してくれた。

  でも冒険者かあ。お兄ちゃんは魔物を倒したり、人の頼み事を解決する仕事だって言ってたけど大丈夫かな。少し不安に思った。

 


  しばらくこれからの生活について話をした後、私たちはここに来るまでに森の中で拾った果物やキノコを食べて眠った。

  ……うう、これだけじゃ足りない。お腹が空いたよう。


  翌日の朝、お兄ちゃんに起こされて目をさますと、既に朝食が出来ていた。野草やキノコがあるのはいつも通りだが、今日嬉しいことにはスープにお肉が入っていた。野兎の肉だそうだ。いつの間に狩ってたんだろう。



  「今日からはちゃんと魔術と戦う技術を教えようと思う」


  朝食を終えた後、お兄ちゃんはそう宣言した。

  魔術!?もしかしたら私もお兄ちゃんみたいに使えるのだろうか。期待を込めて見つめると、お兄ちゃんは苦笑して続けた。


  「冒険者は魔物と戦ったりもするから当然危険な仕事だよ。今まで魔術についてはそんなに焦らなくてもいいと思っていたから、積極的には教えてこなかった。でももう状況が変わった。ソフィアには必ず覚えてもらう」


  その言葉にコクコクと頷く。私は魔術を使う力はあると言われたが、ちゃんと教えてもらったことがないので全く使えなかった。でも教えてもらえれば使えるようになるのかもしれない。自分が魔術を使っている様子を想像するだけでわくわくしてきた。


  「早速練習しようか」


  私はお兄ちゃんに連れられて家の前の大きく開かれた場所に来た。家の中だと危ないからここで練習するらしい。

  お兄ちゃんが私の背にそっと手を添わせて、言う。


  「この感覚を覚えておいて。体の中で何かが動いている感じがするだろう?これが魔力だ」


  お兄ちゃんの手から私の中に何かが流れ込んでいるのを感じる。まるで体の中で熱が蠢いているようで、初めて感じる不思議な感覚になんだか落ち着かない気分になる。この熱みたいなのが魔力だろうか。


「そしてこれが魔術を使うってことだ。【水弾】!」


  言うと同時に私の中の熱は意思を持っているかのように動き、ぎゅっとまとまったかと思うと、私の目の前には水が球状に集まり、それは正面にあった木にぶつかり、パァン!という音を立てて木を大きく揺らした。

 

  「これが【水弾】。水を圧縮してぶつけるだけの簡単な魔術だけど、結構役に立つよ。何度か俺がソフィアの魔力を操作して使うから、その感覚を覚えといて」


  そのあと何度かお兄ちゃんは私の体で魔術を使うことを繰り返した。

  私はその感覚を覚えようと必死に自分の中の魔力の動きを感じ取ることに集中した。


  「そろそろ自分で使って見ようか。さっきのをお手本に頭の中でイメージしてね」


  言われるままに先ほどの、水が集まり弾丸となる様子を想像しながら、魔力を操作していく。

  ……こうやって、集めて、こう!


  「えーと、す、【水弾】!」


  お兄ちゃんがしたときよりも弱々しかったものの、私の前にはちゃんと水が集まり、球を形成すると木に向かって飛んでいく。それは、バチャン!という 音を立ててわずかに木を揺らした。

 

  「つ、使えた……」


  自分のやったことが信じられなくて、思わず自分の手を見た。でも私にはまだ魔術を使った感覚がちゃんと残っている。それに、「よくやったな。初めての魔術、無事成功だ」と言うお兄ちゃんの声と、私の頭を撫でる手の感触がこれは現実だと教えてくれる。

  魔術が使えたことでお兄ちゃんに近づけたような気持ちがして、私は誇らしい気持ちと望みが叶って嬉しい気持ちとで胸がいっぱいだった。


  それからはしばらく同じ魔術を使い続けて練習した。

  魔術の使用回数が10に届くかといったところで、私の体からは急に力が抜けて、思わず地面に座り込んだ。加えて強烈な眠気まで襲い掛かってきて私の意識はそこで途切れてしまった。



  目が覚めたのはベッドの上だった。私の記憶にあるのは、魔術を使っていたら急に意識が遠くなったところまでだ。あの後お兄ちゃんが私を運んでくれたのだろうか。

 

  ベッドから降り、お兄ちゃんがリビングと呼ぶ部屋への扉を開けると、そこではお兄ちゃんが何かを作っていた。

  尋ねてみると『レイゾウコ』を作っていると言う。大きな箱のような形をしたそれに手を入れてみると、その中はとても冷たかった。ひんやりとした冷気が心地いい。


  「ソフィアそろそろご飯を作るから手伝ってくれるか?」


  そう言われ私は快く料理の手伝いを引き受けた。

  私に与えられた仕事はお肉を切ることだった。このお肉、なんとお兄ちゃんが森で魔物を狩ってきたものらしい。

  私はお兄ちゃんに教えてもらいながら一生懸命にお肉を切った。


  切り終わったお肉を渡すと、お兄ちゃんはそれに塩をふって、包丁で何度も叩いてから鉄板で焼いた。鉄板の上の肉からは、本能に呼びかけてくるような、食欲を刺激する匂いが漂ってくる。


  「じゃあ、食べようかソフィア」


  お兄ちゃんは焼き上がったお肉をお皿に取り分けた。匂いに空腹感を刺激されたのか、いつの間にか私の口からは涎が垂れていた。

 

  「いただきます」と言い終わるやいなや、私はステーキにかぶり付いた。お肉は柔らかくて、噛むたびに肉汁が溢れ出してきてお口の中がすごく幸せになった。それに今まで一食にこんなにたくさんの量を食べたことがないから、お腹いっぱい食べれることがとても贅沢に感じる。

 

 食べ終えると私ははふぅ、と息を吐いた。たくさんあったお肉は全て私のお腹の中へと消え、そのせいでお腹がぽんぽんしている。

  また食べられるといいな、なんて思いながらゆっくりしていると眠くなってきた。

  椅子に座ったまま夢の世界に旅立とうとすると、お兄ちゃんに魔術で体を洗浄されてベッドに放り込まれた。

 


  それからの私の生活は朝は近接戦闘の訓練をし、お昼はお勉強、夕方は魔術の練習と忙しい日々が続いた。

  私にはどれも初めてのことで、何度も失敗を繰り返した。それでもお兄ちゃんは私が分かるまで、出来るようになるまで、根気強く丁寧に教えてくれた。

  私はお兄ちゃんの期待に応えたくて、お兄ちゃんによくやったねと頭を撫でて褒めてもらいたくて、必死に頑張った。


  しばらく経って、私がある程度戦えるようになってからは、兎だったり鳥だったりの狩りの仕方も教えられた。最初はちょっと可哀想に思ったし、捌くのもすこし苦手だったが、繰り返すうちに慣れた。


  森に住むようになってから2ヶ月もすると、今度は魔物とも戦わされた。私の初めての魔物はゴブリンだった。ゴブリンは見た目の気持ち悪さもそうだが、血走った目を見開いて、こちらを睨んでくるのがすごく怖かった。

  この時私は逃げ回りながら魔術を連射した。あとには魔術によってボロボロとなったゴブリンが残っただけだった。お兄ちゃんからはオーバーキルだと言われて、引かれてしまったのが悲しかった。

  この日からは私の1日に、森の探索と魔物討伐が追加された。



  そんなふうに暮らして2年、私は7歳となり、とうとう冒険者となって街で暮らす時がやってきたのだった。

 

  2年前と同じく街は人々が行き交い、物売りの声が飛び交う。そんな活気の裏では孤児や浮浪者が物乞いや盗みをしている。街は私たちが住んでいた頃とあまり変わっていなかった。むしろ変化がなさ過ぎてびっくりしたほどだった。


  冒険者ギルドは街の中心部、広場のすぐ側にあった。扉を開けて中に入ると、中にいた人たちの視線が私たちに集まった。お兄ちゃんの手を掴んで、緊張しながら受付のカウンターまで行くとお兄ちゃんはあっという間に受付の女の人と話をつけた。冒険者登録は別の部屋でするらしく私たちは奥の部屋へと案内された。


  そこでも私の出る幕はなく、お兄ちゃんと女の人の間だけで話は終わってしまい、私のしたことといえばギルドカードに血を垂らしたくらいだった。

  だけど、人と何を話していいか分からない、そんな今の私にとっては好都合だった。


  登録が終わった後は、私たちが今までに狩った魔物の買い取りをしてもらったが、そこではお兄ちゃんの魔術と出した魔物に対してえらく驚かれた。私にはすでに当たり前となっていたが、普通はありえないことらしい。 うーん、でもそんなに驚くことかな?


  頼むから今日はもう勘弁してくれとギルドに言われて、私たちはギルドを後にした。

  宿を探している道中、私の元気がないのを心配したお兄ちゃんに大丈夫かと聞かれた。私は人と話すのが怖いのだ。特に知らない人はなんか嫌だ。お兄ちゃんはよくあんなに知らない人相手にも堂々と話せるものだ。


  宿は結局ギルドからそう遠くない場所にあるものに決まった。その宿は私よりも年上のお姉さんが宿の仕事を手伝っていた。

  宿では晩御飯を食べている時に、お姉さんが話しかけてきた。エラという名前らしい。いきなり「仲良くしよう」と言われた時は困惑したけど、話してみるとすごく優しい人だった。今までどうやって暮らしてきたのかとか、お勉強は誰に教えてもらったのかとか、髪の手入れはどうしてるのかとか、いろんなことを聞かれて答えているうちに、いつの間にかこのエラお姉ちゃんと自然に笑って話せている自分がいた。

  エラお姉ちゃんはなんかこう、話しやすい雰囲気があるのだ。こういう人を聞き上手というんだと思う。



  宿のベッドでぐっすりと眠った翌日、私たちは冒険者ギルドに依頼を探しに行った。来る時間が早過ぎたのかギルドにはほとんど冒険者の人はいなかった。


  ギルドの掲示板には沢山の依頼書が貼ってあったが、お兄ちゃんはその中から盗賊討伐と書かれた依頼状況をはがして受付に持って行った。

  ……え、それ難易度Bランクって書いてあるんだけど。Bって上から3番目じゃなかったっけ!?


  受付のお姉さん、アルマさんには随分とこの依頼を受けることに難色を示されていたが、お兄ちゃんは半ば強引に依頼を受けた。

  きっと盗賊討伐は私にもできると判断したから受けたんだろう。今までお兄ちゃんは絶対に無理なことは決して私にはやらせなかったのだから。……その代わり、私に出来ることだと判断したら妥協を許さない厳しさもあったが。


 

  私たちは完全武装で盗賊討伐に出かけた。私の装備はお兄ちゃんとお揃いのコートにミスリルの長剣、コートの内側に短剣が2本だ。全てお兄ちゃんが作ってくれたものだ。

  風の魔術を使用しながら盗賊団のアジトを探索していると、王都方面ではなく、山に向かう馬車を見つけた。

  お兄ちゃんの提案でそれを尾行してしばらくすると、山の麓にある洞窟の入り口に着いた。馬車に乗っていた人たちは洞窟に入って行った。お兄ちゃんによると彼らが盗賊であることは間違いないらしい。もし商人なら街も近いこの場所で、何もない山にわざわざ馬車で入ることはないそうだ。


  「1、2、3、4……52か、少し多いな。ソフィア、俺があいつらを外に引っ張り出すからここで戦闘になる。準備してくれ」


  洞窟の中には随分と多くの盗賊がいるようだ。お兄ちゃんの言葉に私は頷く。


  「盗賊って全部殺すの?それとも何人か生かす?」


  盗賊を皆殺しにするのか、それとも捕縛に留めるのか。それによって戦い方も変わってくる。

  お兄ちゃんは全部殺していいと言ったので、頷く。この時の私は人も魔物を倒すのと同じことだと思っていた。盗賊を殺すということに気負いもなかった。


  お兄ちゃんが洞窟に入ってから少しして、爆発音が洞窟から聞こえた。私の魔術はこちらに走ってくるお兄ちゃんとその後を追う盗賊たちの姿を捉えている。

  お兄ちゃんは私と合流するとすぐさま戦闘態勢を整えた。私も剣を抜いて構える。


  「ああん?ガキが2人?」


  出てきた盗賊の中でも後ろの方にいる、装備が他の盗賊に比べてすこし豪華な男が僅かに困惑したような表情を浮かべた。

  だが、私たちの剣がミスリル製なのを知ると、気持ちの悪い笑みを浮かべ、仲間の盗賊たちに殺せと命令した。


  盗賊たちは、前衛と後衛がきちんと分かれており、弓矢の援護を受けて剣や槍を持った男たちが絶えず攻撃を仕掛けてくる。

  だが、別に苦戦はしなかった。盗賊たちには洗練された技術があるわけでもなく、むしろ森にいる魔物の方が強いんじゃないかと思う。


  隙を見つける度に斬りつける。盗賊たちの体には次々に傷が増えていった。このまま殺す……そう思っていた私は聞いてしまった、見てしまった。


  「くそっ、死にたくねえよ。なんで、こんな……」

  「俺に任せろ、お前はいったん引け!」


  死を恐れて震える男に、仲間を逃して新たに斬りかかってくる男。そんなやり取りが彼らにも命と生活があるのだということを教えてくる。

  私は何も分かっちゃいなかった。私はすぐにでも彼らの命を一方的に奪うことができる。実力差がありすぎるのだ、本当にあっという間に始末できるだろう。私が、自分と同じ、『人間』の命を奪う。その考えに実感が伴うと同時、体が震えだした。


  「ウォオラァ!」

  「きゃっ!」


  迷いから出来た隙を見逃す敵ではなかった。力任せに振るわれた剣に私は押され、倒れこんだ。

  顔を上げるとすぐ目の前に何本もの弓矢が迫っているのが見えた。焦りが思考を狭め、魔術で防御するという当たり前のことすら出来ずに、体勢を崩していた私は迫り来る矢を前に何もできなかった。


  このままでは死ぬ、そう思った時に頭に思い浮かんだのは今までの日々だった。辛い時もあったけど楽しくて、笑顔でいられた日々。私が失敗しても優しい表情で見守っていてくれたお兄ちゃん。

  やっと冒険者になって、これからだと言うのにこんなところで終わるのは、嫌だ。お兄ちゃんともう会えなくなるなんて絶対に嫌だ。嫌なのに、体は動かない。とうとう矢が私の体へと到達する ーー直前で全ての矢が横合から飛来した氷の矢によって撃ち落とされた。


  「ソフィア、ちゃんと障壁と魔術も使え!殺されるぞ!」


  反射的に声の方を向くと、そこではお兄ちゃんが恐ろしい勢いで盗賊たちを倒していた。その剣筋にも魔術にも一切の迷いがなく、必要最小限の動きで敵の命を絶っている。


  お兄ちゃんは目前の敵を粗方倒すとすぐに私と盗賊の間に土の壁を作り出した。


  「大丈夫かソフィア?」


  お兄ちゃんは駆け寄って来て、心配そうな表情で私に尋ねた。私は「大丈夫だよ」と答える。確かに大丈夫なのだ、体は。でも……


  「どうしてあんまり魔術を使わないんだ?」


  ドキリと心臓が跳ねた。私はこの戦闘中ほとんど魔術を使っていなかった。私の魔術は強い。それこそこんな盗賊くらい一瞬で殺せるくらいに。私の魔術で人間が死ぬ、そう思うと簡単には使えなかった。


  「なんか、殺そうって思ってても殺せないよ……。お兄ちゃんはどうして躊躇わずに殺せるの?」


  お兄ちゃんは一瞬苦い顔になったが、すぐに表情を取り繕って言った。


    「それが理由か……。それはね命を守るためだよ。自分の、ソフィアの、そして彼らに後々襲われるであろう人たちのね。あいつらを生かしておけば多くの人が苦しむ。それに、もうあいつらに俺らを逃すつもりなんてない。殺さなきゃ、俺とソフィアが殺されるんだ」


  そして、でも、と付け加える。


  「もちろん全ての人を殺していいわけじゃない。でも殺すべきだと判断したなら余計な情はいらない。迷いがあれば死ぬのは自分と仲間だ」


  守るため……、その言葉にハッとした。私は何をやっているのだろうか。私と彼らには実力差こそあれ、命を賭けて戦っているという事実は変わらない。さっきだってお兄ちゃんが助けてくれなければ私は死んでいた。それにいくら無敵のように思えるお兄ちゃんだって私が負けて、盗賊全員に襲われたらやられちゃうかもしれない。

  私は人間を傷つけ殺すことに躊躇して、自分どころかお兄ちゃんの命まで危険に晒していたのだ。


  「守るために……か。うん、もう大丈夫。私やれるよ」


  私は迷いを振り切った。酷いかもしれないが悪いことをする盗賊の命なんかよりも自分の命やお兄ちゃんの方が大事だ。そもそも天秤にかけるまでもない。

  お兄ちゃんは「そうか、頑張れよ」と言って土の壁を消し、戦いに戻って行った。


  壁が消えたことで盗賊たちは再び攻撃を仕掛けてくる。襲い来る矢を時には剣で斬り払い、また時には魔力障壁で防ぐ。もちろんやられたままではない。


  「【氷槍】、【風刃】、【衝雷】」


  矢継ぎ早に魔術を放つ。氷の槍が、風の刃が、雷撃が生み出されては飛んで行き、敵の弓兵を襲う。もう私に迷いはない。瞬く間に敵の弓兵は無力化され、飛来する矢は皆無となった。何人かは森に逃げ隠れたが、すべて感知できているので問題ない。


  敵方の前衛が私の元に到達し始めた。その顔には殺意や恐怖、怒り、嘆きといった様々な感情が同居している。


  「このバケモンが、死ね!」


  盗賊たちは罵声とともに斬りかかってくる。大人の男の力と私の力では技術の差があっても、本来勝負にならないだろう。だが、私には身体強化がある。身体能力を私の体が耐えられるギリギリまで強化し、あえて敵を力で正面から叩き潰す。

 

  「ぐあぁ!」

  「なん、こいつ、こんな力がどこにッ」

  「こんなの人間じゃねえよ。ホントのバケモンだ!」


  盗賊たちの声に、はっきりと恐怖と絶望が混じりだした。こんな可愛い女の子をつかまえてバケモノ、バケモノと、なんて酷い言い草だ。

  ちょっとイラッとしたので、その分も含めて盗賊を叩きのめす。あんまり気持ち悪いのは見たくないので、急所を狙って殺すようにしている。



  私に向かって来た奴等を全部倒し終わったところでお兄ちゃんの方を見ると、そっちはもうとっくに終わっていたようだ。

  それに、私は所々に返り血を浴びているのに対し、お兄ちゃんには傷どころか汚れ一つ付いていない。こういうところでまだまだ私はお兄ちゃんに遠く及ばないのだと感じさせられる。


 

  その後私たちは死体の処理と盗賊の溜め込んだ物の回収をしてギルドに戻った。

  ギルドでは受付のアルマさんが、盗賊討伐に関して「ありがとう」と言ってくれた。その言葉は私の気持ちを幾分か楽にしてくれた。


 

  「今日はお仕事どうだったの?」


  宿での夕食の時には、エラお姉ちゃんとまたお話した。最初は今日の盗賊退治について話していたけど、途中からは他にも今の流行の服だとか、宿のお仕事に対する愚痴だとか色んな話をした。今の私にはこういう何気ない会話が、心に安らぎを与えてくれる気がして、心地よかった。


 

  その夜、寝る前に私はお兄ちゃんとベッドの上で話をしていた。


  「私、怖かった。盗賊がいっぱい襲ってきて、矢が飛んできても何もできなくて。死んじゃう、もうお兄ちゃんと会えなくなるって思うとすごく怖かった」


  あの瞬間を思い出すだけで、体が震える。死ぬのも怖いが、それ以上にお兄ちゃんに2度と会えなくなるのが怖かった。思えば私の側にはいつもお兄ちゃんがいてくれた。お兄ちゃんさえいれば私は絶対安心で、離れることなんて想像したこともなかった。


  「怖いって思うのは別に間違いじゃない。恐怖は乗り越えても、忘れちゃいけないものだよ」

  「それに人間を殺すっていうのも怖かった。魔物は殺すことに何も思わなかったのに」


  今でも私は人を殺すのが嫌だ。あのときみたいに殺さないと私かお兄ちゃんが危ない場合は容赦なく殺せると思うが、そうでなければできるだけ殺したくない。


  「人を殺すのに何も思わなかったり、楽しいと感じる人はどこかが壊れてると俺は思う。ソフィアには人を殺すことに重みを感じていてほしいかな」

 

  そう言うお兄ちゃんの声にどこか自嘲的な響きが含まれているような気がしたのが私は気になった。


  悩みを全部吐き出してしまった後は、今日の戦いについての改善点だったり、良かった所とかを話した。

  一通り話し終えると、お兄ちゃんの肩に寄りかかって静かな時間を過ごす。触れ合う体温がお互いの存在が確かなものであると教えてくれるような気がして安心する。


  そんなふうにしながら、私は今日のことを振り返って考える。

  今日は私は死にそうになった。今回はお兄ちゃんが助けてくれたから生きていられた。でも次に同じことが起こったら?もしかしたら次は私を助ける余裕なんてないかもしれない。そもそも助けてもらうことを前提にするのは間違っている。

 

  私は強くなったつもりでいた。でも些細なことでも死ぬ可能性なんていくらでもある、それを今日改めて知った。

  私はお兄ちゃんの事を無敵で、絶対に負けない存在だと思っていたけど、そのお兄ちゃんだって負けることがあるのかもしれない。


  私はお兄ちゃんに頼ってばかりだった。今私が生きてられるのもお兄ちゃんのおかげだとわかっている。今の私はただのお荷物だ。全くお兄ちゃんの役に立たない。でもこれからもそのままでいいのか?いや、いいわけがない。

  そう考えると、私の思いは自然と決まった。


  体を起こして、真っ直ぐにお兄ちゃんの目を見る。そして私はお兄ちゃんだけでなく、自分に誓いを立てるために口にした。


「私もっと頑張るよ。今は守られてばかりだけど、お兄ちゃんを守れるくらい強くなる」


  窓から入ってきた風が私の髪をゆらりと揺らす。

  私はこの誓いをしっかりと胸に刻み込んだ。何年かかるか分からない。それでも、何一つお兄ちゃんに敵わない私だけど、せめて大切な人を守れるように強くなる。

  ……もう妥協しない。私、頑張るよ!

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