第9話:冒険者登録
ようやく冒険者になりました!いつもより少し長め。やっぱり人が増えると会話が多くなる。
春が終わり、だいぶ気温も上がり夏の盛りとなった頃、俺たちはそれぞれ8歳と7歳になり、無事冒険者となれる年になった。
「渡した装備の点検とか大丈夫か?」
「うん、ちゃんと暇なときに整備してるから。せっかくお兄ちゃんが作ってくれたものだもん、大事にしてるよ?」
今、俺たちは冒険者登録をしに街まで行くために旅の準備をしていた。子供2人でいきなり街の中に転移して現れるわけにもいかないので徒歩で行くつもりだ。それと、俺たちはしばらくこの森の家には戻ってこないつもりでいる。なので、この家の整理と人に見つからないようにするための隠蔽処理、そして装備の点検と旅の前にすることは多い。
必要な物、もしかしたら必要になるかもしれない物などを片っ端から俺の【異空間収納】の中に入れ、家には人払いと隠蔽の術式を刻んだ結界を張った。
ソフィアは火、水、土、風、光、闇、生命の7属性の魔術はかなり使えるようになっていたが、時空属性の魔術はまだあまり使えず、少し苦手としていた。本人曰く時間の操作や異空間の形成は、その過程のイメージと術の制御が他とは段違いに難しいらしい。
なので彼女には俺の【異空間収納】の魔術の術式を刻んだ魔導具である指輪を作って渡していた。指輪には小さいが、純度が高く美しい魔石が嵌め込まれ、その魔石には術式が刻まれている。
この指輪は作るのが本当に大変だった。
俺の【異空間収納】の術式をこのサイズの魔石に刻むのは非常に難しかったのだ。
あまり大きい物にすると普段から携行することが難しくなる。したがって魔導具にするとなると必然的に指輪や耳飾り、ネックレスなどの装飾品になるわけだが、このサイズにあの規模の術式を刻むとなると魔石の容量との兼ね合いもあって、最初は魔石が術式の負荷に耐えられず自壊してしまい、いくつもの魔石を無駄にしてしまった。
そうして何度も失敗を繰り返しながら、ようやく完成したのがこの指輪だった。
努力の甲斐あって、この指輪は容量は大型の倉庫サイズだが【異空間収納】の魔術を自壊することなく発動できる。
指輪の金属部分にはミスリルを使用し、出来る限り魔力伝導率を高めるとともに、小さく彫刻を入れ、装飾品としても満足のいくものとなっている。
そういうわけで、もしものことを考え彼女の指輪にも十分な量の食料や予備の武装を収納させた。
朝から始めた出立の準備だが、昼頃には全て完了し、今はソフィアに、街に行く前にもう何度目かになる注意事項の再確認をしていた。
「いいかソフィア、街では知らない人には付いて行かないこと。俺に無断で勝手に遠くへ出掛けないこと。それに、人気のない路地裏に1人で入ってもダメだ。」
「うんうん、分かってるよ。ここ1週間ずーっと聞かされ続けてるからね。私はお兄ちゃんから離れたりしないから」
「ん、そうだったか。まあとにかく、今言ったことはちゃんと守ってくれ。でないと大変なことになるからな」
「しつこいなあ。私だって子供じゃないんだから、約束は守るよ」
俺は「まだ7歳なんだから子供だろう」という言葉を飲み込んで、ソフィアの頭を撫でた。
頭を撫でられると目を細めて嬉しそうな表情をする彼女を見て、「やっぱりまだまだ子供だな」と俺は思うのであった。
「よし、じゃあしばらくはこの家ともお別れだな」
親に捨てられ、家を追い出されてからの2年間を過ごした家。森の奥深くに人知れず立つこの家は俺たちの生きる場所であった。ここから旅立つとなると少し寂しい気持ちもするが、今日から俺たちは自立した人間として、社会で生きるのだ。
最後に家に施した結界を確認して、俺たちは森の家を後にした。
街までは距離があったため、俺たちが街に着いたのは日が西の空に傾き始めているところだった。
俺たちが2年前までは住んでいたこの街は東に森があり、森の浅いところで子供達が採集や薪拾いをしているため、東門では審査などは子供に対してはほとんどない。なので俺たちはそれに紛れて街に入った。もちろん、街に入るために装備は収納してある。
この街の冒険者ギルドは俺の記憶どおり、街の中でも中心近くにあった。
冒険者ギルドの建物は非常に大きい。酒場が併設されているのか、中からは賑やかな喧騒が聞こえてくる。ソフィアと2人、少しの緊張を覚えながらも立派で頑丈そうな扉を開けた。
冒険者ギルドの中は中央に受付のカウンターがあり、右には依頼の紙が貼られたボードが並び、左は冒険者たちが騒ぐ酒場となっていた。
ギルドの中に入って来た俺たち2人に冒険者たちの視線が集まるが、声を掛けてくる者はいなかった。
お決まり通り「ガキが何の用だ」とか言って絡まれるかと思っていた俺は、内心拍子抜けしながらソフィアを連れて受付へと向かう。
受付のカウンターは3つあり、左がおっさん、真ん中が30代くらいの女性、右側が10代後半くらいのお姉さんだった。
「冒険者ギルドへようこそ。ご用件はご依頼でしょうか?」
俺は当然右の受付に行った。考えてみると、ソフィアを除けば2年ぶりの人との会話だ。俺だって選択肢を選ぶ余裕があるなら若くて綺麗な人に頼む。このお姉さんは赤い髪に、胸部に豊かな膨らみを持った、可愛いというよりは綺麗という印象を抱く人だった。
「いえ、俺と妹の冒険者登録に来ました」
「冒険者登録……ですか?それは……」
受付のお姉さんは困惑したような表情を浮かべた。
「年齢のことなら大丈夫です。俺は8歳、妹は7歳ですから。冒険者ギルドの規定では7歳から冒険者になれると聞いています」
「保護者の方はおられないのですか?」
「ええ、ですが問題はないでしょう?」
なるほど、彼女は俺たちが子供だけで冒険者になろうとしていることに戸惑っていたらしい。だが、冒険者ギルドの規定には7歳以上という制限しかない。ルール上は問題ないのだ。何か言われてもこのままゴリ押しする気である。
「うーん、そうね。一応規則は満たしてるみたいだし……。じゃあ登録の手続きをするわね、こっちに来て」
自分自身を納得させることに成功したのか、お姉さんはそう言って俺たちを奥の部屋へと通した。敬語が崩れていたが、こっちが彼女の素だろうか。
俺たちが通された部屋は本棚と机、椅子くらいしか物が置かれていないやや殺風景な部屋だった。登録者が来た時は手続きに使うが、普段は書庫として利用しているのかもしれない。
「はい、この紙に必要事項を記入してね。貴方達、字は書ける?」
「2人とも字は書けるので大丈夫です」
渡された紙には名前と年齢、性別、出身地、特技を記入するようになっており、簡素なものだった。
俺とソフィアは正直にそのまま書き、特技の欄は剣と魔術と書いておいた。
「ふんふん、ノア君とソフィアちゃん、出身はこの街と。特技は……魔術!?へえ、珍しいわね。もしかして貴族様?」
「いえ、貴族ではありませんが。いったいどうしてそう思われたのでしょうか」
「貴族じゃなかったのか。いえね、貴方はかなり丁寧な喋り方をするし、姿勢とかもきれい。身なりも整っている方だと思う。字が書けるのも少し珍しいかな。それに魔術を使える人ってほとんどがお貴族様だからね」
口調と姿勢、身なり、それに識字能力か。確かに平民はそんなものは基本的に気にしない。だが、俺は前世の記憶のままに行動していたし、ソフィアは俺が教育したのでしっかりしている。どうやら俺たちは端から見るとそんなふうに見えるらしい。
しかし、この世界では魔術を使える人は貴族が多いとは知っていたがそこまで差があるのだろうか。疑問に思い聞いてみた。
「そうね、一般的には魔術を使えるのは、貴族である証とまで言われているわ。冒険者の中でも魔術が使えるって人は元貴族だったりとか、家を継げない貴族の次男三男ばかりね。平民ではほとんどいないと思うわよ」
「そうだったのですか。何分幼い時に親をなくしたもので、そこらへんはよく知らなかったのです」
「そうだったの……。貴方達は2人とも魔術が使えるんでしょう?かなり珍しいわよ。もしかしたらご両親のどちらかは貴族様だったのかもね」
「いえ、それだけはありません。絶対に」
「そう……」
あんな教養もないようなやつらのうちどれかが貴族だなんてあってたまるか。
だが、平民で魔術を使えるものが少ないのはよく分かった。どうやらこの国、もしくはこの世界は予想以上に魔術が秘匿されているようだ。まさか上級階層が技術を独占しているとは。
「まあいいわ。取り敢えずこれで登録は完了ね。あとこれが登録証になるわ。すこし指を切って血を付けて貰えば認証ができるようになるから」
そう言って俺たち2人に渡されたのは、金属でできたカードだった。言われた通りに指を少し切って血を垂らすと、一瞬光を放ったがすぐに収まった。ソフィアの方も同様だった。どうやらこれも魔導具の一種のようだ。
「これでこのカードを使えるのは自分だけになったわ。これは簡単な身分証にもなるし、ギルドにお金を預けた場合は金額の記録と引き出し、一部の店での金銭のやりとりがこのカードで出来るから無くさないようにね。初回はタダだけど次からはお金いるから」
どうやらこのカード、銀行通帳とクレジットカードとパスポートを合わせたようなものらしい。便利なものだ。
「これで登録は完了よ。ギルドの規則については、ギルド内での揉め事とかはギルドは基本的に関知しないから職員には手を出すなとか、依頼主を脅迫するなとか、まあそんなところかしら」
ギルドの規則が殺伐としすぎている。規則として挙げるということは実際にそういったことが起こるのだろうか。冒険者荒っぽ過ぎるだろう。
「あとギルドではS〜Fまでの7段階でランク付けをしてるの。魔物も危険度によってランク分けをしてるから、冒険者の大体の実力がこれで分かるわけね。君たちは登録したばっかだからFからスタートよ。説明することはこのくらいかな」
説明を終え、立ち上がろうとするお姉さんを俺は引き止めた。まだ大事なことが残っている。
「ん、何?どうしたの?」
「ギルドでは確か、動物や魔物の素材の買い取りをしていましたよね?」
「ええ、他には薬草とかも買い取ってるわね」
「今魔物の素材があるので、買い取りをお願いしたいんです」
今回の目的のうち大事なことの1つだ。何しろ今の俺たちは金、特に貨幣を持っていない。金が無ければ宿にも泊まれないのだ。
「今?いったいどこにあるの、宿?」
お姉さんは不思議そうに尋ねる。確かに俺たちを見ても魔物の素材など持っているようには思えないだろう。
「いえ、ここに」
そう言って俺は【異空間収納】の中からオークの死体を取り出す。
「な、な……」
突然現れたオークの死体に、お姉さんの表情が驚愕に染まった。
「これだけじゃありません。他にもいっぱい、かなりの量があるんですけど、どこで出せばいいですか?」
「かなりの量っていうのがどれくらいなのかは分からないけど……、買い取った魔物の解体をしてる倉庫があるわ。案内するからそこで出して」
案内されたのはギルドの裏手にある倉庫だった。普通は受付で出すらしいが、量があるならこっちだそうだ。
「あん?なんだアルマか。何しに来たんだこんな所に。後ろのやつらは?」
倉庫の扉を開けると数名の男達が動物や魔物の解体をしており、その中の1人が声を掛けてきた。それと、お姉さんの名前はアルマらしい。
「こんにちは、ギードさん。今日はこの子達が魔物の買い取りをお願いしたいっていうので来ました。なんか量が多いらしくて」
「ほう、量が多いねぇ。ふーん」
この30代くらいのこげ茶色の髪をした男性はギードといい、ここ解体倉庫の代表だそうだ。
魔物をここに出してよいか許可を得ると、俺は【異空間収納】内から、倉庫の半分が埋まるくらいの量を出した。
その量を見て、興味なさげであまり信じてなさそうだったギードの顔が一気に唖然としたものに変わった。
「ははは……おいおい、なんだこりゃ。ゴブリンにオーク、シルバーウルフ。こっちにはデススパイダーにサンダーシープ、サーベルタイガーなんてのもいやがる。それにどれも鮮度が落ちてねえ。まるで狩ったばかりみてえだ」
ゴブリンとオークはそのままだったが、他の魔物はそういう名前だったのか。今まで狼とか毒蜘蛛とか虎とかそんな感じで呼んでいたから知らなかった。
「おいボウズ、さっきのは魔術か?それにこの魔物は誰が狩ったもんだ。まさか、お前らが?」
「ええ、さっき使ったのは俺の魔術ですよ。それと、魔物を狩ったのは俺と妹ですね」
「こいつは驚いた。お前らみたいな子供がなあ。まあそれはともかく本当に量がやべえ。今日中に終わるかどうかだな」
どうしよう。今出したのはまだまだ序の口でもっと持ってますなんてなかなか言い出しにくい雰囲気だ。
「ノア君にソフィアちゃん、2人ともが魔術使えるそうですよ。それにしても量が本当に凄まじいわね。私もここまであるとは思ってなかったですけど」
「 あの……、実はまだ他にもかなり持ってるんですけど……」
「「…………」」
俺の発言に場が沈黙に包まれた。
でも言わないといけなかった。だってこれからも買い取りしてほしいし。
「あー、その……すまんが今日はこれくらいで勘弁してくれ。これ以上は明日以降にまた来てくれると嬉しい。見たところお前さんの魔術は鮮度が落ちないんだろ?これ以上はもう今日中に解体が終わらなくなって傷んじまうだけだからな」
俺が了承するとギードの顔が明らかにホッとした表情になった。
「じゃあ取り敢えず私はこの魔物たちの査定をするから、終わるまで貴方達はちょっと待っててね。そんなに時間はかからないから」
そう言ってアルマは真剣な表情で査定を始めた。
彼女の口からは時々「傷が少なすぎる……」とか「竜種じゃない。これ一応Bランクの魔物なんだけど」とか色々と呟きが漏れていた。
「お待たせ。査定終わったわ」
査定は10分ほどで終わった。
「じゃあ評価額だけど合計で小金貨8枚、大銀貨7枚、中銅貨4枚ね。状態もいいし、量も多かったから結構な額になったわね」
この世界の通貨は小銅貨、中銅貨、大銅貨、小銀貨、大銀貨、小金貨、大金貨の順に額が大きくなっていき、それぞれ10枚で大きいのと交換になる。
物価が違うのであんまりあてにならないが、換金額は日本円にして約900万といったところだろうか。この世界では結構な大金になる。どうやら一気にお金持ちになってしまったようだ。
「それでお願いします」
「大金だし、お金はギルドカードで預けることも出来るけど、どうする?」
「全部現金で。出来れば小さいのを多目でお願いします。必要な分以外は収納出来るので」
「そっか、魔術使えるんだったわね。でも気をつけてね。魔術使える人って珍しいから」
そう言ってアルマはお金を渡してくれた。アルマの話によると、特殊技能があったりすると価値が上がるので、違法な人攫いになどに遭う可能性もあるらしい。一応、警戒は怠らないようにしよう。
登録は済ませたし、お金も得た。今日の目的は達成したので俺たちはアルマにお礼を言ってギルドを出た。
今日はもう他にすることもないが、日が沈み始めているので、今日の宿を探さなければならない。
「宿を探さなきゃな。行こうかソフィア」
「うん……」
ソフィアに声をかけたが、あまり元気がない。そういえばギルドに入ってからほとんど喋っていなかった。
「元気ないな。どうした?」
疑問に思い、立ち止まると目を合わせて聞いてみた。
「ううん、その……、お兄ちゃん以外の人って久しぶりだから……」
俺が特に緊張することなく人と話せたから気づかなかったが、ソフィアはこの2年間俺以外の人間と接していない。最後に話した人間といえば、2年前にこの街の家から追い出された時の大家くらいだ。
「そうだったな。でもこれからはいろんな人と関わっていくんだ。慣れていかないとな」
「うん……」
それに、よくよく考えてみればソフィアは昔から俺にくっついていたので、俺以外の人間とはあまり交流がなかった。
だが、この社会で生きていくのにコミュ障なのはちょっと困る。段々と慣れてもらわなければ。出来ればまずは同年代の友達を作ることあたりから始められればベストなのだが。
ギルドの近くで宿を探したところ、ギルドから徒歩5分くらいの場所に一軒みつけた。外観もそんなに汚そうには見えず、中からは美味しそうな匂いが漂って来ていたのでここに決めることにする。
扉を中に開けて入ると14、5歳くらいの女の子が受付に立っていた。その子の両親だろうか、夫婦のように見える男女は奥の厨房で料理を作っているのが見える。どうやら1階が酒場で2階が宿となっているようだ。
「いらっしゃいませー。あれ、僕たちどうしたの?もしかしてお食事かな?」
受付の少女が俺たちの姿を目にとめて、声をかける。俺たちが幼いので、食事を取りに来たと思ったようだ。
「いえ、宿泊に来ました」
「宿泊か。大部屋と個室とどっちがいいかな。大部屋が一泊大銅貨1枚で個室が大銅貨3枚。1人プラス中銅貨4枚で朝晩の2食がつくよ」
「個室、食事付きで取り敢えず1週間の宿泊でお願いします」
大部屋は安全性があまり保障されていないので、個室に決める。夜は安心して寝たい。
俺は1週間分の代金の小銀貨2枚大銅貨6枚中銅貨6枚をカウンターに置いた。
「えーっと1週間の宿泊だから……小銀貨2枚大銅貨6枚中銅貨6枚になります……って、計算早っ!小さいのにすごいねー」
少女は算盤のようなものを使って計算し終えると、すでにお金がカウンターに置かれているのを見て目を丸くした。
俺が小さいのは確かだが、精神年齢を考えると小さいと言われて微妙な気分になる。
「部屋は2階の1番奥の部屋ね。朝食は5の鐘から10の鐘まで、夕食は5の鐘から8の鐘までに食べに来ないとなくなっちゃうから気をつけてね」
部屋の鍵を渡され、俺たちは部屋へと向かった。
部屋はツインサイズのベッドが1つと壁際に机が置かれており、そこまで広くはないが、2人で泊まるには十分な広さがあった。清掃もきちんとされているようで、部屋はきれいに感じた。
「しばらくはここに泊まって、ギルドで依頼を受けるよ」
「うん、私たち冒険者っていうのになったんだよね?」
「そうだよ。まあ、魔物を狩ったり薬草摘んだりとかが主な仕事だから今までとそう大差はないさ」
将来的に商隊の護衛とかは受けるかもしれないが、最初のうちは魔物狩りとかが基本だろう。ならば今までの俺たちの森の暮らしとそんなに違いはないはずだ。
部屋でソフィアと少し話をした後、俺たちは夕食を食べに1階へと下りた。
宿の酒場にはすでに何人もの冒険者風の男女が飲み食いしていた。ソフィアと一緒に空いているカウンター席に座って飯を注文する。すると厨房のおじさんが話しかけてきた。
「お、お前らがエラの言ってたやつらか。子供2人でどうしたんだ?」
「俺たち冒険者になったんです。ですから、しばらくはこの宿に泊まって依頼をこなそうかと」
おじさんは俺の言葉である程度の事情を悟ったのか、一瞬すこし悲しそうな表情を浮かべた。
「ボウズはしっかりしてそうだし、妹をちゃんと守ってやれよ」
「ええ、もちろんです」
この宿はこのおじさんとその奥さん、娘のエラの3人家族でやっているらしい。おじさんは料理を出すと、「がんばれよ」と言って厨房に引っ込んでいった。
「ふうーお仕事終わりっと。ねえねえ、ソフィアちゃんだっけ、私とお話ししようよ」
しばらくソフィアと夕食を食べていると、宿の看板娘(?)のエラがソフィアの隣の席に座って話しかけてきた。彼女はソフィアをターゲットにしたようだ。
「宿のお客さんって冒険者の人ばかりだから、私よりも小さい女の子ってほとんど来ないんだよねー。私と仲良くしようよ」
そう言い、エラは手をソフィアに差し出す。
ソフィアはこちらに視線を送ってきたので、これもいい経験だと思い頷いておいた。
ソフィアはおずおずと差し出された手を握り、握手を交わした。
「ソフィアちゃんって綺麗な髪してるよねー。艶があってさらさらしてるし。どうやって手入れしてるの?」
「えっと、お兄ちゃんが作ってくれたシャンプー使って洗ってるの」
「え、何それいいなー。しゃんぷー?とかいうののおかげなんだ。ノア君どうやって作るの、教えて!」
ちょうど思春期真っ只中の少女には美容関係の話題は1番関心があるのだろう。ソフィアの銀髪を見て食いついている。
「蜂蜜と果実の油と匂いのある薬草と塩。この4つを水と混ぜて布で濾したものです。普通に髪を洗うよりも汚れが落ちるし、髪に艶が出るんです」
これは簡易的なシャンプーの作り方だ。前世の日本では、化学物質を使わない自然素材のシャンプーとして一時期流行った。
素材は森を探せばいくらでも見つかった。何もせずにただ髪が痛んで行くのを見るのも嫌だったので自作したのだ。
おかげでソフィアの髪は綺麗な銀髪のままだ。俺も髪がさらさらして気持ちがいいので満足している。
「へえ、ノア君って物知りなんだね。そういえば計算機も使わずに計算してたし」
「計算とかはソフィアも出来ますよ」
「うそ、もしかして私こんな幼女に頭の良さで負けてる!?」
ソフィアはもう四則計算は完璧に出来るし、中学生レベルの数学もほとんどマスターしている。この世界ではすでにもうかなりの知識人レベルにいるはずだと思う。
「じゃあもう寝ようか、行くよソフィア」
「じゃあね、エラお姉ちゃん」
「うん、また明日」
しばらく話しているうちにソフィアはエラとだいぶ仲良くなったようで、エラのことをエラお姉ちゃんと呼ぶようになっていた。今もエラに笑顔を向けて手を振っている。
俺はもちろん14歳の少女をお姉ちゃんと呼ぶ気などさらさらないので、彼女のことはエラと呼んでいる。一応本人が呼び捨てでいいと言ったので構わないはずだ。
夕食は味もよく、十分な量が出てきたし、久しぶりのパンと野菜だったので大満足だった。
「明日からも頑張ろうな、ソフィア」
「うん」
体を洗った後、ベッドに入ったがまだ下からは酒場の喧騒が聞こえていた。
その喧騒が、森の暮らしとは違い、街にいることを俺に実感させた。
読み返してみると主人公の名前が出たの久しぶりだよ。




