演じるひと/この世のなかの嘘と毒
演じるひと
「覚える気がないなら、帰って」
楽屋に冷たい声が響く。廊下に飛び出した女性は、泣いていた。
ぶつかりかけたマネージャーは、肩をすくめる。
ドアは開け放たれ、楽屋内がよく見えた。
ふてくされた女優が一人、メイク道具を並べ直すところである。
「手順も仕草も、気に入らないのよ」
「またコツを懇切丁寧に説明したんですか? 人を育てるのが下手ですね」
言い方が下手な女優は、無言で、自力で己を装う。舞台演技に合った姿へ。演じるために。
メイク担当の施した化粧に、少し手を加えるだけで、華やかさが増していく。
「完成形、あの子、見てるといいけど」
先方も気が強そうだから大丈夫とは、答えなかった。
この世のなかの嘘と毒
「あれに国を継がせましょう」
国で一番の魔法使いは、簡単に言ってのけた。
指名された七番目の王子は、日がな一日、庭の草花を見ているという。草花について詳しくもない。人と対話もせず曖昧に笑うのみ。
「どのみち多くの王族は流行病に勝てず、王都を出て辺境で養生している。病が落ち着けば、王をすげ替えればよい」
傀儡として、王子は玉座に据えられた。その後、魔法使いは自分の仲間だけを残して、問題勢力を一掃した。
「いつまで暗愚を演じるのです? 私が悪いみたいですよ。本当は、唆されているのは私の方なのに」
「人聞きが悪いな」
王は別室から魔法使いに指示を出す。安全な場所で。
「演技なのはお互い様さ」
第五十七回のお題「演じる」#Twitter300字ss @Tw300ss




