ながいお別れ
#ヘキライ 参加作品です。第12回のお題は「くるぶし」
ながいお別れ
「ロゼッタ、きみはうつくしい」
腰掛けた少女は、男を見下ろす。グレーのスーツは皺一つない。革靴は磨きこまれ、これも皺一つ見つからなかった。だのに、男は惜しげもなく跪く。少女の素足に、そっと口づけて、くるぶしを撫でまわす。
わずかに、少女は背中に一対そろった翼を広げる。羽が頰に当たっても、男は微笑むばかりだ。
少女の姿が、男の真っ黒い瞳孔にうつりこむ。真っ白な肌、真っ白な翼、金色の髪、果ての空の色をした目。こわばった顔で、男を見下ろしている。
「あぁロゼッタ」
「お客様、お時間です」
ちりん、と鈴を鳴らして、給仕がサービスの終了を合図した。
男が部屋を出て行く。たぶん、次はまた違うスーツと靴を履いているのだろう。一度跪くと、皺は取れない。
「ロゼッタ、終わった?」
チョコレート色の肌の娘が扉を開けた。
「うん。ジルエッタも?」
ロゼッタが頷くと、甘やかな茶色の目を細めて、ジルエッタが部屋に入ってくる。
「まぁひどい顔」
「だって、きもちわるい」
「まぁ、まぁ。ゆるしてさしあげなさい。かわいそうな方なのよ」
ね、と、ジルエッタは甘く笑う。ロゼッタは、額にかかった髪をかきあげられて、それを振り払わなかった。
ジルエッタは、ハイタカの翼を大きく広げる。
受胎告知に描かれたような、猛禽の翼。
白百合のようだと言われ、天使と呼ばれて愛しがられるロゼッタだが、ジルエッタの翼のほうがうつくしいと思っている。くるぶしを見せて踊るその姿も。
「ジルエッタ」
扉の隙間から、ジルエッタにそっくりな顔がのぞいた。
ジルエッタの双子の弟。
真珠色の歯が、唇のすきまから垣間見える。
「もう、就寝時間だよ」
「そうだった」
二人は、同じ部屋で眠る。ロゼッタは一人きりだ。
いつも、いつもそうだった。
ロゼッタは声をあげた。
「来週、ね。私、さっきの人にもらわれていくの」
「あら」
ほんの少しだけ、ジルエッタが振り返った。
「おめでとう、ロゼッタ」
そうしてジルエッタはロゼッタに向かい、お辞儀をする。受胎告知する天使みたいに。
「よい子をうむのですよ」
柔らかく、ジルエッタは言う。
ロゼッタは、唇を震わせる。肺の中が空っぽだった。言葉が死に絶えた世界みたいに、何も思いつかなかった。
「ロゼッタ」
弟の方が、ジルエッタを振り払って戻ってくる。
「ロゼッタ、ぼくにも言葉がないけれど」
細い、チョコレート色の腕が、遠慮がちにロゼッタの背に回される。
「……よき道がありますように」
「うん……」
ジルエッタが氷みたいな目をしていたけれど、今だけは、やさしいこのひとは、ロゼッタのものだった。