表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
66/232

夏がいく

 平成最後の夏だった。

 去年と同じように、自転車に乗って坂を登る。祖母の実家は山の上にあって、夏場はちょっとした避暑地になる程度には涼しかった。辿り着くまでに汗だくになるけれど、途中の駄菓子屋でアイスと、懐かしい菓子を買い込む。駄菓子屋を出るとき、青空に白い入道雲が映えて、まぶしくて、鼻の奥まで痛くなった。

「ばあちゃん!」

 祖母の実家の引き戸を開けると、はたして、祖母が居間に座っていた。

 祖母は眉をひそめて、でも笑った。

「また来たのかい、タカ坊」

「うん。これお土産」

「冷蔵庫にスイカが入れてあるから、よかったら出して食べな。ばあちゃんは野球見るから」

 テレビには野球中継が映っている。画面が荒れて、よく見えない。

「ばあちゃんに、今度タブレット端末持ってこようと思ってたんだった」

「いいよ別に。古いものならいくらでもあるし」

 二人して行儀悪く居間に寝転び、アイスを食べる。駄菓子も開ける。いつもと同じ、知っている味。

「タカ坊、お前もうここには来るな」

「何で。来たくて来てるのに」

「ここは元号が平成になる前からずっとこんなだよ。昭和。大正。過去のものなら何でも揃ってる。平成がいってしまったら、平成のものも」

「ばあちゃん」

「あんたもいずれ過去になる。そのときでいいじゃないか? まだ、入り浸るには早いんだよ」

 こうして諭されるのも何回目だろう。

 学生時代、夏休みが終わるのが嫌で、別に、夏休み前と同じ日常が始まるだけなのに嫌で、坂道を登って祖母の実家に出かけていた。あんまり強く願うから、こんな場所に辿り着く。

 学生時代の姿形で、夢の中から抜け出して、毎年まだ、ここに来ている。

「またね、ばあちゃん」

 平成の途中で鬼籍に入った祖母だった。

 ずっと、実際には帰省できないまま、ふるさとには帰らないままで、学生時代以降はほとんど会わないきりだった。

 夢なら、いつでも会えるはず。

 なのに、この景色には、夏のこの時期にしか辿り着けない。

 平成最後の夏だった。

 来年辿り着けるのか、分からないまま坂を下る。

 入道雲からは、ほのかに雷の音が聞こえた。

#web夏企画 参加です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ