てとてとて
テトちゃんは玄関を出ました。何しろ大荷物です。お父さんのリュック、お母さんのジャケット、お姉ちゃんのズボン、お兄ちゃんの長靴。
折しも、家には誰もいません。
さっき、お父さんはゴミ出しをしながら出勤、お母さんはお弁当を忘れたお姉ちゃんを追いかけてついでに出勤、お兄ちゃんは今年の春に一人暮らしを始めています。
誰も鍵を掛けずに出かけてしまいました。
テトちゃんは、でも自分が出かけるときに掛けたらいいのです、と思いました。
鍵を掛けて、ポストに入れます。
それから荷物を持って、おや、体が動きません。
テトちゃんは家を見上げました。赤い三角の屋根、こぢんまりとしたお家。
十年に満たない間、テトちゃんは、お父さんやお母さん、お姉ちゃん、お兄ちゃんに、怒られたり褒められたりしながら、この家で暮らしてきました。
最近はみんな忙しくて、テトちゃんはあんまり構ってもらえません。
そういう、時期なのかしらと、テトちゃんはさみしくなりました。
もう、テトちゃんのことを必要としているひとは、この家にはいないのです。
お姉ちゃんもお兄ちゃんも、することがたくさんあります。シゴトとかベンキョウとか。
テトちゃんはお絵かきするくらいしか、することはありません。
肉球が邪魔をして、なかなかお絵かきも思うとおりになりませんけれども。
「テトちゃん、どこへ行くの?」
近所の、登校途中の子どもが声を掛けてきました。
テトちゃんはあわてて、おつかいに行くの、と答えます。お家のひとに頼まれたの。わたし。おつかいに、行くのよ。
「どこ?」
近くの、お店の名前を答えます。
「じゃあ連れてってあげる!」
子どもはあっという間に、リュックとテトちゃんを抱えました。
お店までの道を、子どもはゆっくり歩きました。テトちゃんの両足は地面にずいぶん引きずられたけれど、テトちゃんはなんだか懐かしい気持ちになりました。お姉ちゃんやお兄ちゃんが子どもの頃は、何度も、そうやってテトちゃんを運んだものです。
途中の公園の桜は葉っぱだらけ、初夏の空気が、テトちゃんの表面を撫でていきます。
やがてお店に着きました。子どもは、学校に遅れちゃう、と叫んで走って行きました。テトちゃんのお礼、きこえたでしょうか。
せっかくお店に来たので、テトちゃんはボトル飲料を買いました。
テトちゃんは、現金もマネーカードも持っていません。でも、オンラインと繋がっていますから、お家の口座から、お買い物することは可能です。
これから家出をするのに、申し訳ないです、とテトちゃんは思いました。
荷物と飲料を持って、テトちゃんは公園に向かいます。
ちょうどいいすべり台の下で、テトちゃんは休憩しました。お家の匂いのするリュックを抱きしめて、目を閉じます。
「テトちゃん!」
呼び声で、テトちゃんは再起動しました。周りは真っ暗です。ライトを持ったお母さんが、テトちゃんを覗き込んでいました。
「自分で燃料を買いに行くほど、燃料が足りてなかったの?」
「ごめんなテト。燃料とかメンテナンス道具の買い置きが足りなかったな、自分で行かせてごめん」
お父さんも後ろから声を掛けてきます。
お姉ちゃんがテトちゃんを抱き上げました。
「テト、真っ暗で怖かったでしょ? 早くうちに帰ろうね」
「お兄ちゃんもそろそろ着くだろうし、早く帰らないとね。テトと行ったことのある場所、あちこち手分けして探してたんだよ」
テトちゃんは、じっと、家のひとを見つめました。
テトちゃん、帰るの?
「何? 帰りたくないの?」
ううん。帰りたい。
でもみんな、もう、テトちゃんは古い機種だし、いらないんじゃないかと思って。
みんな驚いた顔をしました。
「テト、そんなこと考えてたの?」
「いらなくないよ。帰ろう」
手が、ぎゅうぎゅうとテトちゃんを抱きしめました。
テトちゃんは、それならいいか、と思いました。
嘘かもしれないけれど、必要とされる間は、テトちゃんたちはそこにいるのがシゴトなのです。
この手がテトちゃんを呼ぶ限り、ずっと一緒。
覆面作家企画8、お題は手、に参加しました。
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