夜を食む
#ヘキライ 第9回お題「うつくしいもの」参加作品です。
夜を食む
麻の茎を結んで縛る。輪っかになったところに君がつまづく。
「とーった!」
捕まえたら、罠の持ち主のものになる。
子鹿の姿の君を持ち帰って、柔らかい草を与える。
夜更け、しゃんしゃんと鈴の振る音が聞こえると、子鹿は月明かりの下で、真白な肌の娘に変わる。背中にかけた鹿皮を夜明け前に被らないと、命はない、と言われている。
「君はどこの子?」
娘はひとの言葉を話さない。
大丈夫、いずれ慣れる。
娘には指一本触れず、窓の外を眺めさせ、暖炉の近くにも居させてやる。
夜明け前に、立ち上がって鹿皮を壁にかける。
うとうととまどろんでいた娘は、目を見開いて顔を上げる。慌てて、鹿皮にしがみついたが、もう遅い。
もがいても、釘で打ち付けた鹿皮は羽織れない。
うめき、泣き始めた美しい娘に、朝日の中で教えてやる。
「おめでとう、神話の生き物。君は私と同じ。気まぐれに人や獣に変わってあそぶ暮らしは、もうおしまい。森の魔女の代わりに働くんだよ」
呆然とした娘の頰に、やわく触れる。
指先についた涙をなめると、わずかに塩と、草の匂いがした。