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アサヒナとユウヒヨ

宿語りのシーガル参加作品の再録です。

http://wonmaga.jp/project/winter2015/contents/45904.html

 昔々の、少し最近。


 綺麗な羽根が落ちていた。根元は赤で、先は青。真ん中辺りはグラデーションで、まるで夜空のようだった。

「何それ」

 アツカが首を傾げて覗き込む。砂丘の端に朝日が昇っていてひどく眩しい。

「あげるよ」

「えっ、いーよ!持ってなよ。アサヒナ様に似てるじゃん、きっといいことあるって。赤いところはユウヒヨっぽいけどさ」

 アサヒナの村は、アサヒナという名の鳥神様を崇めている。

 この村のあるところは、砂と、古い戦のあとの灰がちな土地だ。青く大きな鳥が、みずうみのある場所で休んだというのが村の始まりだった。

 一方のユウヒヨは、日が沈む辺りに住んでいる。山岳部を、牡鹿のように駆け回る。アサヒナのようには、水や堆肥に恵まれていないけれど、鹿を穫ったり、加工品を作成して暮らしている。ユウヒヨには赤と黄を混ぜた夕焼け色の鳥がいて、凍えるような山頂の冬の間、太陽の代わりに竈のあちこちに入って人々を助けているのだと聞く。

 羽根をアツカの帽子につけてやると、なかなか立派な羽根飾りになった。

「ヒイヨは、無欲だねぇ」

 そんなことはないと思う。

 自分はひどく貪欲だ。水は好きなだけ飲めたらいいし、砂漠と村の境にあるナツメヤシに似た木の実は、できればたくさん食べてみたい。ただ、赤ん坊から大人まで、村人みんなのものだから、彼らに内緒で全部食べたりして悲しませるのは、何だか嫌だ。

「もしも、砂漠にたくさんナツメヤシや、ザクロを植えられたら、みんな嬉しいし自分もたくさん食べられるのに、って思う。だから、そんなに無欲じゃないよ」

「そうだね」

 きれいごとみたいな話を、アツカは明るく笑って聞いている。

 家に帰っていく途中、朝日の中を、鮮やかな青の鳥が飛んでいく。

 確かに、それはアサヒナ様に似ても見えた。


 夕方、遣いの荷物を届けた帰りに、青いものがうずくまっているのを発見した。今朝見た鳥によく似ている。手を伸ばしても逃げようとしない。鳥の意志をくじいているものを探して、よく観察する。

 うなだれた鳥は、石でも投げられたのか、怪我をしていた。

 手当てしてやりたくて、一番近い家に飛び込んだ。

「お爺、」

「お、どうした、それ」

 タバコ草を筒に詰めてふかしながら、お爺が奥から現れた。日干しレンガに寄りかかり気味に、ヒイヨの持ってきた鳥を見やる。

「お爺、助けたいんだ」

「うん。まぁ、お前は子供だから、最後はこのお爺が責任をとってやるよ」

 目を細めたお爺が、大仰な物言いで鳥を受け取る。

「鳥、そんなに死にそうなの? お爺、無茶しないで」

 さすがに死にかけた鳥一羽のために、お爺が錬金術師を捜しに出かけたりはしないだろう。けれど高価な薬が必要なのであれば、自分には難しいし、お爺に負担をかけるわけにもいかない。

 ヒイヨの心配をよそに、お爺は鳥の傷口を見て、ヒイヨにいくつかの薬草と布をとってくるように指示した。ヒイヨがそれを集めてくると、自分で鳥に巻き付けるようにと言う。

 ヒイヨはおそるおそる鳥に薬草を巻き付け、布で軽く縛った。

「やれることはやったんだ。後はそいつの体力と運次第だな」

「お爺、ありがとう」

「いいって。お前が世話するんだろうが、何かあったら言え」

「うん」

 それにしても変わった鳥だ。嘴と爪は肉食であることを示す鋭さで、体は幾分か小柄である。手当されているのが分かるのか、おとなしく、黒い目でじっとヒイヨを見つめていた。

 羽根の色も変わっている。表面は青で根本は赤だ。

 お爺に言ってみる。お爺は鳥を少し触って答えを返した。

「これは、羽を染めているんだ。根元の赤が、本当の色だな」

「本当は青いの?」

「そうだな」

「どうして? どうして染めているの」

「んー」

 お爺は、ちょっと明後日の方を向いた。

「そりゃ、その方が綺麗だからさ」

 足の一部を怪我しているけれど、痛みはあっても飛ぶことはできるだろうと、お爺は言った。

 ヒイヨは礼を言って、手当の済んだ鳥を連れて、家に戻る。

 家族が、そんなものを拾って、と驚いたけれど、お爺のところで手当をしたのだと教えると、お爺がいいというのなら、と渋々ながら鳥を飼うことを許してくれた。


 クーと名付けた鳥は、すぐにヒイヨの言葉を理解するようになった。家で飼われている他の家畜を、大きな野生の鳥が取ろうとすれば、鳥を追い払った。楽しいときは喜ぶし、空を羽ばたいている間でも、ヒイヨが戻ってきてほしそうな顔をすると、急転直下で降りてくる。

 凛々しく、けれどたまに、こちらの指に頭をすりつけて甘えるような仕草もした。

 すっかり、鳥もヒイヨも気心が知れて、友達のようになっていった。

 アツカは、兄弟みたいだねと言って、ヒイヨとクーにお揃いの飾り紐を贈ってくれた。

 お爺は相変わらずのんびりとタバコをふかしていたけれど、手紙を書いたり、それを運ぶことをアツカやヒイヨに時折頼んだ。隣町に出かけるよい機会で、二人は喜んで出かけて行った。

 隣町の、手紙の受け取り手が、芳しい表情をしないことは気がかりだけれど、二人はそれなりに楽しんでいたのだった。


 あるとき、いつものようにクーを飛ばしていると、クーがよろめきながら戻ってきた。羽根の先に、何か、かすったようなあとがある。

 怪我というほどではないが、しかし、いったい何があったのだろうか。

 ヒイヨがクーを飼っていることを、村の人は知っている。いじめたりはしないはずだ。どこかで大きな鳥にぶつかったのだろうか。

 不思議に思っていると、辺りが騒がしくなった。

 近くにいた村人が、突然倒れる。足下に血だまりができていて、周囲の人々がしばらくしてから、悲鳴をあげて逃げ始めた。

 倒れた人の後ろで、騎乗した連中が、剣を振り上げて雄叫びをあげる。

 ヒイヨも我に返ると、慌てて走り出した。

「お爺、変な奴らが来てる」

 ヒイヨが通りがけに叫ぶと、お爺は素早く家を出てきた。

「どうしたらいいの、」

「案ずるな、隣町に応援を依頼してある。援軍の到着まで逃げ延びろ」

 お爺の手には古びた剣。どうやら、一戦を交えるつもりらしい。

 ひやひやとした空気が、腹の底を流れていく。怖くて、お爺の手を掴もうとしたけれど、お爺は、行け、とヒイヨの肩を押してくる。

 クーが鳴いて、ヒイヨの体に勇気を吹き込む。走れ、戦い方が分からないなら、お爺が言ったとおり、逃げ延びるんだ。

 人気のないところを探すように、クーが低く飛ぶ。

 ヒイヨは途中でアツカと合流して、どうにか村のはずれまで駆けていった。

 逃げきれるかもしれない、そう思ったのに。

「どこへ行く」

 ずっしりとした重さのある声が、二人の若者を立ちすくませた。

 日差しの中、鎧をまとった大男が、騎馬の上からこちらを見下ろす。どちらの若者から切るか、迷っているような視線だった。

 それから、つと、鳥に目が留まった。

「それの怪我を手当てしたのは、どちらだ。お前か」

 ヒイヨが、そうですと返事をするのを、クーが鳴いて遮ろうとする。

 男が笑った。

「そうか。それは私の鳥だ。助けてくれたことには礼を言うぞ」

「貴方の、鳥?」

「そうだ。ユウヒヨの鳥。よく育った、偵察のための、強くて美しい鳥だ」

「偵察?」

 まだ分からないのか、と、男が呆れ気味になる。

「その鳥は、我らがお前達の村の様子を確認するために放ったうちの一羽だ。お前のものではない」


 ヒイヨが、拾った青い羽根。

 根本が赤で、先が青。

 染料で青く染められた羽根。その主は。

(あぁ、そうか)

 クーは、ユウヒヨの進軍のための、偵察用の鳥だった。

 お爺は知っていたし、だから準備をしていたのだ。

 呆然としたヒイヨに、哀れな子どもだなという言葉とともに、大きな剣が振り下ろされた。

「ヒイヨ!」

 赤い血が飛び散る。その上を彩るのは、鮮やかな青の羽根。

「ほう。元の主を忘れたか。恩を忘れるとは、よほど、数日餌をくれてやった輩のことが気に入ったと見える」

 大男が、冷ややかな声の上に好奇心を滲ませる。

「クー? クー、どうして、何で」

 ヒイヨが触ると、青い鳥は小さく呻く。剣で切りつけられたせいで血塗れだ。

「クー」

「案ずるな。お前もすぐに、その鳥と同じところへ送ってやる」

「クー」

 甘えるように、クーが嘴をヒイヨの指にすり寄せる。

「この! 帰れ!」

 アツカが足下の石を投げ始めたが、大男の連れがのしのしと歩いて来たので、悲鳴をあげて逃げ出した。

 ヒイヨにも、剣が振り下ろされた。けれど切っ先がわずかに逸れる。

 銅鑼の音が派手に鳴り響き、隣町の連中が加勢に来たことを知らせてくれる。

 子どもを殺して刃こぼれするのが面倒になったのか、大男は剣を引いた。そうして、騎乗したまま、すぐ近くの道に飛び出してきた隣町の連中に向かって突撃した。

 クーはひどい傷だった。お爺が以前教えてくれた薬草を、どうにか一種類だけ見つけてきて、ヒイヨはクーの傷に当てる。

 辺りはすっかり戦場で、けれど、土煙の中で呆然と転がる一人と一羽は、意外と誰にも見咎められることがなかった。

 やがて夜が訪れ、辺りが静まると、空に星々が輝き始めた。

 クーは息を繰り返している。

 まだ生きている。

 ヒイヨはクーを抱きしめた。

 夜露から守ってやるために、もっと体が大きかったらよかったのに、と悔しく思った。


 夜明けとともに、敵が去った。

 何がどうなっていたのか、ヒイヨには分からなかったけれど、お爺は利き腕に少し傷を負ったが元気そうだったし、アツカも、転んだ擦り傷くらいで助かっていた。

 死にかけたクーは、あれから、うまく飛べなくなった。

 それでも、ヒイヨはクーを抱きしめる。時折、空の低いところを遊ばせてやる。

「お前は、本当は」

 呟きかけたヒイヨの言葉を、風がさらう。何度も、何度も。

 クーがいて、アツカがいてお爺がいる。

 ユウヒヨのこととあの日のことを思うと、胸が重たく沈むけれど。

 今は、宙につられたままの気持ちで、クーが飛ぶのを見上げていた。

 昔々の、少し最近。


 それは最近の、昔話だ。


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