ネコ、ネコ
「ネコは、怒っている」の番外編です。
ネコ、ネコ
「ねーこ」
呼ぶと、な、な、と、喉で鳴いて、黒猫が姿を現した。まだ線が細くて、手で触ると、するんと背中をこちらの掌に当てて回る。機嫌は良さそうだ。
雷針はネコを持ち上げて、綿抜き半纏の懐に入れる。
よしよし、と撫でていると、がらりと引き戸が開けられた。木枠に指の皮が引っかかったらしく、灰色のスーツ姿の客は、あいたた、と手を振った。
「これ、ばあさんからお裾分け」
ありがたく包みを受け取る。中身は炊き込み御飯だ。
「今日は市の日か。風針は手伝わなくていいのか?」
「そう。大市じゃねえからいい、俺はばあさんに仕えてんじゃないしな」
この町の警護の仕事だって、あんまりやってない気もするのだが。
「お、ネコがネコじゃねえか。どうなってんだ?」
風針が、懐の黒猫に手を伸ばす。黒猫が目を閉じたまま、尻尾の先で手を払いのけた。
「なんだなんだ、こないだ助けてやったのにその態度」
ネコ、と呼ばれているこの黒猫は、怒ると、文字通り雷を落とす。元は普通の猫だったが、留守番のときに突然荒れ狂い、雷獣になってしまったのだ。しかも、別に初めての留守番じゃなかったのに。
変化ではなくて、もともと雷獣の子だったのではないかと、長老会(町内会の、ちょっと面倒くさいやつ)では言われたけれど。雷獣の子が道端に落っこちていて、にゃーにゃー鳴いて、餌をやってないのについてきて、こたつで寝て、気づいたら住み着いていたりするものだろうか。
「外見は時々変わる。気分なのか、帯電具合か、まだよく分からないけど」
「良かったな、ネコが雷属性で」
「は?」
「だって、雷なら眷属だろ。風だったら、飼えなかったかもしれない」
「そのときは風針に保護者役は任せる」
「あー。もし風属性だったとしても、俺は飼わないぞ」
風針が顎をかきながら応じる。
ネコが聞いていたら、また勝手なこと言ってる! と叫んでふうふう言いそうだが、聞こえなさげに雷針の懐で寝息を立てている。
雨の気配を感じて、引き戸を見やる。はめられたガラスは、日々の風雨に擦り切れて曇りガラスになりかけているが、外はそこそこ見える。
「もしネコが、落っこちてきた雷獣だったとして、親が迎えに来たら、返さないといけないだろうか」
「そりゃ、ネコと親次第だろ。気になるなら、迷い猫預かってます、って張り紙するか?」
「ネコが破りそう」
「長老には言ってあるんだから、迷子とか家出獣なら、すぐ迎えがあるだろ」
「確かに。迎えに来ないね」
ネコの尻尾が、ぱたぱたと雷針をはたく。ここにいたい気持ちは、あるようだ。
飼い主の悩みをよそに、ネコは頬を擦り付けて眠っている。
雷針はだんだんと眠くなって、まぁいいか、と、ネコを撫でた。




