竜がいた
#ヘキライ 第8回お題「コーヒー」参加作品です。
「旅人さんかい? 運がいいねえ」
なみなみと注がれたコーヒーのカップを受け取りながら、そんなことを聞いた。
古い絨毯に似た日除けの幕の下、メラニンに守られた肌と真っ黒い目の男が、ぐつぐつに煮たコーヒーをさらに煮詰めている。
コーヒーにぶち込まれたヤギの乳は、牛より悪くない。舌を火傷させて数口飲み込む。
「日が昇るとき、正午、日が沈むとき、一日に三回だけ、時報の鐘を鳴らすんだけど、今日は竜が来てる」
「竜?」
竜が、って、あの? ドラゴンってやつ? 羽毛恐竜と違って、そこそこ硬い肌をしてるという。
こんなところにいるのか?
赤褐色の硬い大地、街を囲む古い城壁の崩れた向こう、びゅうびゅうと風が吹きすさんで、個人用のミニ飛行機もうまく飛べない。
「旅人さん、どこから来たの」
「あっち」
さっき降りたジープを指差して、またコーヒーを飲み込む。ぶわっとした獣の乳の匂い、それを上回ろうとするコーヒーの匂い。燻製したお茶ばかり飲んでいたから、コーヒーはびっくりするほど懐かしかった。
突然、音がなくなった。地面が揺れた。コーヒーの水面が大きく波打っている。
耳が機能しなくて、全身がびりびり震える。
「竜だよ!」
手と口パクで、コーヒー売りの男が教えてくれた。
ごう、ごう、ごう、と、大きな獣が吠えている。
空を見上げれば、巨大な航空機。
何だ、あれが竜の正体か。
がっかりしていると、航空機が過ぎ去った頃にもう一回、同じ声が響いた。
振り向けば、高い城壁の上に、太い足で掴まって、生き物が大きく口を開けているところだった。
「だから言ったろ、竜がいるって」
冷めかけたコーヒーに、煮詰めたコーヒーを追加してもらう。
まだ砂の湿った、日が昇りきれば明るい、真昼の砂漠の端。
さっきの竜は、時報が終わると飛んで行ってしまった。
名残惜しいけれど、ジープが出るようなので、街を後にする。