幽霊までもは、ぬすめない?
幽霊までもは、ぬすめない?
「あぁ残念! 残念だよ」
怪盗はやけに耳に障る声で叫んだ。室内の照明は落とされ、屋外の星明かりは頼りない。
怪盗が、手近な燭台に火を入れる。ぼんやりと、仮面の顔が浮かびあがった。
「大富豪ともあろうものが、集めた宝飾品がすべてレプリカだって? どうしたわけかい!」
沈黙では切り抜けられそうにない。こちらは舌打ちする。
「レプリカであっても、宝石は宝石だ。シャンデリアもその他の装飾品も、高名な作家に作らせている。品物は上等。貴様らのような懐古趣味の連中には、アンティークだとか来歴ばかりが美しい、ガラス玉がお似合いだがな」
精一杯、激しく言い返す。怪盗は、鋭い目でこちらを一瞥した。
「……震えているな? 私は殺しはやらない主義でね。安心したまえ」
「そんなことは分かっている」
「では、なぜそんなに青い顔を?」
こつ、と足音を立てて、怪盗が近づいてくる。
とたんにこちらは冷や汗が吹き出した。
「来るな!」
「なぜだね? 私は君に危害を加えない。まぁ、空振りの腹いせに、三流新聞にでも、ここの富豪はニセモノ宝飾品をつかまされている、所詮はシロウトとでも書かせるかもしれないが。それにしても、君のその恐怖は、どこから来ている? それを聞くまで退かないよ、私はこう見えて好奇心が旺盛だからね」
怪盗は室内の椅子に腰掛けた。磨き込まれた木の椅子は、素人目には、高価なアンティーク品に見える。だが、作らせた本人と、おそらく目の前の怪盗には、これがごく最近作られたものだと分かっていた。
観念して、正直に答える。
「見るからだ」
「うん?」
「ぼくは、幽霊を見る。古いモノには歴史があって、かかわった物事を覚えている。だから、ときおり、しんだひとがモノにまとわりついているのが、見える」
「んん?」
バカにされると、思ったのだが。
怪盗はこちらを見て、ぱん、と手を打った。
「そうか。それでその反応。私のことはどう見えるかね? たくさんの幽霊が?」
頷くしかない。
見たくないが、どうしても視界に入る。
「私は、人を殺していないよ」
「知っている。だからそれは、怪盗が触れたモノたちにまとわりついている、ナニカたちだ」
「面白い。では、君で二人目だな。私も幽霊を見る。アンティーク品の妄執を集めて、ときどき追い払うだけの仕事をしている。実に健気で、しがない怪盗なのだよ」
バカにされている……そう感じて顔をあげると、怪盗は、眉を下げて唇をゆがめ、困ったような様子であった。
目が合うと、相手は、にいっと笑う。
虚実が掴めなくて、こちらは足元がふらついてしまう。
「君。手伝ってはくれまいか? 私は自由気ままな怪盗だが、今の雇い主が乱暴でね。呪いの品ばかり集めている」
「雇い主?」
怪盗が、うやうやしく頷いた。
「すべては我らがレディのために」
「! 女王が?」
他ならぬ、女王のためならば。と、怪盗への協力を承諾する。当たり前のような忠誠心、そのように……見えていてくれればよいのだが。
これまで成金と呼ばれるほど稼いできたのは、あちこちの爵位を買えるだけ買い、のぼりつめるため。
女王に、直接まみえる手段を得るため。
女王の身代わりにされたぼくの妹。
ぼくは必ず君を取り戻すから。
女王の城の中、幽霊たちに囲まれて泣く君を、今度こそ置き去りになんてしないから。
「しかしそれにしても君。幽霊ばかりに縁があるようだが」
怪盗が探偵のように呟いて、腕組みする。
「君の後ろに連なる幽霊たちは、女王陛下の顔によく似た人々のようだけれどね。あぁ、誤解であればすまないね! これでも私は、人の顔貌を忘れない方ではあるのだが、たまには外れることもあるだろう」
怪盗はふと声を潜めた。
「君は、自分の後ろにいる幽霊のことは分かっているかね?」
「えぇ、まぁ」
「心配そうに君を見つめているじゃないか。皮肉なことに、彼らは君を気にかけ、君は彼らを疎んじているらしい。まぁ、今は何も探るまい! 今宵はよき商談となった」
友好の証にと、互いの持ち物をひとつ交換することになった。
案の定、怪盗のくれた時計はよその子爵の紋章入り。こちらが盗賊と疑われかねないので断った。そもそも、何もとりついていないものがいい。
では真新しいニセモノでも持ってくるよ、と、怪盗は告げて立ち去った。
#ヘキライ
第56回お題「皮肉だね」




