残土
残土
薄暗い土間に膝をついて、それは言った。
「白状いたします、どうかお許しを」
しろい手の甲が、泥で汚れている。先ほどまで、見知らぬ男と取っ組み合っていたからだ。
「あなた様のお疑いになるようなことは、けっしてございません」
確かに十数年、彼女は我が家の飯炊きや仕事を手伝ってきた。野良仕事には細い体が向かなくて、野山であけびや他の蔓を探しては、カゴなど編んで、町へ出る者に預けて、日銭に変えてきた。真面目な働き手であり、よき夫婦のようなものであったと思う。
「しかしな。毎回、日銭の一部を持ち出して酒を買い、祠にやるだけならと許してきたが、今日は男が来たではないか」
「あれは、父です……」
毛深き男は、途中で完全に狸になり、また人に化け直したりして、娘と喧嘩して帰ったようだ。
「父は酒呑みですが、人から酒をぬすむのはよくありません。私が出稼ぎして届けているのです」
最近カゴが思うように売れず、酒を運べなかったため、父狸が来てしまったようだ。不埒な狸で申し訳ないと、娘は頭を下げている。
さて困った。とりあえず土間から立ち上がらせ、手足を拭わせる。
「仕方ない、君の父には、次会ったときにでも文句を言おう」
十数年の間、一度も化け損なっていないとは言えない、だから狸だということは知っていた。もし、知られたと気づいた狸が逃げてしまったら、さみしいではないか。
「まあ、夜も遅い、一晩寝てから考えよう」
土間に残った乱闘のあとも、明日片付けてしまおうと思った。
300SSのお題「酒」になりそうで微妙な長さだったので、先に流します。
 




