追われる迷子のちょっとした帰宅について/わたの原
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お題は雲
追われる迷子のちょっとした帰宅について
闇雲に走り回っていたら、方角を見失った。真っ暗な場所だ、もうどこから来たのか分からない。
ゔおおお、と、怖気をふるう声が聞こえる。
「あれが死神? 可愛くなきゃ子どもがついていかなくない?」
軽い足音がして、上から誰かが覗き込んでくる。
「見ぃつけた!」
桃色の杖を振って、真っ黒い塊がニイッと笑う。
「おうちにお帰り!」
突き飛ばされて、足がよろめく。地面がない。
落下していく。息がこぼれた。真上に白い雲、夜の地上から、ビル群の明かりを吸い寄せて輝いている。
どすん! 尻餅をついた。懐かしい我が家、我が布団が、体をそっと抱きしめる。まだしぬには早いから、もう少しだけ地上でお休み。
わたの原
浜辺の舟に、子犬がいた。舫がない。急いで子犬を捕まえたが、潮流が早く、もう岸が見当たらない。
漆黒の海原に、銀色がきらめいた。月明かりが、海を銀魚の群れのように光らせる。
海面に、美しい単衣姿のむすめが立っていた。手には鈴。凪いだ中、鈴をちりとも鳴らさない。
帰りたいか、と、紅を引いた唇が問う。
どう答えたものか、迷う間に、胸元の子犬が、きゃんと吠えた。
むすめが、仰向けに海中へ落ちる。広がった黒髪の隙間から、大きな鮫が顔を出す。
慌てて、舟にあった木切れで水をかいた。鮫が身じろぎして、波が起こる。雲居めいた白い波。
子犬と共に、波に乗って陸に打ち上げられ、そのまま逃げた。




