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渡し舟
第三十四回のお題「渡す」参加。
「渡し舟」
オリジナル
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ギイ、ギイ、と木舟が軋む。曇天の下、川岸は霧に囲まれ、頭上と川面しか見えなかった。
木舟の舫を解きながら、男が振り向く。乗せてと伝えたいのに、声が欠片も出なかった。
「乗りたいのか。金は?」
首を振る。花摘みの途中で逃げ出したから、花以外持っていない。
「渡し賃はそれでいい」
男に花を渡す。柔らかな花弁は、宙に舞うとすぐに崩れる。
男は微笑み、真顔に戻って花を懐にしまった。
乗せてもらった木舟の上、時折、水音に混じって笑い声が聞こえる。新しい人生が選べるのに、元の体に戻るの? 変な子。
変でもいい。大事な人達に会いたい。永遠の命の花なんて食べたくない。
木舟は静かに、元の世へ。




