コールオン
ヒゲをそよがせて、龍は宇宙船内を泳いでいた。小型船だが、その気になれば壁などいくらでもすり抜けられる。たまにぶつかるのも一興だ。行き当たったドアが開いて、子どもが出てくる。子どもが目を丸くして「玉竜、何してるの?」と言うので、いつも通りと応答した。暇なので実体をほどいて昼寝してもいいのだが、こういう日は何か起こる気がする。ほら、船の人工知能が何かのコール音を拾った。龍はコールに応えるように、子どもを急がせた。
少女は船内の別室に移動しようと、通路に出た。出た途端、青緑の細長い、体表に鱗を並べた龍に出会う。いつのまにか住み着いた居候だ。少女の記憶にある限り、船の前の持ち主たる祖父がこの龍と知り合いだった様子はない。少女にだけ話しかけてきた龍は、彼女の遠い先祖と名乗った。今日も暇そうに船内を泳いでいたが、何してるの、と聞いてみた。この同居人は、たまに、船の綻びを見つけたのに教えてくれるのを忘れていることがあるのだ。今回は違うらしい。呼び出されているぞと言われ、少女は慌てて、船の小さな管制室に向かった。
船を動かす頭脳は古い人工知能で、たまにオンラインで情報更新するが、たいていはオフラインでのんびりと船の運航を行なっている。今日は珍しいコールがあって、船の今の持ち主である少女に判断を仰ぐべく、アラームを鳴らした。船が少し傾いて、軽い重力制御装置も揺らぐ。船霊を祀った小さな棚から、ぱさりと紙片が落ちた。船の人工知能は、船と同じ名前で呼ばれていた。船霊を祀った時から、船の名前は決まっている。持ち主である少女が生まれるよりもかなり前。船に届いたコールは、そのくらい古いものだと思われた。つまり、過去の通信だ。船の中で少女が解読内容を読みあげる。「運んでほしいものが、あるんだって」けれどそれは過去からで、この船は時空間を高速移動することはできないから、きっと辿り着かない。「宇宙暦が書いてある……ちょっと昔すぎるね、場所もすごく遠いみたい。返事だけ、返しておこうか」「繋げてやろうか?」少女についてきた龍が、軽く尾を振る。時間も空間も、座標を圧縮して同時に見通せる等という居候だが、船は少しだけ龍をおそれている。落ちていた船霊の祝詞の紙片を、少女に拾わせて元の場所に戻させてくれたけれど、たぶん、そういう、紙片の持つ意味や、大昔のことを知っている、大きなもののカケラだと感じている。船は自分がそんなことを「知っている」のを少しだけ不思議に思う。人工知能か、船霊か、自分が何なのか曖昧だけれど。少女が、龍に「今日はいいや。この返事が届いた方がよければ、どこかできっと届くよ」と応じる。そうして彼女は頼むのだ。船の人工知能に対して。未来の日付と遠い場所を添えて、辿り着かないことを詫び、安寧があることを祈る言葉を。それは安らかな言葉。人工知能は丁寧に通信文をしたため、コールのあった向こうへ送り返した。
お題的なもの。600〜1200字、三人称限定視点で視点を次々きりかえる。
先日の折本の宇宙船。https://hswelt.booth.pm/items/3994629本編は出してない。
 




