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帰り道には気をつけて

 噛まれたらしい。

 昼間の繁華街はそれなりに賑やかだが、定食屋から出た途端に悲鳴があがるのがよく聞こえた。何だなんだと一瞬顔を向けるが、皆、よく分からないまま首を傾げて通り過ぎる。大したことはなかったようだ。

 と思ったら、行く道に誰か倒れている。血まみれだ。すぐ近くの店の主が、噛まれたらしいよ、と他人事らしく囁いた。反対側の電柱の影で、違うんですと呟いている不審者を見つける。

 不審者は、違うんです本当に、こっちが被害者なんだから、と繰り返しているが、うだつの上がらない不良中年の言うことなど、なかなか信じてもらえまい。

 倒れているのは若い女性だ。血まみれで、意識はなさそう。不審者の胸の染みは無論返り血だろう。

 道端で急に襲いかかる上に食べ散らかすとは、何てやり方の下手くそな吸血鬼だ。女性の側に転がっている細いナイフのことはとりあえずスルーする。どう見たって女性が持ち出したように見えるけど。護身なのかもしれないし。

 さて、と携帯端末にて画像取得。

 然るべき機関に送っておかなくては。

 警察はもう呼んだよと店主が言うが、そっちじゃないんですよと応答する。

 どんな奴にだって弁護が必要。弁護士じゃないけど。

 希少幻想生物の保護も、世界の多様性のために必要なわけで。

 不審者が、こちらに気づいた。あ、の顔。勘づいたらしい。良い子だね。手を振ってやる。

 不審者が抗弁した。貴方も見れば分かるでしょう、吸血鬼に対するハラスメントを受けたんです、という叫びは、たぶんこれから近くの監視カメラ等々の記録から明らかにされるはず。

 だから大丈夫だよ、ご同輩。



 噛んだなんて、冗談じゃない。痴漢だった。そうされた。噛んでほしいと頼まれたのだ。見ず知らずの人間に急に触ってと言われるのは、犯罪に遭遇したとして叫んでもいいのに、こちらが吸血鬼というだけでなぜ一方的に加害者扱いなのか。車と歩行者のように力関係があると見なされるからか。保険会社の出番だ。

 と思ったが、携帯端末を取り落とした。手が震えている。この国で人の血を吸わされるのは何年ぶりか。普段は牛乳やヨーグルトを嗜んでいるので、鉄臭さに眩暈がする。

 噛んでないよ、向こうが勝手に、自分で自分を傷つけたんだ。私は近道しようとして繁華街を抜けただけで、この女に追い縋られた。貴方吸血鬼ですよね、影が薄いし、蝙蝠と話してた、って言われても困る。影が薄いのはずっと前からで、だから職場でもいるのかいないのか分からないとよく言われる。蝙蝠は、さっき落ちていたからだ。暑さで参っていたのだろうから、水をやって日陰に置いてやっただけ。吸血鬼という証拠はない、はずだ。

 私が吸血鬼でなかったなら、どうなっていたことか。

 ただの愉快犯だ。人の目の前で、自身をナイフで切りつける奴。血を飲んで眷属にしてと叫ぶ変態。

 吸血鬼相手でも愉快犯で、最悪の痴漢だけれど。

 周りに、助けてくださいと訴えたが、近くの店から出てきた店主は、待って、という仕草をして警察を呼んでくれた。それはそうだけど何か違う気がする。一応、血を浴びせられて飲んでしまったよしみで、女の傷口は手当てしたから、命に差し障らないと思うけど、呼ぶのなら救急車が先ではないか。

 眷属にするんでしょ、と店主が言う。眷属なら死なないじゃん。死んでるならどのみち警察呼ばなきゃだし。

 とんでもない。眷属だなんて、そんなの望んでいない。信者の押し売りはごめんだ。若い女性などの間に、不老長寿で美しく、みたいな信仰があることは知っている。でも、まさか自分が遭遇するとは思わなかった。

 もう一人、店主の隣で立ち止まる。新たな通行人だ。

 違うんです、何もやってない、こっちが被害者なんだから、と言い募ると、手を振りかえしてきた。

 何だあいつ。

 唖然とする。

 あいつ、保険屋じゃないか?

 緊急時に備えての、幻想生物向けの保険。掛け捨てのやつ。会社で、一括で入らされたっけ。

 まさか何かの罠なのか? いや、罠なら、保険を使う機会を作ることは、ないだろう。たぶん。きっと。

 それにしては、保険屋は、それはそれは凶悪な笑みで手を振るのだ。

 ご同輩、吸血鬼のよしみでお助けしますね、と。

お題的な何か。

遠隔型の作者か取材・報道風の声と、当事者。

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