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ぼくの白いこ

初出・七歩さんの「猫本」(にゃんぽん)に参加しました。+オマケ。

ぼくの白いこ


 きれいな縞柄の一張羅で、ぼくは今日も散歩に出かける。すてきなお召し物ね、って、真っ白な君が微笑んでくれるから、ぼくは今日も、あの家の窓辺に近づく。

 限られたニャ音で話しかけると、君が笑う。ぼくは長いしっぽで窓をはたく。君はきらきらした夏空みたいな目でぼくを見る。

 何を話そう?

 でも残念。

 ぼくは、後ろから近づいてくる、付近のボスの気配を察知して、冬の、花や草のない路地に逃げ隠れする。

 明日はボスが出張だから、もう少し長くお話できるのを楽しみにしよう。(ボスは旅行かな? 家のひとが、彼を入れるケージを用意していた)

 君はいつまでも若く美しい。ときどき、あの白猫は生きてないって、ボスに言われる。あれは生き物じゃない、って。

 でもぼくは思うんだ、君の眼差しはほんものだし、ぼくの気持ちもほんものだって。

 ぼくはしっぽを高くあげて、曇り空の下を走っていく。


縞のひと


 あのひとが来るのを待っている。曇り空の下を、しっぽを立てたあのひとが通る。きっと私のことなんて見ていない。きれいで若い、うちの三毛猫ちゃんを見にきているの。

 私は、ご主人が小さい頃からこの家にずっといる。ご主人が、生きている猫を飼いはじめたのはごく最近。

 縞の猫が窓の外を歩くようになったのも、最近のこと。

 撫でられて磨り減った私の毛は、すっかり日差しに焼けている。自慢の白さも今は昔で、私はぼんやりと外を眺めている。

 うちの三毛猫ちゃんや、すてきな縞のひととお話するのが、楽しみの一つ。


わたしは三毛猫


 わたしは三毛猫。育てのおかあさんは白猫だけど、生きてない。ぬいぐるみって言うんだって。

 うちの小さいのが、ちゃんと小さかった頃、わたしを拾ってこの家に置いてくれた。わたしはまだ小さかったから、夜中は寂しくてたくさん泣いた。昼間はみんな出かけていくから、わたしは一人でお留守番。

 泣いていたら、小さいのが、白猫のおかあさんを呼んでくれた。

 おかあさんは優しくて、いつもわたしを見つめてくれる。悲しいときも、嬉しいときも。トンボを捕まえたときは、おかあさんだけがほめてくれた。

 最近、わたしの大事なおかあさんのことを、ボス猫と縞猫が狙ってる。

 やだやだ、わたしのおかあさんなのに。

 窓の外を眺めるおかあさんは、少し寂しそうだから、話し相手がいるのは、いいことなんだろうとは思うんだけど。

 ね、おかあさん。


ボスの憂鬱


 いつもの道を散歩する。天気は悪くない。湿気でヒゲがちりつくこともない、きわめて快適。足裏がひたりひたりと地面を掴む。

 小さな店のガラス窓に、白地に黒ぶちの、立派な体格の猫が映る。あれは自分の姿が映り込んでいることを、もう知っている。知っているが、ことさら悠然と歩み去ってやった。

 異変もなく、穏やかな日より。塀の上にのぼって、優雅に尾を天へ立てる。

 若い縞猫が前を通る。ふわふわした足取り、危なっかしくて見てられない。

 すぐに目の前の蝶や虫を追っかけて、ここが塀の上だってことを忘れてしまう。

 ボス猫は顔をしかめる。

 あいつは、おれの若い頃に少し似ている。ふわふわして毛玉みたいで、手足がひょろっとして、喧嘩に弱い。他の猫に会うと、背中の毛を逆立てて逆走する。逃げっぷりがよすぎて、おれの若い頃を知るばぁさんたちから、そっくりちゃんと呼ばれてるのを、あいつはおそらくまだ知らない。

 実のところ、あいつは、おれの子かもしれない。と、思うこともあった。あいつの母親はもういないし、いたとしても、わざわざ聞いたりするなんてことはできやしない。

 でも。色や柄は違うけれど、あいつはおれにそっくりだ。

 今もそう。

 おれが小さいときに話しかけてくれた、近所の窓辺の白猫さんに、あいつは懸命に話しかける。惚れてるのかもしれないが、あのひとはきっと振り向かない。来てくれって言ったって、勝手口から出るどころか、窓辺から離れることもできないんだ。あのひとは、ぬいぐるみってやつだから。

 ぬいぐるみでも、たぶんぬいぐるみの命がある。優しい目でおれを見て、微笑んでくれる。今でもそう。大きくなったのね、って。あぁそうだ、おれは大きくなった。ちっぽけだった猫は、今ではすっかり大きくてふてぶてしい。

 縞のあいつが、よその猫に威嚇されている。また、だ。

 おれも耄碌したもんだ。若いもんの喧嘩は、若いもん同士に任せておけばいいのに。体がうずいて仕方ない。

 縞猫がずたずたに裂かれる前に、やつらの間に声をかけた。

 何でおれに助けられたのか、あの縞の猫は分からないだろう。

 分からなくても、おれは助ける。

 あのひとのためにも。

 だってあのひとも、話し相手が減るのは、寂しいじゃないか。そうだろう?

 おれは今日も、パトロール。

 この辺りの安全は、おれが守る。


ほかの場所にも再録しています。

https://note.mu/hswelt/n/n0d0f577b7740

https://kakuyomu.jp/works/1177354054883059574

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