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迷子の迎え

手慣らしに。あるかもしれない可能性。


初回掲載日:2017年 12月31日 11時00分

銀月の一族番外編の移動。

「よ、どうしたこんなところで」

 いつもと同じ、革のジャケット姿で、須条が片手を振っている。

 こんなところ?

 初詣に向かう途中だったのだが。

 石段の途中、日向は首をかしげる。辺りは暗く、日のあるうちに外に出たのに、元旦はとうに過ぎたらしい。

「どこから覚えている?」

「分かりません……分からないことが今分かりました」

「そうか。まぁひとまず間に合って良かった、といったところか」

 苦笑してから、隣を歩いていいか、許可を求められる。そんなの、いいに決まっている。

 ずっと、憧れの、歌を歌うひとだったので。

「歌だけ?」

「だけ、じゃないですけど」

 どうにも気恥ずかしい。

「だって、知り合って間もないじゃないですか」

「そう?」

「あ」

 日向は言い淀む。軽く促されて、唇を噛んだ。

「……私じゃなくて、シズクの話、ですか?」

「その話はしてないけど」

「知り合って間もないでしょう、私と貴方は。そうじゃないのは、シズクと、貴方」

「厳密には、それは俺じゃないんだな」

 手を繋いでもいい? と気軽に言われて、日向は瞬く。

 初めて、みたいなものなのに。

 それほど、親しい距離ではないのに。

 ずっと、憧れてもいた、歌い手のひと。

「何か悔しくなってきました」

「何で泣くの。嫌なら無理は言わない」

「嫌じゃないんですけど!」

 どうしよう。これは、わがままだ。どんな経緯だって、触れて、話せるのなら、それも一つのチャンスなのに。

 許せない。

「シズクの代わりなんだったら、嫌」

「俺は、シズクの知ってる須条実臣じゃない」

 君と同じようなもので、さみしい記憶は引き継いだけれど、まあ、遠い幻のようなものだ。君と違って、シズクみたいに人格を分かつほど、きちんと認識していないだけで。

 秘密をこぼすように、彼はそっと呟いた。

「? そうなんですか? よく分からない……私はシズクのこと、私じゃないって思ってます」

「そう。君はシズクを、別個体だと認識している。だから受け入れられない。そして君の相棒は、過去を個人として扱うようでありながら、自分のことだと認識している。意外と対応が真逆だなと思うよ」

「裄夜とキセのこと? 裄夜は、ちゃんとキセと話をしてるし、受け入れてるみたいなのに」

「別個体として振る舞っているけれど、おそらく、自分の一部としてみなしている、と俺は思う。都合良く呼びつけたりして、使うところが。身内への甘えというか」

「都合良く……」

「しかしその論でいうと、俺はかなり甘えられているのかな」

 さて、と須条が片手を差し出す。ごく自然に。

「お嬢様、ここは暗うございますゆえ、どうかお手を」

「んん……そんな言い方しなくても」

 触れるだけの、日向の指先を、須条はさっと掴んでしまう。一瞬つめたくて、でも、すぐに熱い。

「ここは、どこなんですか?」

「さあどこだろう。何をしていたか覚えて?」

「全然」

 果たして本当に、初詣に出かけたのかということさえ、記憶が曖昧でぼやけている。

「これ、私だけなんですか?」

「これ、というのは?」

「迷子になってるっていうか。今までだったら、たいてい裄夜か誰かが同じようなことになってるか、お互い救助に行ってたっていうか」

「あぁ……誰にも気付かれずに一人だけ連れ出されるわけがない、ということか」

「買いかぶりかもしれませんけど……誰か、一人くらい来るか、私が助けに行けるんじゃないかなって」

「その、助けに来た一人が俺だとしたら?」

 ならばいつもと同じ夢だよと、須条は呟く。

「夢、なんですか?」

「さあ。俺の夢かもしれないし、君の夢かもしれないね」

 不安になるだけ、日向の周りの闇はざわめいて、体が飲み込まれそうに思える。

 石段はどこまで続くのだろう。


「これが君の夢」

 須条が指差す。石段の果てに鳥居が見える。

「大丈夫、君は戻れるさ。次へ進むために」

「……そう、ですか?」

「どこへつなげたい?」

 そういえば、と日向は思い出した。このひとは歌い手だけれど、それ以前に……それ以後なのか……術の使い手でもある。これはシズクの記憶。日向はほとんど明確に、シズクと己を分けている、とかすかに自覚した。

「つなげられますか? 好きなところに」

「まぁ縁のあるところへならば。異界経由であっても、外すと痛い目を見るから、できれば知っている場所が望ましいな」

「……もう、つながりました」

 聞こえないように目一杯声をちいさくして、日向は俯く。

 聞こえてしまったのかどうか、須条が、繋いだ手を大きく振った。

「叶えられることなら、叶える。望みをどうぞ? お嬢様」

「あっ……待って待って、今気づいたけど、これって私の夢? 私、こんなこと考えてない! 恥ずかしい!」

 突然羞恥が戻って来て、日向は叫んだ。手を繋いで初詣に行きたいとか、そんなことを望んだことになっているのか、いやそんなことは。ないとは言えないが、しかし。

「うわあぁん!」

 叫ぶ日向に、須条が大笑する。

「大丈夫、また会えるさ」


 駆けてくぐった鳥居の向こう、いつもどおりの人ごみで、日向は数度瞬いた。

 戻ってきた。

 これは、年末年始の、買い出しの途中だ。

 思い出した。

 せめて昼寝の途中だったらよかったのに。

「中津川さんどうしたの?」

 買い物袋をさげた仲間に呼ばれて、日向は俯く。

 どんな顔をすればいいのやら。

「異界に、迷子になってきたみたい……」

「へえ」

 何かの比喩だと思ったのか、それ以上は何も聞かれない。

 ただ、熱の名残りが指先にあるだけ。

 日向は手を握りしめてから、雑踏の中を歩き出した。

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