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りんご飴

テキレボアンソロジー参加。

少し未来

http://text-revolutions.com/event/archives/6390


初回掲載日:2017年 11月26日 18時00分

銀月の一族番外編の移動。

 下校途中、ふと気づいたら石段の前に立っていた。浴衣や甚平姿の子どもたちが道を横切って、石段を駆けあがる。

 祭りだろうか。夏の慰霊祭も、秋の収穫を喜ぶ祭りも、とっくの昔に終わった気もする。

「何の祭りだろうな」

 町内の掲示板らしきものには、何の張り紙も出ていなかった。

 急に太鼓が鳴り響き、笛の音が歌い始めた。

 祭囃子は、妙に胸を騒がせる。笑い声や、手拍子まで降ってきた。

 気になるので、石段を登ってみる。

 左右にかけられた提灯は不燃性のもので、中身は電球だが、暗がりにぼんやりと浮かぶさまは異界のような風情がある。

 境内には所狭しと屋台が出ていた。イカ焼き、とうもろこし、綿飴、甘い匂いと醤油の焦げた香ばしさが煙たさと共に広がっている。

「飴でも食うかい、ぼうず」

 屋台から呼びかけられて振り返る。呼びとめられた他の子どもが、りんご飴をいくつか買う。甘酸っぱい匂いと、食べているときの音が気になって、自分も買い求めることにした。

 これまで赤いりんご飴は、中身が少し軽い、さくっとしたものしか食べたことがない。だのに、小型冷蔵庫から取り出された飴はキンと冷えて、歯を当てるとぱりぱりして、りんごに触れるとしゃきっとみずみずしい。飴よりもずっと甘い。真冬のりんごみたいだ。

 冷蔵庫の中で黒いモップみたいなものが瞬きしている。美味しいと伝えると、くるくると回る。行商人は素早く冷蔵庫の扉を閉めた。

「今日は何の祭りなんですか?」

 普段ならあえて聞かなかったかもしれない。けれど、場の楽しげな空気に流されて、つい口にしてしまった。

 太鼓が激しく打ち鳴らされ、銅鑼まで囃子に参戦して、なかなか会話もままならない中、返答があった。

「そりゃあ、御祭神さあ。年に一度の、結婚記念日だよ。誰とは、御名は言わぬものさ。皆が知ってる方だからね」

 屋台の行商人は、歯をむき出して笑っていた。


 案の定、石段を下ると、祭り囃子は聞こえなくなった。

 かじったりんご飴を手に、見慣れた道に戻る。路面は舗装され、散歩する人間の影はヒトの形。さっきみたいに、うねうねとさまざまな形を取ったりはしない。

 帰宅すると、なぜか戸口に母親が立っていた。まずい、と無意識に足が止まりそうになるが、悪いことはしていないのだ、逃げるのもおかしい。

「どこへ行ってた?」

 母親は軽い口調だが、どうしても剣呑さがのぞいている。金色を帯びた目が、言い逃れを許さないとばかりにこちらを見つめた。

「あー……ちょっと屋台をひやかしてきた」

「屋台、ねえ……」

 視線が手元に落ちてくる。りんご飴の棒。棒にくっついて残った、わずかなりんご。

「まぁそういうことにしておこうか」

 母親のひと睨みで、肩についてきていた何かが転がり落ちて、夜道を泣きながら帰っていった。

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