魔除けの品は
初回掲載日:2017年 07月23日 22時00分
銀月の一族番外編の移動。
何の役に立つのかは分からないが、気軽に預けられたので何の気なしに受け取ってしまった。ぶさいくなぶたのぬいぐるみがついた、ストラップ。せっかくなので鞄につけた。浩太さんからだと、逆に誰かの恨みをかって呪われたりしませんよね、と失礼なことを呟いてしまったのだが、浩太は笑って、まぁいざとなったら何でも跳ね返せるよとは言っていた。呪いについては否定しないのか。
ともあれ日向は、今、あの小さなぬいぐるみの存在に救われている、たぶん。
ひいい、ひいい、と巨大な鳥(ダチョウに似ているが、人面である)が喚きながらこちらをつつこうとするが、間一髪紙一重で攻撃は届かない。薄皮一枚の白い光が、ほっそりと、日向とダチョウもどきを隔てている。
おそらくは、浩太のくれたぬいぐるみの、結界能力のおかげである。
しかし防御はできているが、徐々に薄皮は削れているように見受けられる。
日向はにじりながら塀沿いに逃れようとするが、ダチョウもどきは一緒についてくる。
吠え声がして、それがどこから聞こえたのかを確認するよりも早く、黒犬が現れてダチョウを押し倒した。日向の有事を察知したのか、たまたま脱走中だったのか、中城の屋敷で飼われている黒犬が、勝手にここまで駆けてきたらしい。ダチョウの悲鳴。近隣の窓やドアが音を立てる。何事かと、人が、顔だけ覗かせる気配。
日向は慌てる。
「クロ、行くよ!」
ダチョウが近隣の人間を襲う可能性もあるが、自分一人で戦うのは分が悪い。いったん逃げて、人を……キセだとか、こうした怪異と渡り合えるひとを呼んでくるべきだと思った。
クロは少しだけ不満そうに振り向いたが、一声吠えると、一気に日向を抜いて走り出す。
日向はクロを追いかける。
背後から迫る気配。ダチョウの、よだれと鼻水を垂らしながらのうめき声が、どんどん近づいてくる。
「うわあぁあああん!」
中城の屋敷に飛び込むと、うるさかったのだろう、玄関先で金魚の入った瓶を覗いていたキセが、いやな顔をした。ひどい。
「へんなひとがついてくるの、へんな、ひと? 人じゃない! けど!」
とにかく追いかけられたのだと説明する。
キセは億劫そうに、敷地の外を見やる。
人面のダチョウはすでに追いついて、ひっそりと門扉の外で待っていた。
「用があるそうだ」
「あれ、ものすごい勢いで追いかけてきたよ、絶対危ないってば、やだ、何で押すの、やめてやめて」
肩を押して、キセがうまく日向を誘導する。魔法みたいに、逃げ場を失った日向は自分の足で敷地の境まで戻ってしまった。
人面のダチョウが、もごもご、と口を動かす。
食われる? でもシズクもキセも、反応しない。何でだ?
「手を、出してやれ」
キセに言われて、日向は首をすくめる。だって怖い。
キセがため息をついて、日向の肘を軽く押した。
境のぎりぎり外に、日向の手が出る。
その、広げた震える掌の上に、ぽとん、と、何かが落とされる。
ダチョウが持っていた……くわえていた、もの。
唇の動きが、はっきりと見える。
おとしもの、ですよ。
「え?」
掌に残されているのは、浩太がくれたぬいぐるみと一緒についていた星飾り、そのキーホルダーの金具。
「えっ? 襲いかかってきたわけじゃないの?」
「親切な拾い主相手に、食われると誤解したわけか」
キセが呟くので、振り向いて睨んでおく。
日向は少し考えてから、鞄からコンビニ菓子の袋を取り出した。さっき買ったばかりの品だ。
「拾ってくれて、ありがとう、ございます。いきなりだったからびっくりしたので、逃げちゃったけど……気を悪くしないでもらえると、いいんですけど。これ、ふつうの、ドライフルーツなんですけど、よかったらお礼に」
ダチョウはにこっと笑って、口で袋を受け取った。
すたすたと来た道を戻っていく。
「浩太さん。魔除けだったら、ストラップのチャームだけじゃなくって、金具とかにもかけといてください」
夜、浩太は中城の屋敷でそんな苦情を日向からいただくことになった。
藪から棒に言われた浩太は、事情を問わず、少しだけ考えて、
「まぁ、チャームだけに、魔法はチャームにしかかかってないってね
と余計な一言をもらし、日向にすねを叩かれた。




