かどわかし
銀月の一族の、少し未来の短編。べったにメモしていたものです。
初回掲載日:2017年 07月23日 20時00分
※
本編の中で、後ろに章を作っていましたが、本編を書き足すために割り込み投稿するのがたいへんなので、とりあえずこちらに再回収します。
かどわかし
境内から出られないことに気づいたのは、三周ほど回ってからのことだった。
少女はセーラー服の襟下から、スカーフを抜き取る。拳にぐるぐると巻き付けていると、境内の松から何かがぶら下がった。
「申しそこのかた、」
話しかけられたが、無言で、スカーフを巻いた拳で殴りつけた。
「何をするんですかあ!」
「変質者がやかましい」
「わたくしは被害者なのでございます、ぎゃあ」
もう一発打ち込むと、黒い羽を散らして、塊が地面に落ちた。
「三枚羽のカラスか」
「そそ、そうでございます。黄金の方」
薄闇の中、少女は目を細める。熾火のように金にも見える、虹彩の色は、親譲りだ。親、と呼んでいいものかどうかは、分からないけれど。
「つまり、誰なのか分かってて閉じ込めたわけだ?」
ごきり、と指を鳴らした女学生に対して、カラスは哀れなほど羽を打ち鳴らして地面をのたうった。
「わたくしは被害者なので、す、」
「どこが、どう」
くちばしを開閉して、カラスは少女を見上げ続ける。
少女は大きく肩を回した。カラスが首をすくめる。
「閉じ込めたのは、お前じゃない、ということ?」
「はい、はい、そうでございます。黄金の方」
「その呼び方どうにかならないかな……いや別に名前を教えるつもりもないから。名乗らないでね、聞くつもりもないから。そうやって勝手に眷属になろうとされるのもうんざり」
カラスがしょんぼりと頭を下げる。少女は舌打ちしてから、素っ気なく聞いた。
「お前、そこの松の木に住んでいるの」
「はぁ」
「見た感じだと、首くくりがあって、女に取り憑かれて困ってる、と」
「はっ、さようでございます」
「言っておくけど、お前を助けるわけじゃない。私は、こんなところで足どめを食らいたくない。早く帰らないと、捜索されて、また過保護生活になりかねないから」
ぱし、と、スカーフを鳴らして巻き直し、少女はすたすたと松の木に近づいた。
「ここは神社でもなければ寺でもない。境内に見えるだけで単なる古い石垣。松の木は……あるんだろうけど……」
暗くてよくは見えないが、少女はためらうことなく松の木の前に立つ。
「こういうの、面倒なんだよね……助ける方法を考えるのが面倒くさい。いつものでいいか。成仏できるかどうかは、知らない」
ふと、目を細め、唇に笑みをはいて、少女は松の木に触れた。木は恭しく枝をしならせる。首くくりのあった枝には黒い染み。少女は、笑って。
「見つけた」
枝に体重をかけて、思いっきり引きちぎった。
「ぎゃああ!」
カラスが絶叫する。
「何? お前、松の木が本体なの?」
「違いますけどお! 何て、何て乱暴な」
「だって、さ。こっちの方が早いし簡単」
折れた枝から、ひゅるひゅると黒い靄が立ちのぼる。少女の手首を締め付け始める。
少女は構わず、ぽい、と枝を放り出した。
「燃えろ」
ぱちっと軽い音がして、見る間に枝は燃え始めた。黒い靄が逃げたのか燃え尽きたのか、気づけば枝も靄もない。
「じゃ」
片手をあげて、少女はさっさと石垣を踏んで去っていく。
「慣れない町で近道なんてするもんじゃないね」
「あっ、あっ、お待ちください、お礼ができない……何という方……」
カラスはしばらく地面に転がっていたが、怪異が消えたようなので、羽繕いしてから巣に戻った。
 




