午前三時のご主人様
#ヘキライ 第三回のお題「3時」参加作品を再録。
午前三時のご主人様
奥様は変だ。
「貴方は本当にきれいねえ」
にこにこしていて、悪気のかけらもないことは分かっている。
けれど、人をいろいろと着せ替えようとするのは、迷惑な趣味だった。
「こんなのも似合うんじゃないかと、思うのだけれど」
豪奢な絨毯や壁掛けで小さな空間を区切り、ここはまるで秘密基地のよう。
人目をはばかる必要はないが、場所が場所だけに、あまり広げることもしない。
……狭いので逃げ場がない。
「奥様、そろそろご主人様がおいでになりますよ!」
「あら。わたくしたちの可愛い魔神ちゃん。ラマンシュの何がこわいの?」
ご主人様より貴方のほうがこわいんですけど。
魔神ゆえか、歳の割に細い自分の腕を、奥様から取り返した。ごてごてした金の飾りも取り払う。
「はっは! そら見たことか、そいつは飾りなどないほうが美しかろう。若さも美しさの一助であるし。なぁ坊や」
耳を圧するような大声がした。垂らされた布をくぐって、美髭の偉丈夫が入ってくる。
「ご主人様」
魔神が畏ろうとすると、いい、と適当に遮られる。
「さてご機嫌いかがかな、我が麗しの奥方」
「あら、こんなにもわたくしを待たせて。悪い方。星でもおとしていらしたのかしら」
始まった。魔神はそそくさと隅に座る。
盃を二人に渡して、夫婦が楽しげに語らうのを横目で見る。
この夫婦は、遠距離恋愛、というのだそうだ。よく分からない。
奥様いわく、「とってもとおーっても、遠いところよ。時空間を改変しなければ、とても近づけないの」ということらしい。よく分からない。
ちなみに、向こうの時間では、確か、夜中の三時だそうだ。この時間が、いちばん接続がよいのだという。何を接続するのか、よく分からない。
「だから、世界と世界だよ!」
「大声出さないでくださいご主人様。っていうか、俺の考えに割り込まないでくださいよ」
のしかかってきたご主人様を押しのける。足元に転がされた、古びたランプを取り上げた。
服の裾で磨いてやる。
「お前は、ほんっとうにそいつが好きだなあ」
ご主人様は、大声をやめる様子もない。
「そりゃあ、俺はランプの魔神ですから」
「まだそんなこと言ってるのか。そのランプはお土産もの売場で手に入れたと、言ったじゃないか。そいつを磨いても何も出ないよ」
「魔神ちゃん、貴方のランプの本体の場所、なかなか見つけられなくってごめんなさいね。この、ランプの中の空間には、うまく繋がるんだけれど。わたくし、技師じゃないから微調整が分からないのよねぇ」
「どうでもいいです」
「魔神ちゃんも飲みなさいよ、でも酒姫の役目は、可愛らしい貴方のものよ!」
「奥様は酔っておられますよ」
ぐふふ、と、美少女姿に似合わぬ笑い声をもらして、奥様は寝そべった。魔神は巻き込まれて、一緒に寝転がされる。
「あぁ楽しい。早く、三人で会いたいわ」
「もう会ってるだろう、三人で!」
「会ってますね」
「やぁね、そういうことではなくて」
あら、でも、何かしら。奥様は呟いている。
目元には涙。
「なぜかしらね……わたくしの故郷では、たぶん、出会えないような気がして。さみしくなっちゃう」
ご主人様が、奥様を抱きしめる。一緒に締め上げられて、魔神はうめいた。
「では、またね!」
夜が明ける前に、夫婦はそれぞれの住処に戻っていく。
魔神は、静かになった室内で、ため息をつく。
早く……会いたいような、そうでもないような。
自分はランプの魔神だから。だから、必要とされたいのだ、決して、彼らに会いたいわけでは、ない。
魔神は片隅にうずくまり、じっと午前三時を待つ。