第1話:女湯、それは異世界・後編
①
「来なさい、聖剣!!」
殺意が溢れるその言葉と共に、フィーレの左手に閃光が走る。
閃光は左手から棒状に集約し、弾けて消えた。
光の後にそこに残ったのはきらびやかな装飾を纏った一振りの剣の姿だった。
女湯で最初に見たものと同じだ。
だが、今はその刃には炎を宿していない。
「せぇぇいっ!」
掛け声と共に繰り出されるフィーレの素早い斬撃が、迫り来る黒タイツを次々と吹き飛ばしていく。
剣先に宿る光が尾を引き、剣筋を宙に描く。
その動きは流麗で、剣術など知らない素人のオレから見ても美しいと思わされるものだ。
「さすがに少しはやるようね」
タイツ軍団の中央で、その様子を悪の組織の女幹部っぽい女が観察していた。
なかなかスタイルの良い女性のようだ。
他の黒タイツと違って鉄の鎧のような装備を着ている。
が、何故かやたらと露出が多い。
頭こそ鉄仮面のような物でしっかりと隠されているが他はめちゃくちゃ開放的だ。
籠手のようなものが腕を覆っているが、肘から上になると肩当てのようなものが付いているだけで二の腕と脇はフルオープンだし、足の装備は「そもそもそれニーソックスだろ!」と突っ込みたくなる程度の範囲しかカバーしていないし思いっきり布だ。
胸当てはまるでブラジャーか、はたまたビキニのように谷間を強調しているし、下もやっぱりきわどいビキニスタイル。
腰のクビレとヘコんだヘソも魅せつけんとばかりに開放されている。
「なぜだ、なぜ色気を追求した!?」
心の声ではおさまらず、俺は思わず声に出して突っ込んでしまった。
咄嗟に口を塞ごうにも、そういえば今も簀巻状態である。
俺の声は聞こえていなかったのか、女幹部はフィーレの観察を続けている。
ならばと俺も女幹部の観察を続けた。
全体的に良く鍛えられて引き締まった身体だ。
特にお腹周りは秀逸で、別妙な加減で割れた腹筋が目を引いた。
決して割れ過ぎず、だが弛み過ぎず、実力派運動部女子を思わせる健康的な色気をそこに湛えているのだ。
ヒップはここからでは伺い知る事ができないが、バストは遠目にも見事な一品だと見て取れる。
フィーレも発育の良いダイナマイトバストであった。
だが、あの女湯で、フィーレには足りなかったものがある。
それは、谷間である!!
あの時のフィーレは一糸まとわぬ完全なオープンスタイル。
そのフルバーストモードの攻撃力は凄まじかったが、それとは違うパワーをこの鎧バストは隠しているのだ。
寄せて、上げる。
その神の与えたもう女のコンボから生み出される究極の深淵。
それが谷間である。
その点で見れば、このビキニスタイルの鎧は何と素晴らしい物なのだろうか。
胸部全体を包み込むようでありながら、谷間が生まれるべき胸元への配慮を怠らず、出すぎたマネは決してしていない。
鎧という豪の物が、乳という柔の物を隠すその様は、まさに相反しあう二つの力が奏でる二重奏。
しっかりと鎧に隠れながらも、その実、自らが巨乳であることをほのめかす深い谷間。
そこには生まれる想像、妄想への焦らし。
答えを隠すチラリズム。
それはまさに追求されたエロスの究極技巧と呼べるだろう。
ええい、誰でも良い!
この際、敵でも構わない!
この鎧を作った匠をいますぐ呼んできてくれ!
その名を教えてくれ!
「……ハッ!?」
間一髪、俺は意識を取り戻した。
危ない所だった。
伝説のスケベ鎧職人の姿が脳裏に浮かび、俺の目の前で手招きしていたが、なんとか振り切った。
もう少しで精神を別次元に連れ去られるところだったぜ……。
もしや、アレは対異性を想定した高度な戦術装備なのではないか!?
「せぇぇいっ!」
気がつけば、フィーレを襲う黒タイツは全滅していた。
この部屋に残ったのはフィーレと女幹部、そして簀巻の俺だけだ。
「残りはアンタだけね」
フィーレが聖剣の剣先を女幹部に向けて威圧する。
「フン。イキがっても無駄だ。この程度の連中を相手に、随分と息が上がっているじゃないか?」
消えてしまった女将の言うとおり、黒タイツ達はただのザコではなかったらしい。
なんとか倒しはしたものの、フィーレの体力は明らかに消耗させられている。
「そんなこと、アンタが気にする必要ないでしょっ!!」
フィーレが躊躇うことなく女幹部めがけて踏み込んだ。
女幹部は、やっとたわわな胸の前で組んでいた腕を解いた。
その両手には、一対の短剣が隠し持たれていた。
フィーレが振り下ろした刀身を、女幹部は短剣を交差させて受ける。
「くっ……!」
「どうした? その程度か?」
ギイン、と短剣がフィーレの聖剣を弾いた。
体勢を崩されたフィーレの懐へ、今度は自分の番、とでも言うように女幹部が鋭く踏み込んだ。
「ぐぅっ、あっ……!!」
間合いを詰められてしまっては、女幹部の素早い短剣の連撃に対して、刀身の長いフィーレの聖剣は不利のようだった。
何とか致命傷は防いでいるが、捌ききれない小さな切り傷がフィーレに刻まれていく。
そうして傷を受け過ぎて集中力を欠いたのか、それとも女幹部の速度についていけなくなったのか、ついにフィーレの剣が弾かれた。
女幹部は容赦なく無防備となったフィーレを襲う。
「終わりだ、勇者よ!」
女幹部がフィーレに止めを刺そうというそんな中、俺は簀巻だった。
……おいおい、これってピンチじゃねぇか!
ダメだ!
と俺の魂が叫んだ。
俺はフィーレを失いたくない。
失うわけにはいかない。
脳裏に焼き付いたあのエロエロボディを、俺は絶対に失いたくはなかったんだ。
ビッターン!
唐突に、そんな音が部屋に響いた。
「なんだ!?」
女幹部も思わず音の正体に視線を送る。
その音の正体は、もちろん俺だ!
フィーレのピンチに俺は、ある行動を起こした。
簀巻のまま、今の俺に出来る事。
少なくとも俺が考えつくそれは、敵の注意を逸らす事くらいだった。
俺は覚悟を決めると、フィーレと女将の前で一度やったように、勢い良く身体をクネらせ、その反動で器用に簀巻の身体をバウンドさせた。
全力でクネったお陰で、前回よりも遥かに跳ねた。
そのまま起き上がった所で何も出来はしない。
最初から起きていれば、まだ駆けつけて盾になるくらいの事が出来たかもしれないが、今更遅い。
今はそんなことを考えている暇はなかった。
だから俺は、そのまま何もしなかった。
そして、全身で着地した。
ビッターン!
それがこの音である。
出来るだけ良い音を出すために全身をピンと伸ばし、顔も思いっきり床にぶつけた。
正直めちゃくちゃ痛かった。
鼻血がでたし、ぶっちゃけ少し泣いた。
「簀巻の男!? なんだ、お前何者だ!?」
だが、効果はあった。
体をはった意味はあったのだ。
「おいで!」
女幹部が気を取られた一瞬を、フィーレは見逃さなかった。
俺の捨て身の行動を無駄にはしなかった。
その「おいで」は、当然ながら俺に向けられたものではない。
なぜなら俺は簀巻の身。
呼ばれても行けない。
フィーレが呼んだのは弾かれた己が聖剣だ。
「しまっ……!!」
気付いた時にはもう遅い。
女幹部が言い終わるよりも速く、フィーレの手元に戻った聖剣の軌道が、二つの短剣をまとめて弾き飛ばした。
「終わりは、アナタの方だったようね」
武器を失った女幹部を冷酷な瞳で見下ろしながら、フィーレが剣を振り下ろした。
その刀身に、光の炎が纏う。
ギャリンと、鉄を割く音が響いた。
女幹部の鉄仮面が真っ二つに割れて、床に転がった。
女幹部は、そのままその場にへたり込んだ。
フィーレは聖剣の炎で、器用にも女幹部の鉄仮面のみを切断してみせたのだ。
「さて、色々と話してもらうわよ」
女幹部の素顔は、童顔の少女だった。
フィーレの最後の一撃で命を絶たれると思ったのか、放心状態に陥っている。
強気な発言の裏に隠された幼い表情。
豊満なボディに隠された幼い素顔。
正直、好みのタイプだ!
②
「まじかよ……」
誰もいなくなった部屋で、俺は一人呟いた。
フィーレと女幹部との戦いは、フィーレの勝利で終わった。
だが、ギリギリの戦いだった。
実際、フィーレは敗れかけていた。
その戦いを大逆転に導いたのは何を隠そう俺である。
俺の機転が勝負を変えた。
少なくとも俺はそう思っている。
そしてその結果が、まさかの簀巻放置である。
「あれれー? フィーレのやつ、俺のサポートに気づかなかったのかなー?」
ポジティブに考えながら、仕方がないので自力で起き上がる事にした。
「よっ、と」
三度目ともなると慣れたものだ。
俺は最小限の力で簀巻きのままに跳ね起きた。
さて、俺もフィーレが女幹部を連れて行った女湯に様子を見に行くとしようか。
「いい加減に目を覚ましなさい!」
女湯に入ると、中々意識を取り戻さない放心状態の女幹部をフィーレが湯船に突き落としている所だった。
「っぷはぁ! ハァ、ハァ……」
水中で意識を取り戻したらしい女幹部が慌てて起き上がる。
「ケホッ、ケホッ……」
お湯を飲んでしまったのか、しばらく咳き込んでいた。
短めのボブヘアーが水分を吸って重たく垂れる。
かすかに覗く瞳はこの世界の住人である証、澄んだ青色をしている。
やっぱり可愛いなぁ。
「さぁ、知っている事を全て話しなさい」
咳が治まるのもまたず、フィーレは聖剣を突きつけて凄んだ。
女幹部は母親を攫った相手である。
そこに慈悲はなかった。
「お母さんはどこ? なぜ私を狙ったの?」
女幹部からの答えはない。
「……喋ってくれれば、お互いに嫌な思いをしなくて済むわ」
「あ……、え、と……」
「答えなさい!! お母さんはどこなの!?」
フィーレが叫ぶ。
それは悲鳴の様な問いかけだった。
女幹部は答えない。
口をパクパクと動かすだけで、声は出さなかった。
なんだか様子がおかしい気がする。
……もしかして、声が出せないのか?
そんな気がした。
俺には女幹部が本気で怯えているように見えたのだ。
良く見れば女幹部の体は震えている。
「おい、フィーレ! ちょっと落ち着けよ!」
そう言って二人に駆けよろうとしたら、フィーレにめちゃくちゃ睨まれた。
「気安く名前を呼ばないでもらえるかしら、変態……!」
罵倒の言葉と共に、近づくな、と言わんばかりに聖剣を向けられる。
その切っ先だけで、簀巻がパックリと切断された。
危ねぇっ!
簀巻じゃなかったら真っ二つだったぜ……!
その殺気に「おう……」と咄嗟に出た良くわからない返事をして、俺は一旦退いた。
とても話を聞いてくれる状態じゃないようだ。
戦闘中は流暢に話していたハズの彼女が、どうしたのか。
それを一度考えるべきだと思ったんだが。
怯えているせいか?
本当にそれだけか?
俺にはそうは思えなかった。
(もしかして……)
俺は一つの仮説を思いつき、それを試してみることにした。
二人が戦っていた部屋に戻り、それを拾う。
「優しく聞くのはこれが最後よ。答えがなければ、殺す」
女湯に戻ると、ついにフィーレが物騒なことを言い始めていた。
「ヒ……、ァ……」
女幹部は相変わらず、声が出ないみたいだ。
いや、出せないのだろう。
フィーレが覚悟を決めるかのように目を閉じた一瞬、俺は湯の中に座り込む女幹部の背後に回りこんだ。
真っ二つになった鉄仮面を、女幹部にかぶせる。
ビキ、とその音が本当に聞こえた気がした。
「ねぇ変態、アナタ、いったいなにして遊んでいるつもりなのかしらぁ……?」
剣を振り下ろさんと目を開いたフィーレが、修羅のごとき形相で俺に問いかけてきた。
こめかみに浮き上がった青筋がビキビキと音を立てているのは気のせいだと思いたい。
「待った! 待った待った待ったぁぁぁ!」
とりあえず説明するしかない!
斬られる前にと、とにかく俺は喋った。
フィーレの聖剣が放つ光がハンパ無いことになっている。
これ振られたら死ぬ!
絶対死ぬ!
「女幹部が喋れなくなったのは放心状態だからじゃないんだ! お前にビビってるからでもない!」
「……はぁ!?」
「コイツは多分、コレ被ってないと喋れないんだよ!!」
強気な言動だった時と、今の怯える女幹部。
その一番の違いがこれだ。
かぶせる、というか両側から挟むといった方が正しい状況だったが、そういう事だ。
「意味わかんないわよぉ!!」
フィーレは止まらない。
炎に似た光が揺れて渦を巻き、膨れ上がる。
ダメだったか!?
「すまない。勇者フィーレ、私の負けだ……」
俺と女幹部の頭上で制止した聖剣から、ぽふ、と光が消える。
間一髪の所で、やっと、女幹部は話しだした。
俺はその話が終わるまで、背後から鉄仮面を支え続けた。
③
「簡潔に話そう。お前の母親は無事だ」
女幹部は淡々と話した。
仮面をつけたことで冷静さを取り戻したみたいだ。
「最初に送り込んだ二人に転移の魔法を仕掛けていたわね」
「その通りだ。その魔法で転移させただけ、殺したわけではない」
「そう簡単に死ぬ人じゃないわよ。それで、どこへ転移させたの?」
「組織の牢獄」
「そこから元の場所へ再転移させることは?」
「私には不可能だ。再転位の魔法など使えない」
「まぁ、ハナから再転位なんて期待してないわよ。あんな上級魔法が使えるようには見えないし……」
転移魔法とはかなり難しい魔法のようだ。
では異世界から来た俺はどうなるんだろう。
ちゃんと帰れるのか……?
心配になってきた。
「だったら、牢獄の場所はどこなの?」
「幹部意外には知らされて居ない」
「嘘ね。知らない場所への転移なんて出来ないハズよ」
「本当だ。私は幹部でもなんでもないからな。それに、知っていればこんな事はしない」
なん……だと……?
こいつ、女幹部じゃなかったのか!
「ならどうやって……」
「クロコに付与していた転移魔法罠は幹部が仕込んだものだ。私はそれを従えてここへ送り出されただけ」
「だったら、その幹部とやらの居場所を教えなさい! 組織って何なのよ!?」
「無理だ。居場所を知らない。組織のことも、詳しいことを私は知らない」
そこまでがフィーレの我慢の限界だった。
「なるほど、ね。よーくわかったわ……」
当然だろう。
答えると言いながら、その答えはまるで無意味なものばかり。
知らない、無理だの一点張りだ。
「ばかにするのもいい加減にしなさぁぁぁいっっっ!!!」
「待った待った待ったぁぁぁぁぁ!!!」
刀身が爆発したみたいな光を放ったので俺は全力で叫んだ。
これ振り下ろされたら俺も死ぬ!
絶対死ぬ!
が、フィーレは全然待たなかった!
「死ねぇぇぇぇぇぇ!」
とんでもない女だなこのやろう!
光の塊みたいになった聖剣が、容赦なく振り下ろされる。
「止めな、フィーレ!!」
その声に、今度こそフィーレの動きがピタリと止まった。
剣圧なのか光のせいか、周囲のお湯が完全に蒸発していたが、俺と女幹部はまだ生きていた。
シューンと光が電池の切れた明かりのようにおさまっていく。
本日、二度目の寸止めである。
「……お、お母さん!?」
「どうやらこっちも片付いたみたいだね」
女湯に入ってきたのは転移されたハズの女将だった。
その手には何かを引きずっている。
「うぅ………」
それはボコボコにされた男だった。
顔がヤバイ事になっている。
目どこだよ。
鼻どこだよ。
それを見て女幹部がビビっていた。
顔は見えないけどめちゃくちゃ震えている。
「その男は……幹部の!?」
「さぁ、誰か知らんが飛ばされた先に待ち構えたいたからね。こいつが手練の魔術師で助かったよ。お陰で、こうして戻ってこれたからね」
ポイっとボコボコの男を女幹部の前に放り投げ、ポキポキと肩を鳴らす女将。
「良かった! お母さんっ!」
手品のように聖剣を消して、フィーレが女将に抱きついた。
女将がその頭をヨシヨシする。
「アンタも無事でよかったよ、フィーレ。それから、そこの娘! アンタにゃ別の土産があるよ」
女将の視線が女幹部を捉えると、女幹部がビクッと震えた。
うん。
気持ち分かるわ。
敵ならば相手が女だろうと容赦なし!
と女湯に戦慄が走るかに思われたが、そんな事にはならなかった。
女将の背中から、ぴょんと一人の幼女が現れたからだ。
「お姉ちゃん!!」
その幼女は女幹部に駆け寄ると、わんわん泣いた。
「……お姉ちゃん?」
(幼女幼女幼女っ!?)
突然の事態に困惑するフィーレと俺。
「……ミルア! どうしてミルアがここに!?」
女幹部も困惑していたが、姉妹であることは間違いないらしい。
泣きつく幼女を抱きしめていた。
雲一つない晴天のようにうっすらと青みがかった髪色や、クールな目元は確かによく似ている。
「このチビっ子もあっちで捕まってたみたいだったからね。ついでに連れ帰ってきたんだが、まさかアンタの妹かい?」
「ええ! 組織に捕まって、人質にされておりました! だから逆らえず、今回のような真似を私は……」
女幹部が女将に対して急に敬語になっていた。
なんか懺悔まで始めている。
よほど感謝しているのだろう。
要するに、女将は転移先で幹部をボコって無理やり逆転移させてここへ帰ってきたらしい。
ついでに捉えられていた女幹部の妹を助けて。
てかずっと幼女を背中に背負ってたのか?
肩幅ひろすぎだろ女将。
全然見えなかったぞ。
「なるほどね。じゃあ、これで一件落着ってワケかい!」
「ありがとうございます!」
「オバちゃん、ありがとう!」
女将に感謝する女幹部。
感謝する幼女。
フィーレも女将に抱きついてる。
あれ?
なんだこの主人公。
俺は未だ女幹部の仮面を押さえ続けていた。




