第1話:女湯、それは異世界・前編
①
「で、アンタいったいどこから忍び込んだんだい?」
そして俺は縛り上げられていた。
いわゆる簀巻状態だ。
目の前には筋肉隆々のメスゴリラ……ではないらしく、温泉の女将とやらがズンとそそりたつ山脈のような存在感でもって仁王立ちしている。
床に転がされている俺は必然的に見上げる形になり、その眼前には女将の可愛らしいイチゴパンツが丸見えな状況なのだが、全く少しもこれっぽっちもうれしくない。
むしろ悲しい。
脹脛から太腿までガチムチすぎてとても性的な目は向けられなかった。
これが性犯罪防止の最終形態かも知れない。
そんな女将の斜め後ろには俺を睨み殺さんとばかりに凶悪な視線を発射し続ける少女が不機嫌そうに座っている。
さっき俺に素晴らしい裸体を魅せつけてくれた人物だ。
残念ながら今は服を着ている。
露出が少ない白い半袖のシャツに、下はジーパンみたいなズボンだ。
それはそれでエロいのだが。
この少女がどういう原理なのか燃える剣で浴場をぶっ壊して勝手に気絶して硬直した後、騒ぎを聞きつけた女将がやってきた。
女将は持ち前の巨大な筋肉を使って少女の裸体を隠すように抱きかかえると、脱衣室へひとっとび、なにやら少女の硬直を解いてやり、手品のような手際の良さでもって俺を縛り上げて今に至る。
ちなみに女将なのに何故か半裸で登場し、その瞬間に男たちの部分硬直も見事に取り除いた事は綺麗さっぱり忘れた事にしようと思う。
「いや、どこからと言われても……」
俺自身、全く今の状況を理解していないのだが、とりあえず出来る限り説明してみる事にした。
信じてくれるとは思えなかったが、他に言える事もなかった。
俺のハッキリと思い出せる最後の記憶はいつも通りの夜だ。
高校に遅れないようにいつもの時間に目覚ましをかけて眠りについた。
良い夢が見れるようにとアイミのパンツをそっと枕の下に隠し、熟睡したと思う。
そのハズなのに、気がついたらこの見知らぬ女湯に沈んでいたのだ。
ハァハァ言っていたのは決して女体に興奮していたからではなく、純粋に酸素が足りなかったからなのだ。
どうせ信じてもらえないだろうが、言うだけ言った。
しかし事故とは言え良いモノを見させていただいた。
あれを見てからなんか体が軽くなった気すらするくらいある。
まさに眼福、眼福である。
などと思っていると件の少女と目があった。
不機嫌を通り越してめちゃくちゃ殺気立った目で睨んでいる。
俺と目が合うと、威嚇する犬みたいに時折「うーっ!」と唸ってくる。
怖い。
けどやっぱり可愛い。
女湯ではタオルに巻かれていて良く見えなかったが、今はポニーテルにしているその髪は見たこともないくらいに綺麗な金色をしていた。
腰に届きそうなくらいの長さがあるが、それでも薬品で染めたようなケバケバしさや色のムラがなく、とても自然で馴染んでいるような感じだ。
実際そうなのだろう。
染めた色ではない天然の色に見える。
部屋の明かりに照らされて、まるで髪自体が発光しているのかと見紛うくらいに綺麗な艶がある。
そんな金髪の下には小さくて整った顔立ちが覗く。
大きな瞳は透き通るサファイヤのような青色で、長くカールしたボリュームのあるまつげが瞬きの度に大きく揺れる。
くっきりとした二重だ。
通った鼻筋は高く、小さな唇もふっくらと柔らかそうな丸みを帯びて潤っている。
ほのかに色づく桜の花びらのようなピンク色にも何とも言えないエロさを感じた。
その表情が不機嫌の先の殺意にまで辿りつく勢いで歪んでいても、やっぱり可愛い。
「……なに見てるのよ! 変態っ!」
怒られた。
見てただけなのに。
「いや、ただ可愛いなって……」
思わず口をついた俺の本音に、ボンっと頭から煙でも出しそうな勢いで少女の顔が真っ赤になった。
「ななな、なに言ってんのよ急に!? しょしょ初対面の女の子に向かって! こ、この変態っ! 変態っっっ!!」
噛み噛みであるが、また怒られた。
褒めたつもりだったのに、変態扱いとはこれいかに。
「あー、フィーレ。アンタは店の方を見てきてちょうだい。ジャレ合ってちゃあチットも話が進まないよ!」
「じゃ、ジャレてなんていません! この変態が私の事を……!」
「良いから、行きな!」
女将に一喝され、しぶしぶと言った様子で少女が部屋をでていく。
扉を閉める直前にもう一度だけ俺を睨みつけて来たが、完全に殺し屋の眼だった。
この部屋を出る時は背後に気をつけよう。
というか、あの少女はフィーレという名前なのか。
日本人離れしたスタイルと言い、その名前と言い、やっぱり外人なのかな。
だったらここは外国か。
すっごい日本語上手いけど。
まあ、とりあえず名前は覚えておこう。
俺は美少女に関する情報は忘れない男だ。
「ウチの娘がスマナイね。昔っからのジャジャ馬でね。根は優しい良い子なんだ。許してやっておくれ」
そう言って白髪をダンゴのようにまとめた頭を掻いて、女将が小さく頭を下げる。
「いや、こちらこそ悪かったよ。事故とは言っても覗いてしまった事は事実だしな。怒られてもしかたない。それに別に俺は怒ってないぞ。死にかけたがな」
それ以上に素晴らしい物を見れたことだしな。
とは言わないでおく。
とまあそんな感じで偉そうに言ってみて、ん? と気付いた。
「え、何? 女将さん、フィーレのオカンなの?」
「あぁ、そうさ。あの子はアタシの自慢の娘だよ!」
本当に我が子を愛しているのであろう良い笑顔で言われて、俺の脳に本日二度目の衝撃が走った。
②
「ふーむ、可能性として考えられるのは、別世界からの転移召喚かねぇ……」
女将さんの話によると、どうやらここは外国ではないらしい。
なんと異世界である。
「あぁ、チョイと前に風の噂に聞いたことがあるんだよ。隣街の刻神教会って集団の話さ」
刻神教会とは隣町にある新手の宗教団体らしい。
街の中央にあるその名の教会を拠点に活動しており、神の教えや予言を守るためならば法を犯すことも辞さない過激派の一面を持つという。
そんな教会の噂の中に、こんな予言があるらしい。
『仁は69年、蜂の月。
魔王が蘇り、世界は滅亡する。
破滅を止めることが出来るのは、この世界の理を外れし勇者のみ』
ちなみに今がその仁は69年で、蝶の月。月は20日ごとにかわるようになっていて、蝶の次が蜂の月だという。
「世界の滅亡ちかいなっ!」
そのため、教会は魔王の復活を阻止するために異界より強き勇者を呼び出す準備を進めているのだ。
というお話。
この噂が聞かれていたのが先月の話だというから、それを実行してみた結果が今日、というのはあながちおかしな話でもないように聞こえる。
タイミングばっちりという感じ。
というか、ある朝、目覚めるとそこは異世界だった。
という現実味のないブッ飛んだ話に、何故か納得してしまっている自分が怖い。
フィーレの魔法を目の当たりにしたからだろうか。
(確かになんか急に剣出てきたりしてたし、あの剣めっちゃ燃えてたしなー)
それともフィーレの裸体を目の当たりにしたからだろうか。
(この世のものとは思えぬ美しさだったよなー、もう夢なら覚めないでって感じあるよなー)
まあ、どっちでも良いか。
にわかには信じがたいが、信じるしかないだろう。
俺の世界の常識を訪ねて見たが、女将には全く通用しなかった。
その逆もしかりだ。
この世界の事を、俺は全く知らなかった。
食べ物の名前。
日の単位や流れ。
通貨。
なぜか言葉は通じるが、中身はまるで異国。
まさに別世界。
異世界だ。
「それより俺、元の世界に戻る方法とかあんの?」
問題はそれだけだ。
俺には、元の世界でまだやり残した事がある。
それを成し遂げるまでは、死んでも死に切れない。
そしてアイミが俺を待っているのだ。
「さぁねぇ。アタシも頭が良いほうじゃないからねぇ!」
女将はなぜか筋肉が際立つポーズを取りながら元気よく頭を捻る。
確かに頭脳より肉体派に見えるな。
「その答えが分かるとしたら、やはり教会の連中だろうよ」
「やっぱり、そうなるよなぁ……」
俺を呼び出したかもしれないという集団。
刻神教会。
その名の通り時の神を信奉する過激派の連中だという。
出来ることならカルトな存在には関わりたくないものだが、今は他に手がかりもない。
そもそも、この世界に呼び出されたのは本当にその教会の仕業なのか、そこから確かめなければならないだろう。
「それにしても、本当に俺の話を信じるのか?」
女将は俺のこれまでの経緯を疑わなかった。
「そうかい」と一度うなずいて、異世界転生の可能性を教えてくれた。
「あぁ、アンタはアタシ達とは眼の色が違うからね」
「はぁ?」
思わず気のない声がでる。
ちなみに俺の眼はブラウンだ。
日本人によくある眼の色だと思う。
対して、女将は綺麗な青色。
そういえばフィーレもそうだった。
それにチラっと見ただけだが、男湯の連中も同じ眼の色をしていた気がする。
「それだけで信用するのか?」
「そうさね。アタシが見てきた限り、アタシの世界の人間はみな、この青い目をしていたよ」
確かにそのようだが、それだけで良いのか。
「それに、他に付け加えるなら、なぜだろうね? アンタが嘘を言っているようには見えないんだよ」
「まぁ嘘をついていないのはそうだが……」
本当にこの世界が異世界だとして、この世界の人間は他人を信用しやすいのかも知れない。
それともこの女将だけだろうか。
この場で変にもめずに済むのは助かるが、女将の普段の生活が心配になるな。
女将の娘だというフィーレもそうなのだろうか。
あれほどの容姿ならば悪い虫も寄ってくるだろう。
ますます心配だ。
しかし、と目の前のマッスルボディを眺めながら思う。
あの抜群のエロエロ美少女も、将来こうなってしまう運命なのか……!?
確かにある意味ダイナマイトボディではある。
だが違う。
そうじゃない。
老いには逆らえないものとは知っていても、あのエロスが失われる日が来ると思うと寂しいものだ。
一目見ただけでパワーを貰えるほどのエロスだったというのに。
そう、あのエロパワーの余韻を残す今なら、縛られているこの縄も簡単に千切ってしまえそうなくらいの衝撃が走ったのだ。
「よっと」
冗談のつもりで試しに力を込めてみたら、何重にも巻かれていた縄が本当に千切れた。
「あれ? なんだ、コレこんなに弱い縄だったのか」
これでは縛られ損じゃないか。
「そ、そんなバカな! その縄はアタシでも素手では十本千切るのが限界のかなりの強縄だよ!」
女将が信じられないといった感じで眼を見開いていた。
本気で驚いている。
なんだ。
見掛け倒しの筋肉だな。
そのマッスルはファッションかよ。
無駄にグルグルと簀巻状になっていた俺は、十本どころか百本くらい一気に引きちぎった感じだ。
俺はやれやれ感満載で、じっとしていたせいで凝った肩をほぐして外に出てみる事にした。
女将は唖然とした顔で、そのまま呆然としていた。
仕方ない。
とりあえず隣町とやらに向かってみるか。
③
「待ちなさい! この変態っ!!」
なんだ?
と思う前に、外へ出ようとした俺の背後から縄が飛んできた。
両足を縛られ、身体が一瞬宙に浮いたかと思うと、アッー! という間に簀巻モードに。
激しくデジャヴュだ。
女湯で女将に縛られた時と同じ手際だった。
あの時、俺はとっさに硬直したまま倒れて湯船に沈んだフィーレを助けようとしたのだが、女将には、というか周囲から見れば俺が気を失ったフィーレに如何わしいナニをしようとしているように見えたらしい。
「お母さん仕込みの捕縛術、特と味わいなさい! この変態!」
気付いた時には俺はフィーレに足蹴にされていた。
背後に気をつけるの、忘れてた。
……しかし、女将にヤられた時より気持ち良い気がするのは気のせいだろうか。
「話はまだ終わっていないわよ。勝手に逃げようなんて無礼な変態ね」
俺はフィーレに連れられて、というか引きづられて元いた女将の前へと戻ってきた。
「あぁ、良かった。アンタ、話は最後まで聞くもんだよ。フィーレが手荒な真似して悪かったけど、許しておくれ」
「お母さん、良いのよこんな変態に気を使わなくて。どうせ逃げてまた別の女湯に行くつもりだったんでしょう!?」
とんだ偏見である。
虫けらを見下すようなその冷たい視線にゾクゾクする。
が、俺はもう慌てない。
「フッ……」
とキザな笑みを浮かべて、俺は大きく身体をクネらせた。
その反動で器用にバウンドして簀巻のまま立ち上がる。
それを見たフィーレに「うわ、キモっ!」と言われて心が少し吐血したがこの際もうそんな事は気にしない。
「こんな縄で俺を縛っておけるとでも? 俺も甘く見られたもんだなぁー!!」
そう言い放って、両腕に力を込める。
込める。
込める!
「…………あれぇー?」
千切れねぇ!
「な、なんでだ? さっきはあんなに簡単に……」
「変態、アンタなにやってんの? おとなしくしてなさいよ」
「はうっ!」
ゲシ、とフィーレの華麗なローキックを受けて、俺は芋虫のように転がった。
惨めだ。
なんでだ?
さっきの縄が傷んでいただけなのか?
「不思議そうな顔をしているね、アンタ」
見上げれば女将が得意気な顔で見下ろしていた。
ドヤ顔である。
なんだかとても腹が立つ不思議な表情である。
何を答えても負けた気になる気配を察知したので、とりあえず無言を決め込んだ。
「その秘密を教えてやるよ」
「……なに?」
女将が不敵に笑った。
その時だった。
バキバキという不吉な音が天井から響いてきた。
次の瞬間には部屋の天井に穴が空き、人影が落ちてくる。
人影は二つ。
その手には長い刃物。
その刃はどちらもフィーレを狙っていた。
「あぶないっ!!」
俺が叫ぶよりも速く、女将が動いていた。
正確には女将の筋肉が、と言うべきか。
人影が着地するよりも速く、豪腕が風を切っていた。
まさに目にも留まらぬ速さである。
女将が動いた、と認識した時には、二つの人影は部屋の左右の壁にそれぞれめり込んでいた。
その姿は全身黒ずくめ、というか黒い全身タイツみたいな格好だった。
「お母さん、ありがとう!」
(あんた人間じゃねぇだろ女将!)
「……フィーレ、気をつけなさい! コヤツら、少しばかり出来るようだよ!」
余裕で侵入者を返り討ちにしたかに見えた女将だが、意外にもその表情は曇っていた。
その腕には、妙な模様が浮かんでいたのだ。
「転移魔法だよ! 離れてな!!」
次の瞬間、バシュ、と空気が抜けるような音と共に、女将の姿が消えた。
「お母さんっ!!」
そのタイミングを待っていたかのように、天井に空いた穴から再び人影が落ちてくる。
ざっと十人は現れた人影は一様に同じ黒タイツ姿。
その中央に、明らかに他の黒タイツとは違うオーラを纏った女が降りてきた。
「アンタ達、お母さんに何をしたのっ!? 返答次第じゃここから生きては返さないわよっ!!」
フィーレが獣の眼光で睨む。
まるで悪役の台詞だが、その威圧感は横から見ているだけでもハンパではない。
「貴様が知る必要はない」
女はそんなフィーレの脅しにもに怯むことなく言い放った。
「勇者フィーレ、貴様は今ココで死ぬのだからな!」
その言葉を合図にするように、女の周囲にスタンバイしていた黒タイツがフィーレを目掛けて動き出した。
簀巻のままの俺を無視して、激しい戦いの火蓋が切って落とされたのだ。




