第1話:女湯、それは異世界・プロローグ
「お兄ちゃん、大丈夫?」
愛らしい少女の声が心配そうに俺を呼ぶ。
「……アイミ?」
姿は見えずとも聞き間違るはずのない声の主の名前を呼ぶが、声にならない。
そんな悲し気な声をして、どうしたのだろう。
きっと声と同じ悲し気な表情をしているハズだ。
そんな顔はしないで欲しい。
だってアイミは笑っている顔が一番素敵で、可愛いんだから。
うん?
何だか苦しくなってきたぞ。
息がうまく、できない。
目はバッチリ見開いているハズなのに辺りは真っ暗だ。
アイミ、どこだ?
声はどこから聞こえて来た?
暗い。
暗すぎる。
俺はどこにいる?
体は温かい。
全身が火照っている気がした。
俺は空を見上げた。
暗闇のはるか天井に光が見える。
俺はその光を目指してもがいた。
生ぬるいゼリーのように粘る空気をかき分ける。
まるで深い沼の中にいるみたいだ。
体がグングンと浮上する感覚がした。
次第に水がサラサラとやわらかくなり、俺の動きもハッキリとしてくる。
光が、水面が近くなる。
「……ぶはぁっ!!」
俺は水面から顔を出すと、肺一杯に空気を吸い込んだ。
そして、全裸の少女と目があった。
瞬間、俺の脳に稲妻の如き衝撃が走る!
目の前の少女は長い髪を束ねて、頭に巻いたタオルでまとめていた。
そのタオル以外、身に纏うものは何もない。
つまり全裸である!
その事実が電流となって脳を焼き、そして下半身へと駆け抜けたのだ。
身長は俺より低いくらいだろうか。
多分だが俺の通っている高校の女子平均より少し高いくらいだ。
体つきはスレンダーで全体的にほっそりと引き締まっているが、しかし出る所はしっかりと出ていて、その丸みを帯びた体が間違いなく女のものである事を強調しまくっている。
それが少女のまだ幼さの残るあどけない顔立ちと絶妙にアンバラスな妖艶さを醸し出していて、俺の息子は俺より先に立ち上がっていた。
その穢れを知らない新雪の如き肌を伝う水滴の一つ一つすらエロく見える。
この間わずか0.01秒。
エロの力が生み出す脅威の観察眼の力である。
「ハァ……ハァ……」
いや待て待て。
と、俺は息も絶え絶えに考える。
この状況はいったい何だ?
なんかちょうどいい感じに暖かいお湯。
なんかエロい全裸の少女。
なんか良い匂い。
このお湯、なんか知ってる気がするぞ。
…………えーと、ここは……温泉、かな?
「きゃ、きゃ……きゃあああああああああああああああ!!」
「ままままて! まってくれぇ! ハァ、ハァ!」
少女が叫ぶ。
俺も叫ぶ。
俺はワケがわからない。
なんでこんなところにいるんだ俺は!?
「来なさい、聖剣!!」
「へあっ!?」
次の瞬間、少女の手には一振りの剣が握られていた。
俺はワケがワカラない。
「ハァ、ハァ……! ちょちょちょちょっと待って下さいお願いします!」
「ハァハァしてんじゃないわよ! 死ねぇ!! この変態覗き魔ぁっっっっっ!!!」
少女は躊躇いなくその剣を振るった。
刀身に、燃えるような光の力が揺らめき纏う。
俺はすぐにでも事態を収拾するために華麗な土下座を決めたい所だったが、そんな隙だらけのポーズを見せたら本当にそのまま綺麗に首を落とされそうだったので、とりあえず必死で避けた。
どうせ湯船だとこっちも躊躇なく真横に跳ぶ。
受け身など考える暇などなく、ただ全力で逃げ跳んだ。
「うおおおおおおおおおおお!?」
俺の背後で、周囲を覆うように建っていた風呂場の木壁が消し飛んだ。
剣圧なのか纏う光のせいなのか、辺りのお湯が蒸発し、辺りが蒸気に包まれる。
な、なんだってんだー!?
「はべふっ!?」
そこにあったハズの湯船が消え去り、俺は無様に地面にダイブするハメになった。
岩である。
当たり前だがものすごく痛い。
地面に張り付いた格好の俺の頭上でゆっくりと湯けむりが晴れていく。
顔を上げると、破壊された壁のその先にはむさ苦しい男風呂が広がっていた。
「…………ひっっ!!?」
剣を振りぬいた姿勢のまま、少女が石のように硬直した。
男風呂のヤツらのとある部位も硬直した。
「い、いやああああああああああああああああ!!」
少女の絶叫が無残な浴場に良く響いた。