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第48話・涙のプロポーズ

 翌日から二日間は、休みを貰った。そして、マンションから程近い総合病院へ足を運ぶ。


「松浦さん、お入り下さい。」


内科の診察室から声を掛けられ、簡単な問診を受ける。

ここ最近食欲が無く、目眩で倒れた事を説明し、血液検査の為に血を抜かれて診察は終了した。

詳しい検査結果は、明日には分かるらしい。


拓海はどんな結果が出ようとも、私を受け入れてくれるだろう。だからこそ、拓海の重荷になりたくない……


もし検査の結果が悪ければ、黙って別れを告げる?結果が良かったら、なに食わぬ顔をして大丈夫だって言う?


そんな自分の都合で拓海を振り回す事なんて、自分勝手だ……それに、また大事な人を失う悲しみを拓海に与えてしまうかもしれない……


「あ~!私ってば、こんなにネガティブな人間では無いわよね!」


うん、きっと原因不明の体調不良に、気が滅入っているだけだ!

よしっ!別れよう!今夜、拓海が仕事から帰ってきたら、別れてくれって言おう!そして、今夜はとことん落ち込もう!とっておきのお酒でも開けて、人生で最後のやけ酒でもしよっと♪


無意味な気合いを入れて病院を出る。


「杏奈。」


ん?今、拓海の声がしたような……


キョロキョロと辺りを見回しても、姿は見えない。


仕事中なのに、こんなところに居る訳無いわよね……ついに、幻聴まで聞こえるように……


「杏奈、こっちだ。」


えっ?やっぱり幻聴ではないの?!


ふと駐車場を見ると、車に寄りかかった拓海の姿が!


「た、拓海!」


急いで駐車場へ走っていく。


「そんなに走るなよ。また倒れるぞ。」

「びっくりするわよ!今日は仕事よね?一体どうしたの?この車は?」

「いっぺんに聞くなよ。仕事は明日まで強引に休んだ。この車はレンタカーだ。」

「そう……でもレンタカーなんて、何で?」

「杏奈と一緒に行きたい所があってな。まっ、乗れよ。」


拓海はそう言いながら助手席のドアを開けて、私に乗るよう促している。訳も分からないまま、車へ乗り込んだ。




 車は、山に向かって走り出した。後部座席には、花束が積んである。


「何処へ行くの?」

「うん、ちょっと会いたい人がいてね。この先、カーブが多いから気分悪くなったら言えよ。」

「分かった……」

「やっぱり車は便利いいな。この際だし、買うか。体調が悪い時でも寝てればいいし、杏奈も楽だろ?」


私の事を考えて、車まで買おうとしている……そんな迷惑なんて掛けられない……


「……拓海はバイクが好きでしょ?乗るならバイクにすれば?」

「う~ん……バイクはなぁ……荷物も乗らないから、今のところは無いな。」

「そう……」


会話が途切れ、そのまま黙って窓に流れる景色を見て過ごした。




 車は、山腹の駐車場へ入っていく。


「ここだ。」


拓海は車を停めて花束を取り出し、外へ出る。それに倣って車を降りた。


「こんなところに、誰と待ち合わせなの?」

「待ち合わせっていうか、来るのも久しぶりかな。っと、段差気を付けろよ。」


サッと段差の前になると、拓海は手を差し出してくれる。


「大丈夫よ。一人で歩けるわ。」


我ながら可愛く無いとは思う。だけど、拓海に甘えてはいけない……

差し出された手を握る事無く、そのまま歩き続けた。

一件の建物を過ぎると、目の前には墓地が広がっている。


もしかして拓海のご両親の……


「これが、俺の両親だ。」


一つの墓石の前で、拓海は立ち止まる。そして花束を取り出し、墓石に添えた。

久しぶりという割には、綺麗に手入れがされてある。


もしかしたら、拓海のおじいさんが頻繁に来ているのかもしれないわね。


お線香に火をつけ、両手を合わせて目を閉じようとした時だ。


「父さん、母さん、大事な人を紹介します。結婚しようと思っています。」

「えっ?!」


拓海の声に、びっくりして顔を上げる。

すると、目の前には、太陽の光を反射して眩いばかりに光輝くダイヤモンドの指輪、その指輪が収まった小箱を持つ緊張した面持ちの拓海が……






「杏奈……結婚して下さい。両親の前で、永遠に杏奈だけを愛していく事を誓います……」






………………時が止まった気がした……本気だ……本気で死ぬかもしれない私を……


「た……拓海……」

「本当は、バレンタインの時にプロポーズするつもりだったけど、シージャックでそれどころじゃ無かったしな。」


それで、あんなにソワソワしていたのね……

あの時なら、喜んで承諾をしていたのかもしれない。でも、今は状況が違う……


「白状すると、この指輪、ニューヨークで買ったんだ。」

「そうなの?」

「テイラー教授の事件があっただろ?あの時、杏奈を失うかもしれない恐怖を味わって、二度と失いたくないって考えたら、結婚する事しか思い付かなかったんだ。」


私と同じように、拓海も私と結婚したいと願ってくれていた……それが分かっただけで、充分幸せじゃない……


「……で、でも……私……拓海の……」


ダメだ……ここで泣いたらダメだ……


「まさか、俺の負担になるとか考えていないよな?」

「……」

「杏奈の検査結果がどうであろうと関係無い。杏奈のすべてを俺に託してくれ……最後の最後まで、杏奈を独占させてくれ……」


ここまで、ここまで私の事を想ってくれて……大事に想ってくれるなんて……


我慢していた涙が溢れてきた。


「……本当に……本当に私で……私でいいの?」

「俺には杏奈しか居ない……杏奈じゃなきゃ、駄目なんだ……」

「……断る理由が……無くなったじゃない……」

「なら、この指輪、受け取ってくれるよな?」


その後は言葉にならなかった……黙って頷くと、拓海に笑顔が戻ってくる。


そっと腰を抱き寄せられ、触れるだけの柔らかいキスが落とされた……拓海は見たこともないような優しい笑みを浮かべながら、私の頬を伝う涙を拭ってくれる。


「グスッ……あまり見ないでよ……酷い顔しているし……」

「仕方ないだろ?泣き顔も可愛く見えるんだから。」

「……へんな趣味……」

「杏奈限定でな。」


そして、腕の中へ私を閉じ込め、そっと頭を撫で始めた。


「杏奈……愛してる……一緒に生きていこう。」

「うん……」


両親の事故が無かったら、拓海と出会う事も無かったかもしれない……きっと、パパとママが引き合わせてくれたのね……


拓海のご両親も祝福してくれているかのように、春を感じるような暖かいそよ風が、吹き抜けた……




 翌日、拓海と一緒に検査結果を聞きに、病院へ行った。私の左手薬指には、ダイヤモンドの指輪が輝いている。

受付をすると、何故か産婦人科へ行くよう告げられた。


何か、婦人科系の病気かしら……


お腹のエコー写真を撮られて二人揃って診察室へ入ると、先生が私の左手に目を留めた。


「あれ?ご結婚されていたのですか?」

「いえ、それはまだ……約束だけ……」

「婚約中ですか。二重のおめでたですね。」

「二重……ですか?」

「はい、おめでとうございます。双子を妊娠ですね。」


…………………………はっ?!


「そ、それって……」

「このエコー写真に、二つ影が見えますよね?二卵性双生児でしょう。ご職業は警察ですか……安定期に入るまでは、無理をされないようにして下さい。」

「えっと……体調不良は……」

「悪阻、つまり、妊娠の影響でしょう。食事がとれないようなら、貧血を緩和する薬を出しておきますが、どうしますか?」

「お、お願いします……」


突然突きつけられた事実に、頭が追い付かない……

ついさっきまで死の覚悟をしていた私が……妊娠?!


忙し過ぎて気付かなかったけど、思い返せば最近、月のモノが来ていないような……


頭の中が整理出来ないまま、病院を出る。すると、ガバッ!と拓海が満面の笑みを浮かべて私を抱き上げてきた!


「やったな~!子供だぞ!俺達の子供だぞ!」

「ちょっ!拓海!危ないから降ろして!」

「ごめん、ごめん!つい興奮してしまって。」


拓海はゆっくりと私を降ろし、お腹に手を当ててきた。


「この中に俺達の子供がいるんだ……何だか不思議だな……」

「そうね……不思議というか、まだ信じられないわ……」

「やっぱりフィリピンで聞いた話は、別人だったんだな。」

「そうね。でも、拓海はいつも避妊していたわよね……何で妊娠……」

「あっ!」


何故か急に、明後日の方向を見る拓海……ジロッと思わず拓海を睨む。


「まさかとは思うけど、覚えがあるとか……」

「なきにしもあらず……かな?」

「いつよ……」

「その……テイラー教授事件の日、何度も杏奈を抱いた事あるだろ?」

「腰が立たなくなった時よね……」

「あの時の最後、避妊具が無くなってさ……まぁ、もう出るモノも無いかなぁ~なんて思って……そのまま……」


プチッ……

何かが音を立てて切れた。


「……はぃ~?!何が出るモノが無いよっ!おもいっきりあるじゃないっ!しかも双子って、元気過ぎでしょ!」

「いやぁ~、俺自身も感心するよ。」

「私が体調不良で悩んだ期間は、全部拓海のせいよね!」

「まぁ、そうとも言うかな♪」

「人生で最大の事件じゃない!私の昨日の涙を返してよっ!」

「まぁまぁ、あまり怒るとお腹に障るぞ。やっぱり車はいるよな!せっかく二人とも休みなんだから、今から見に行こうぜ!杏奈も運転しやすくて……でも、チャイルドシートは二つ必要か……広さはいるよな……」

「人の話を聞きなさいよっ!」


ったくもう……完全に浮かれているわね……


まぁ、そうは言っても仕方ないか。さっきまで、私が死ぬかもしれないって思っていたのが、勘違いだったうえに新しい命を授かったものね……


くるっ!と私に向き直った拓海が、挑戦的な笑みを浮かべながら腰を抱き寄せてくる。


「杏奈と産まれてくる子供二人、一生幸せにしていくから覚悟しとけよ。」

「ふふ!それは楽しみね。臨むところよ。」

「俺を誰だと思っているんだ?杏奈を世界一愛してる男だぞ!」

「あら、奇遇ね。私も世界一拓海を愛しているわ。」

「それは嬉しい一致だな。」

「そうね♪」

「杏奈……幸せな家族になろうな。」


人生で最大の事件は、家族がいない拓海と私に家族をもたらすという最高の結末となった。


病院の駐車場という事も忘れて、何度も微笑み合いながらキスを重ねる。


おじいさんとおばあさんになるまで、一緒にいられますように……


そう願いを込めながら……






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