第47話・やりきれない想い
確認した写真は、すぐにマニラで捜査している拓海へ送った。ホテルのご厚意で、セブ島に一泊する事になった為だ。
「乾杯!」
「かんぱ~い♪」
ホテルのプールサイドで、八橋さんと夕食を頂く。捜査中なので、二人ともミネラルウォーターで乾杯をした。
「あぁ……ビールが飲みたい……」
「ふふ!八橋さん、捜査が終わったら、みんなで打ち上げに行きましょうね♪」
「杏奈ちゃんはそれまでに、体調を整えておいてね。」
「大丈夫ですよ。心配し過ぎですぅ♪」
「セブ島へ来る前、鶴崎から、くれぐれも杏奈ちゃんから目を離さないでくれって、頼まれているからな。」
「えっ?そんな事を頼まれていたのですかぁ?」
「しつこいくらいにね。」
拓海ってば、変な事を頼んで……
「す、すみません……八橋さんにまで……」
「いいって!彼氏ポジションは逃したけど、役得だと思っておくよ。」
それから和やかに話をしながら食事を頂き、部屋へ戻る為に立ち上がった時だ。
やけに暑いわね……夜でも熱中症になりそう……
額に手をかざした瞬間、ガシッ!と八橋さんに二の腕を掴まれた。
「ど、どうしたのですか?」
八橋さんを見ると、焦ったような顔をしている。
「どうしたのは、こっちの台詞だよ!今、ふらついたよね?!」
「大丈夫ですよぉ~!暑いからちょっと逆上せただけです♪」
「本当に?」
「ふふ!八橋さんは、心配し過ぎなお兄様ってところですね♪」
「何だか、鶴崎の過保護な気持ちが分かる気がするよ……」
八橋さんにまで、心配をかけてしまったわね……今夜はゆっくり寝て、体調を万全にしておかなきゃ……
翌日はマニラへ移動し、マニラ警察署へ顔を出した。私達に気付いた拓海が、すぐに報告を始めてくれる。
「送ってくれた写真の男の名前は、カルロ・サントス。温品と一緒にマニラへ来ているんだ。飛行機の搭乗名簿から割り出したよ。」
「やっぱり一緒に行動していたのね。」
「で、マニラ警察で調べたところ、サントスの銀行口座へ日本から定期的に4~5万円のお金が送金されているそうだ。だけど、三週間前には、約30万円が送金されている事が分かったよ。」
「それってもしかして……依頼殺人?」
「可能性が出てきた。因みにサントスの妹が送金元で、日本に住んでいるらしい。今、日本で妹の捜査をお願いしたところだ。」
「分かったわ。」
依頼殺人……サントスの妹の所在が明らかになれば、依頼した人物が割り出せるわね……
「それで実行犯は、カルロ・サントスなの?」
「恐らくな。今、マニラ警察がサントスの確保に向かっているよ。」
「分かったわ。」
『俺が殺人鬼を裁いてやったんだ。日本の警察では出来ない事をな。』
拘束されたカルロ・サントスは、自慢話をするように、そう語った。
殺人を依頼されたカルロ・サントスは、アリバイ作りの為に知り合いがいるマニラへ、いい投資話があると言って温品を連れ出した。
パブで温品と一緒に飲んで、銃を持っている知り合いを呼び出したところ、直前に知り合いが怖じ気づいた為、知り合いにはバイクを運転させて、自分で温品を撃ったそうだ。
「潮田憲太郎を逮捕した。」
同時期に入った日本からの知らせは、耳を疑うものだった。
「本当ですか?!」
八橋さんが、悲痛な面持ちで頷いている。
「本当だ。カルロ・サントスの妹の子供、つまり甥っ子が、憲太郎くんと同級生だったらしい。甥っ子を取り調べたところ、憲太郎くんに依頼されたと自供したそうだよ。」
「それで憲太郎くんは?」
「彼は知らないの一点張りだそうだ。」
「そうですか……」
信じたかった……憲太郎くんでは無いと、信じたかった……
「杏奈ちゃん……大丈夫?」
「はい……でも、もう少し私の捜査が早ければ、防げたかもしれませんね……」
「杏奈ちゃんは、充分動いたって。」
八橋さんに慰められても、心は晴れないままだ。
憲太郎くんの心を救えなかった……
「……ちょっと、外の空気を吸って来ます。」
外へ出ようと立ち上がった時だ。
クラッ……
あれ?視界が歪む……
「杏奈!」
「杏奈ちゃん!」
拓海と八橋さんの声が聞こえる……
そのまま視界が真っ暗になり、意識を手離した。
……ん……
あれ?私、どうしたのだろう……
薄っすらと目を開けると、拓海の心配そうな顔が見える。
「……拓海?」
「杏奈!気がついたか!」
「ここは……」
「病院だよ。急に倒れたんだ。覚えていないか?」
「うん……何となく……」
「八橋さんと通訳さんも心配してるぞ。」
拓海の視線を辿ると、安堵した表情を浮かべる八橋さんと通訳さんの姿があった。
「杏奈ちゃん、びっくりしたよ……いきなり倒れるし……」
「すみません……八橋にまでご迷惑をお掛けして……」
「でも、良かったよ。ただの貧血だってさ。」
「そうですか……」
拓海がベッドサイドに置かれている薬を見せてくれる。
「意識が戻ったら、帰っていいってさ。鉄分の薬を貰っているよ。」
「ありがとう……」
「もう起き上がれるか?」
「うん、大丈夫よ。」
拓海の手を借りてゆっくりとベッドから起き上がり、病室を後にする。
エレベーターを待っている時、近くのナースステーションらしき部屋から、話し声が漏れ聞こえてきた。
えっ?!
その会話に、身体が凍りついた……
『さっきの女の子、手遅れだってさ。』
『そうなの?』
『気休めに、貧血の薬でも渡しておいてって言われたわ。』
う、嘘……私の事では無いわよね……
思わず拓海に視線を向けると、目を見開いて、信じられないといった顔をしながら、私を見ていた。
「杏奈ちゃん、鶴崎、エレベーターが来たぞ。って、二人ともどうかしたのか?」
目を見開いたまま固まっている私達を見て、八橋さんが不思議そうな顔をしている。
その姿を見た通訳さんが、重たい口を開いた。
「アンナサン、シヌ……」
「……はっ?!な、何を言っているんだよ!」
「ホント……イマ、キコエタ……」
「う、嘘だろ?!」
そう……嘘に決まっている……きっと別人の話……
笑わないと、みんなが心配する……
「や、やだな~!そんな顔、しないで下さいよ♪」
「杏奈ちゃん……手が……」
八橋さんの指摘で、自分の手に視線を落とした。そこには止めようとしても震えが止まらない手が……
ガバッ!
まるで、私の震えを止めるかのように、拓海の逞しい腕が、私を力強く包み込んできた。
「八橋さん……申し訳ありませんが、先にホテルへ戻って頂けませんか?」
「あぁ……分かった。杏奈ちゃんをよろしくな。」
「はい、勿論です。」
拓海と八橋さんの会話が聞こえてくる。程なくしてエレベーターが開いた音がして、拓海の鼓動しか聞こえてこなくなった。
「拓海……」
何とか声を振り絞る……
「大丈夫だ……俺がついている……きっと別の人の話だ……」
「うん……」
「日本に帰ったら、病院へ行こう……詳しく検査をして貰おう……」
「うん……」
抱き締める拓海の腕に、力が入る……
身体の震えが止まるまで、強く優しい腕の中で過ごした……
日本へ帰国し、すぐに憲太郎くんの様子を聞くために、県警へ向かった。
八橋さんには、日本での検査結果がはっきりするまでみんなには黙っておいて欲しいと、口止めしている。
マジックミラー越しに取調室の様子が見える部屋へ行くと、捜査一課課長、猪瀬課長他、捜査に関わった人達が勢揃いしていた。
「憲太郎くんの様子はどうですか?」
「相変わらずダンマリだよ……サントスくんの供述は取れているんだけどな……」
猪瀬課長の答えに、マジックミラーへ目を向ける。そこには、県警一の取り調べテクニックを持つ蝶谷さん相手に、何も答えない憲太郎くんの姿があった。
「雑談にも応じないのですか?」
「最初に、何も知らないと言ったきりだ。」
「……私に話をさせて頂けませんか?」
「松浦、帰ってきたばかりで、疲れているだろ?」
「大丈夫です。」
猪瀬課長と捜査一課課長が一言交わし、取調室の中にいる蝶谷さんと交代する事になった。
交代で部屋へ入ってきた私の顔を見て、憲太郎くんが反応を示す。
「前に来た刑事さん……」
「お久しぶりです。」
「誰が来ても、答えは一緒だ。俺は何も知らない。」
憲太郎くんは、またプイッと横を向いてしまった。
「今日は、何も話さなくてもいいです。その代わり、私の話を聞いて下さい。」
「刑事さんの?」
「はい……」
真っ直ぐ憲太郎くんを見つめて、努めて冷静に話し始める。
「温品ですが、被疑者死亡のまま、送検する事が決まりました。」
「えっ?だって、逮捕は出来ないって言ってたじゃないか!」
「勿論、直接、潮田社長に手を出した証拠はありません。なので、温品が供述どおりにアリバイがあるかどうかを調べました。」
「それで……」
「歩いて通っただろう道を調べて、途中の防犯カメラに姿が映っていない事が確認できました。」
「ほら、やっぱり!」
「ですが、酔ってたまたまその通りを歩かなかったという言い訳も出来ます。そこで、タクシーを使って移動したと考えて捜査を始めました。」
憲太郎くんは、黙って私の話を聞き始めた。
本当はここまでの説明は必要無いのかもしれない……けど、憲太郎くんの気持ちを動かすには、この方法しか思い浮かばなかった。
「まず、市内のタクシー会社を調べました。勿論、個人タクシーもです。潮田社長が亡くなった日の夜、浜丘駅近辺でお客を乗せた運転手さん全員に、温品の写真を見せましたが、誰も乗せてはいませんでした。」
「……」
「次に、運転を買って出た共犯者の可能性を探ると同時に、隣街のタクシー会社へ捜査の手を広げました。そして、一台のタクシーが該当したのです。」
「何でその時すぐに、温品を逮捕しなかったんだよ!」
「それは……温品のアリバイが崩れたと同時に、マニラで殺されたと報告が入ったからです。」
「嘘だろ……じゃぁ、俺がやった事って……」
はっ!
憲太郎くんが、サッと自分の口を塞いだ。だけど、自供したも同然だ。
だけど、憲太郎くんは、自分の犯した罪の重さに気づいていない……
「潮田社長は、もしかしたら、自分の無念を息子さんが果たしてくれた事を喜んでいるかもしれません。ですが、同時に……」
ヤバい……声が震える……
「自分が死んでしまった事で……大事な息子さんやその友達、ご家族を犯罪者にしてしまったと……悔やんでいると思います……」
「な、何で刑事さんが泣いてるんだよ……」
憲太郎くんに指摘され、ポロッと一筋の涙が私の頬を伝った。だけど、拭う事もせずに、真っ直ぐ憲太郎くんを見つめ続けた。
「ごめんなさい……あなたを止める事が出来なくて……」
「……」
「ごめんなさい……あなたの心を救えなくて……」
憲太郎くんの手が震えてきた……
「ごめんなさい……」
「うっ……うぅっ……うわ~!!あいつが親父の事を、命を金に変えるしか世の中の役に立たないって言ったんだぁ~!!親父を~!!」
憲太郎くんはデスクにうっ潰し、声を上げて泣き出した。
だから、温品が犯人だと気付いていたのね……
だけど、お父さんを侮辱するような事は、私達にも言いたく無かった……
何故、こんなに親思いの子が、犯罪に手を染めないといけなかったの……お母さんを養う為に学校を辞めてまで、働いていた子が……
やりきれない想いに、次から次へと涙が溢れてくる……
コンコン……
控えめに、取調室のドアがノックされ、入ってきたのは蝶谷さんだった。
「杏奈ちゃん、交代しようや。後は俺に任せてな。」
「……」
「廊下に拓ちゃんが待っとるで。」
蝶谷さんの言葉に黙って頷き、取調室を出た。
「杏奈……」
取調室の様子を見ていたのだろう。拓海は微笑みながら、私を受け入れるよう両手を広げる。
ゆっくりと近づいて、拓海の胸にしがみつくよう顔を埋めた。
「拓海……うっ……うぅっ……わ、私……」
「杏奈は頑張ったよ……」
「で、でも……グスッ……」
「大丈夫……杏奈の想いは、ちゃんと彼に届いているよ……」
拓海は私の涙が落ち着くまで、ずっと頭を撫で続けてくれた……




