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第45話・被疑者死亡

 数日後、退院して久しぶりに本部へ登庁する拓海と一緒に、出勤した。二人の関係はもうバレているので、堂々としたものだ。


「悪いな。鞄を持って貰って……」

「無理して傷口が開くと、治りが遅いでしょ?数日だけのサービスよ♪」

「だけど、最近、杏奈の顔色が悪いぞ。大丈夫か?」

「ふふ!怪我人に言われてもね♪」

「真面目な話だ。あまり食欲も無いだろ?」


心配を掛けているのに、ほんの些細な事でも気にしてくれている事に、自然と笑みが溢れる。


「大丈夫よ。ちょっと疲れが溜まっているだけよ。」

「せっかく貰った休みも、シージャックで潰れたしな。」

「ホント、いつもの捜査よりハードだったわ……」

「無茶するなよ。この前も、捜査一課長と二課長に怒られたって聞いたぞ。」

「だ、誰に?!」

「お見舞いに来てくれた八橋さんだ。早く退院して、杏奈が暴走しないよう見張れって言われたよ。」

「そ、そう……」


はは……苦笑いしか出来ないわ……




 「おはようございま~す♪」


拓海が登庁すると噂を聞きつけたのか、本部の玄関には独身女性職員達の姿が見えた。

だけど、拓海と一緒に登庁した私には、冷たい視線が投げ掛けられる。


「鶴崎さん、大変でしたね~!誰かのせいで怪我まで……」

「自分が不注意だっただけで、誰のせいでも無いですよ。」


拓海が何かを察知してすぐにフォローしてくれたものの、冷たい視線は変わらないままだ。


はぁ……拓海に怪我をさせた、張本人扱いなのね……


「松浦さん、おはよう。」


軽く溜め息をつきながら、拓海と一緒にエレベーターを待っていると、挨拶をしてくれる女性の声が♪

振り向くと、総務課の森野先輩がエレベーターに向かって歩いてくるところだった。


「森野先輩!おはようございますぅ♪」

「松浦さん、噂には聞くけど、色々と大変みたいね。」

「シージャックの後から、口を聞いてくれた女性職員は、森野先輩が一人目ですぅ……うるうる……」

「まぁ、本人を目の前にして悪いけど、鶴崎くんよりウチの旦那の方が、いい男だからね~♪」

「ふふっ!ごちそうさまですっ♪」


そういえば森野先輩は、結婚していたわね……ちょっと話を伺ってみようかしら……


「森野先輩、お昼空いていれば、ランチ一緒にどうですかぁ?」

「今のところは予定無いわよ。」

「では、お願いします♪」




 昼休みになり、森野先輩と一緒に近くのイタリアンへ向かった。


「で、何かあった?若い子達から、何か言われたの?」


席に座るや否や、森野先輩は声を潜めて気遣ってくれている。


「いえ、何も言われていません。」

「もしかして、無視されているの?私から、そんな子供染みた事をするなって、言おうか?」


そうだ!森野先輩って、見た目は華奢なのに武闘派だったわ!

急いで否定しないと、被害者が出てしまうっ!


「だ、大丈夫ですっ!話はそんな事ではありませんから!」

「そう?」

「ちょっと森野先輩にお聞きしたい事が……」

「あら、何でも聞いて♪」

「そ、その……」


一つ咳払いをして、姿勢を正す。


「も、森野先輩は結婚される時、仕事を辞めようかと考えましたか?」

「……はぃっ?!松浦さん、鶴崎くんとそんなに話が進んでいるの?」

「いえ、付き合いは短いですが、このまま続けばそんな話も出るかもしれないなぁ~なんて思ったりして……」


拓海が撃たれた時、全身の血の気が引くというのを、身を持って知った。そして、もっと拓海の近くに居たいと、強く願った。


結婚……


今まで意識した事も無い言葉が、頭に浮かんだ……


「そう……一緒に生活している姿が想像出来れば、その相手とは結婚可能と聞いた事があるわ。松浦さんは、その姿が想像出来るのね?」

「はい……まぁ、そうですね……」


想像どころか、同棲していますが……


「そうねぇ……私は好きで刑事をしていたから、辞める選択肢は無かったわ。旦那も両親も子育てには協力してくれたから、宿直も出来たしね。」

「そうなのですね。」

「だけど、子供が三歳になった頃かな?風邪で熱を出していた時にね、私の足にしがみついて初めて言ったのよ。ママ、お仕事行かないで……一緒にいてよって……」


体の具合が悪い時って人恋しいものだし、小さい子どもなら、余計にお母さんを求めるものよね……


「あれは、堪えたわ……小さいうちしか一緒に居てやれないのに、土日も関係無い仕事で、旦那と揃って遊びに連れて行く事も出来なかったしね。」

「……それで、総務課へ?」

「そうよ。まぁ、結婚がというよりは、子育てで離職する人は多いわね。」

「そうですか……」

「でも、中学生になると同時に反抗期が始まって、親離れと同時に学費とかお金が掛かるようになるわ。松浦さんはシージャックの活躍も聞いているし、刑事を辞めるのは勿体無いわよ。松浦さんのご両親は居ないのよね?鶴崎くんのご両親は近くに住んでいるの?」

「いいえ……彼の両親は、小さい頃に亡くなっています。」

「そう……しがない公務員の給料では、ベビーシッターを雇うのも難しいわね……事件が発生すれば、夜中でも呼び出される事もあるし……」

「ええ……」


そっか……結婚すれば、当然のように子供の話が出るわよね……一度拓海に聞いてみようかしら……


って、聞ける訳無いじゃない!まだ正式に付き合ってから、二ヶ月も経って無いのよ!結婚なんて意識している筈無いじゃないっ!


「松浦さん?」

「……」


いや、二ヶ月って言っても、同居は長いわよね……付き合って無いだけで、体の関係はあったし……


「松浦さん、どうかしたの?」

「……」


はっ!

森野先輩に顔を覗き込まれて、我に返った。


「す、すみません!ちょっと考え事を!」

「そう?大丈夫?他にも悩みあるの?」

「だ、大丈夫ですっ!森野先輩のお話、大変参考になりましたぁ~♪」


はぁ……一緒にいたいから結婚って、簡単にはいかないのね……


それから他愛もない話をして、本部へ戻った。




 捜査は、温品がタクシーに乗った事を前提に進めた。

歩いてまっすぐ帰ったという温品の供述は崩れたけど、酔って、たまたま黒烏組の本家前を通らなかった可能性も残っている。


タクシーに乗って駅の東口から橋へ行くのが5分、橋から住宅街ではなく国道を通って帰宅すると10分……残り10分近くの時間が生まれる……

その間に、橋の上から潮田社長を突き落とす時間は出来る筈……


「杏奈ちゃん、市内のタクシー会社に送った調査依頼だけど、三社から返事が来たよ。そのうち一社が、浜丘駅周辺でお客を拾ったってさ。」

「八橋さん、本当ですかぁ?!すぐにその会社へ行って、運転手から話を聞きましょう♪」

「わ、分かった。一緒に捜査して分かったけど、杏奈ちゃんって意外とじゃじゃ馬だよね……行動派っていうか……」

「……そうですかぁ?」

「うん……」


初めて言われたわ……


苦笑いしながら覆面パトに乗り込み、情報提供のあったタクシー会社へと向う。

温品の写真を見せたけど、利用したのは別人だと言われた。




 それから数日経っても、温品を乗せた該当タクシーは見つからなかった。


「杏奈ちゃん、別の可能性を探してみようよ……」


手詰まりの状態に、八橋さんからも捜査方針の変更を提案される。


「ですが、お酒を飲んでいる事からも、タクシーを使った可能性が一番高いですし……」

「でも、市内のタクシーなら、全社聞いたよね?個人タクシーも該当無かったし、タクシーを使っていない可能性も考えられるよ。」

「では、温品を運んだ共犯者がいるかもしれないという事ですか?」

「そうだね。大金が手に入る訳だし、その線も考えられるね。温品の交遊関係を調べてみようよ。」


はぁ……捜査方針を転換した方がいいのかしら……確かにこのままでは、憲太郎くんへの報告が出来なくなりそう……


深い溜め息をついた時、八橋さんとの話を聞いていた猪瀬課長が、口を開いた。


「松浦、隣街のタクシーは調べたか?」

「いえ、この辺りを流しているとは、考えにくいので……」

「あっちにも繁華街はあるぞ。もしかしたら、高速に乗って浜丘駅まで利用した金持ちが、いるかもしれないだろ?」


そうだわ!浜丘駅近辺までお客を乗せて、たまたま温品がそのタクシーを捕まえる事もあり得るわね!


「早速、調査依頼を出します!」

「依頼を出したら、結果を待つ間は八橋と一緒に交遊関係を洗い出してくれ。」

「はい!」


猪瀬課長は、私が納得いくまでタクシー会社を調べろと言ってくれているのだろう。その上で、八橋さんの意見も尊重する……


流石は課長、ありがとうございます♪

よしっ!可能性が0%になるまで、やるぞ~!


心の中で、気合いを入れ直した。




 調査依頼を出して程なくした頃、隣街のタクシー会社一社から浜丘駅近辺へ行った車があると連絡が入った。

すぐに八橋さんと一緒にタクシー会社へ向かい、運転手さんから詳しく聴取する。


「……では、浜丘駅近くでお客を降ろした後すぐに、一人の男性客を乗せたのですね?」

「そうだよ。短時間だけど変な道順だったから、よく覚えているよ。」

「通った道を詳しく聞かせて下さい。」


タクシー会社の事務所の応接室で、浜丘駅周辺の地図を広げる。


「まず駅近くのここでお客を乗せて、真っ直ぐ走ったんだ。それから、道を間違えたって言って、この橋を使って駅方面へ戻ったんだ。」


運転手さんが、地図の道を指でなぞりながら、説明をしてくれる。この橋とは、潮田社長が転落死した橋だ。


「この橋に、人の姿がありませんでしたか?」

「そこまでは覚えて居ないねぇ……」

「分かりました続けて下さい。」


運転手さんは、また地図に目線を落として、説明を再開する。


「橋を渡ったところで、この細い一方通行の道に入るよう言われて、すぐに停まるよう言われたんだ。知り合いの姿が見えたから、ちょっと降りるって言って一万円札を渡されたよ。戻ってくるけど、預けておくってね。」

「時間にして、どのくらい降りましたか?」

「10分も掛かって無いかな?人違いだったと言って、すぐに戻ってきたよ。」

「停まっていた場所から、橋は見えましたか?」

「いいや、建物で見えなかった記憶が……まぁ、監視せずに客が逃げても一万円貰っているから、こっちは儲けだしね。それから国道を通って、団地のこの辺りで下車したよ。」


温品の自宅近くだわ……


「では、その時のお客は、この中に居ますか?」


運転手さんに、違う人物三人の写真を見せる。その三人の中から温品を選び出してこそ、間違いないと言えるからだ。

運転手さんはじっくりと写真を見比べた後、一枚の写真を指差した。


「この男だよ。」


温品の写真だ!アリバイは完全に崩れた!

殺した証拠は無くても、不自然な動き、潮田社長が転落した時間に橋へ行っていた事が、何よりの状況証拠になる!


「ありがとうございました!」


運転手さんにお礼を言って覆面パトへ乗り込み、八橋さんとハイタッチをする。


「八橋さん!やりましたね~♪」

「これで、温品を引っ張れるよ!」


憲太郎くんに、お父さんの無念を晴らしたと、報告出来るわね♪


急いで県警へ戻って、捜査本部が置かれている会議室の扉を開けた。すると、中には、捜査一課課長と猪瀬課長、それに拓海が顔を突き合わせていた。


しかも、何故か重たい空気が流れている気が……

恐る恐る三人の近くへ行き、声を掛けてみる。


「……猪瀬課長、報告宜しいでしょうか?」

「あぁ、頼む。」

「温品のアリバイは、完全に崩れました。潮田社長が転落死した時間に橋の近くまでタクシーで移動しています。」

「そうか……被疑者死亡で送検だな。」

「えっ?どういう事ですか?」


それには、拓海が重たい口を開いた。


「温品が、マニラで殺された……」


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